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虚構転生//  作者: ゼップ
雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……
142/243

141_エル・エリオスタ


……空に影ができていた。


その船の姿は、鯨と呼ばれる神話上の生き物に酷似している。

鯨は人間をはるかに凌ぐ巨躯を誇っていたとされるが、あるいは神話のそれよりもその船は大きい。

碧の幻想リソースに乗って移動するそれは、突き出る摩天楼を次々となぎ倒しながら戦場にその姿を見せた。


その船首にて、“希望”の第一聖女ニケアは佇んでいた。

ばさばさと髪をたなびく。戦闘のためにこしらえた“ドレス”が碧色の燐光をまとっている。


「どうですかな、この『イシュメイル』は」


足元で猫のメロン将軍が尋ねてきたので、ニケアはニッコリと笑って、


「うん、最高だな。とにかくスケールが大きくて良い」


言語船テクストシップ『イシュメイル』。

それは聖女軍が持てる人員・資材すべてを投入して投入した、聖女を乗せること前提に稼働する船である。

いかに幻想リソースの濃い空であっても、これほど巨大な船を、神殿が見えるほどの高度で飛ばすのはリスクが伴う。


しかし、そこはニケアの奇蹟がある。

彼女の身より溢れ出る莫大な量の幻想リソースを基に、内部に同席した数十人規模での魔術師が、その場で最適な言語テクストを生成する。

一秒一秒ごとに違う描写を重ねるという、強引な力技で『イシュメイル』は空を飛ぶことに成功していた。


大量の偽剣ソードレプリカ隊を輸送できるスペースを持ち、武装面でも三〇基の閃光ビーム砲が備えられている。

またゆったりとした曲線の装甲には三の三十三乗のMTメタテクスト加工が施され、その狭間に自己修復の魔術が仕込まれ、防御の面でも万全といえる。


「それこそ数百年先の技術を先取りしてるようなものです。強引なやり方にはなっていますが、この『イシュメイル』は無敵です」

「ふむ、何にせよ“秋”の連中に大枚をはたいた甲斐があった」

「向こうとしても、いろいろあったみたいですがな。何でも将来有望な若者が出奔したとか」


言葉を交わしながら、ニケアは雪降る戦場を見下ろしていた。

灰色の街並みで今まさに戦闘が行われている。


YUKINOユキノ隊はよくやってくれているよ」

「ええ、私も当初は正直不安だったのですが、最近の快進撃を前に何も言えませぬな」

「ふふふ、まぁな。そしておそらく、今日彼らを餌に私を釣ろうとしたのだろうが」

「はい?」

「いや、何でもない。例のごとくネタバレを食らっただけだ。

 まぁ何をしようとも、私はここに来たのだろうから。

 だから逆に“ドレス”まで用意してやってきてやったのだぞ」


そう言ってニケアはソードリストから剣を抜いた。

『パルスマイン改・3rd』。百年の闘いを彼女と共に駆け抜けた一振りである。

その刀身が露になるや否や、彼女の身に纏う“ドレス”に変化が起こった。

“ドレス”に碧のラインが走り、脈を打つように輝きを持ったのである。


偽剣連動式特殊戦闘衣ソードドレス

偽剣ソードレプリカ言語テクストと対応し、戦闘をよりスムーズに行うことができる装備。

これもまたニケアのために用意された唯一無二ワン・オフのもの。

試験段階にあったものを、この日に合わせて完成させた、聖女軍の技術の集大成ともいえる“ドレス”なのだった。


「さて、踊ろうか。お父様」


母、太母タイボはどうやら近くまで来てくれたようだ。

それもこれも、久々にあの人がこの地まで来たからだろう。


──終幕は華々しく行きたいものだ。


そう思いながら、ニケアは船首より一歩踏み出した。

同時に、その背中に碧色のはねが生え、彼女の身を支えた。

その翅は一見すると妖精のものに見えるが、少しだけ違うことを、ニケアは知っていた。


──これは、蝶の翅。


微笑みを浮かべ、ニケアはこの戦場のどこかにいるはずの、己の敵へと呼びかけた。


──夢見る蝶の翅なんだ、タナカクン。


そして飛び立った彼女は鋭い叫びをあげた。


「来たぞ! 決着をつけに!

