140_接触篇
「──来ると思ってましたよ! ロイ君!」
立ち並ぶ神殿たちの底で、キョウは剣を携え、こちらを待ち構えていた。
「マルガリーテさんの言った通りでした。敵は──いえ、貴方は必ずここに来るって!」
風は勢いを増し、雪と幻想は嵐のように舞い上がる。
これだけの悪条件を“眼”の援護もなしに、下手に空を飛べば狙い撃ちにされる。
そのことを把握していた彼女は、下手に動くことは選ばなかったという訳らしかった。
正解だ、と田中は思う。
この戦場、どんな形であれ彼女と相対せざるを得ない。
「……あのコネ女に貸しを作ってやるんだから」
キョウの後ろに、小柄な偽剣使い、クリスもまた立っている。
『ルゥン』とかいう新型騎の火力については気をつけろと報告が上がっている。
とはいえ、そちらについては自分でなく、彼に任せるべきだろう。
そう思い、田中は隣に立つハイネへと目配せをした。
仮面越しではあったが、うまく伝わったようで彼は小さく頷くのが見えた。
ハイネは『ピュアーネイル』を抜き、その刃を持ってクリスと相対した。
「……来たわね、異端審問官!」
「…………」
クリスは現れたのがハイネであると察するや否や、一歩前に出て、怨嗟の叫びを上げるのだった。
「アンタは──私の過去を、私の今を、私の家族をみなごろしにした!」
やっと再会したんだ、とクリスは震える声で告げた。
対するハイネは何も答えはなしなかった。ただ無言で剣を構えるのみだった。
「あの聖女様の預言通りなら! ここで私は──」
「クリスさん!」
キョウの声を聴いた彼女は、一瞬戸惑いの表情を浮かべたのち、
「……わかってる、キョウ」
そう述べる。それに頷くキョウ。
二人の間に何があったのかは知らなかった。
何にせよ、キョウとクリスの間には通じあるものがあるのようだった。
そしてそれはきっと田中と彼女が、“雨の街”や“たまご”で感じたものと同じ──
「……終わりだ」
田中は脳裏に流れる想いを封殺し、跳ぶことを選んだ。
それが戦いの契機となった。
『エリス』『ピュアーネイル』『ネヘリス』『ルゥン』、四騎の偽剣が互いの敵を求め、戦場を駆け抜ける。
──所詮、ここは虚構の世界なんだ。
田中はキョウと剣身を打ち合いながら、ただ断ち切ることを選んだ。
“うん、私はヤヨイって人じゃない”
脳裏に浮かぶのは、あの弥生によく似た、しかしまったく違う少女。
半透明に輝く水面に立つ少女は、田中に対して告げるのだ。
“じゃあね、私の知らない誰か”
ここは桜見弥生が創り上げた虚構の世界。
キョウも、ハイネも、カーバンクルだって、本当は存在しない者たち。
結局そういうことなのだ。
この神殿、現実じみたビルだって、すべては嘘っぱち。
だから、そこに意味などない。
「また会うんだ! 俺は! またあの病室で!」
◇
フュリアは敵の攻め方に苛立たしいものを感じていた。
異端審問官、3《ドライ》は陰から散発的な閃光を打つのみで、本格的に攻めてはこない。
『クィンネル』とかいうらしい偽剣はどうやら閃光をメインとする騎種らしいが、こちらをおちょくるような戦い方に彼女は思わず舌打