 “教会”の騎士、エル・エリオスタよ!」







空に浮かび上がった巨大な鯨。

その存在に、戦場の誰もが我を忘れていた。


聖女軍にさえ、その出撃は伏せられていた。

そして同時に、鯨と相対する一人の騎士の存在に、“教会”の兵士たちはみな困惑していた。


紅き甲冑の騎士、エル・エリオスタ。

“教会”を率いる、絶世の剣士。

彼が姿を現したと、突然の通告が行われたのだった。


「このタイミングで……!」


ハイネが絶句する声が漏れた。

対するクリスもまた、空に浮かぶ船とその先頭に立つ聖女を見上げていた。

「何、何が起こって!」と叫ぶような声が響いていた。


「────」

「敗けません、敗けませんから!」


そんな彼らを尻目にキョウと田中は剣を打ち合っていた。

無論、状況への混乱はあった。

流れてくる情報は錯綜しており、状況は何一つ掴めない。


だが、そんなことは前と変わらない。

この世界にやってきてから、一度命を落としてから、“教会”に入ってから、何もわからないまま戦ってきた。


「とにかく! 敵を討てばいいんだろう」


吐き捨てるように言って、田中は『エリス』を振り払った。

甲高い金属音が響き渡り、弾かれたキョウは跳躍ステップで距離を取っていた。


「なら!」


田中は苛立たし気に漏らす。

やはりキョウは一筋縄ではいかない相手だった。

神殿が、瓦礫が、空が震えている。

意味のわからない戦場だが、とにかくここは目の前の敵を討たなければならない。


田中は一瞬の思考ののち、キョウではなくクリスへと狙いを定めた。

戦場の変化についていけず呆けていた彼女は、田中の強襲に反応が遅れてしまっていた。

そして『エリス』を以てその首を刎ねようとして──


「邪魔だ! ハイネ!」

「言ったでしょう、彼女は僕の獲物だと」


それを阻んだのはハイネだった。

彼は『ピュアーネイル』でギリギリと『エリス』を押し合っている。


「トドメだけ渡せばいいのか? だったらそうしてやるから!」


叫ぶように言い返そうとすると、途端、空に変化があった。

巨大な閃光が地を貫き、爆音と共に神殿が崩壊していく。

神殿が密集していたこの一帯は連鎖的に崩落が進み、無数の瓦礫が降り注ぐ。


「きゃっ!」

「クリスさん、危ない!」


混乱する戦場の中、悲鳴が沸き起こる。

キョウは跳躍ステップで何とか瓦礫を避けていたが、クリスの方が落ちる瓦礫の破片を受け、足が止まっていた。

そこにさらなる神殿の破片が、迸る幻想リソースと共に彼女を襲う。


クリスの悲鳴が湧き起こり、


「──クソっ」


ハイネは田中との押し合いを無視して、その足の速さを活かして駆け抜けていた。


そして、ハイネはクリスを襲う破片を切り裂いていた。

「え」と彼女の口から困惑の声を漏れる。


──ハイネは、どう見てもクリスを守っていた。


その意図を、クリスもキョウも、もちろん田中も理解できていなかった。

「早く逃げて!」とハイネが叫ぶと、クリスははっとして跳躍ステップを敢行し、その場から離れていた。


「僕たちも離脱しましょう。どうもこのエリアの幻想純度がおかしくなっているようです」

「あ、ああ、了解した」


崩れ行く神殿の中、戻ってきたハイネがそう告げた。

その口ぶりは何時もの冷静な彼である。しかし、先の行動の真意はやはり掴めなかった。


「──再会、だったんです」


壊れゆく戦場の中、ハイネは田中へと告げた。


「この戦場で、ようやく会えたのに。

 妹に、たった一人の肉親にです!」


忘れられたんだ、とハイネは絞り出すように言った。


「僕のことを、彼女は忘れていた。会っても、僕が兄だと、お兄ちゃんだと認めてくれなかった。

 だから──こうして守るしか、なかったんだ!」


ハイネ。

彼は何時からか、この聖女戦線での任務に固執するようになっていた。

もしかするとその意図は、そこにあったというのか。


その事実が何を意味するのかを察するより前に、戦場をさらなる光が包んでいた。

猛烈な碧の色彩が溢れだし、戦場すべてへとなだれ込んできた。

田中は成すすべもなく取り込まれ、幻想リソースの渦へと叩き込まれていった。






「ふふふ……楽しそうね」


戦場の片隅で、タイボは空を見上げていた。


ニケア。

エル・エリオスタ。

そして太母タイボ、ユウカ・グレートマザー。

思えばそう、自分たちがはじまりだった。


「最初に創られたのは、私たちだった。だから、終わらせるには全員が必要なのかもしれないけど……」


まだ終わらせない。

彼女は一人、虚空へと呟いた。


「ねぇ、貴方も行きたい?」


そして、ふと思い出したように、剣を構えるフュリアへと視線を向けた。


「ここでないどこか。誰もかれもが殺し合う、こんなクソみたいな現実を捨てて、違う場所に行こうと思わない?」


それはひどく穏やかな口調だった。

優しく、慈愛に満ちた言葉と共に、彼女は手を差し伸べた。






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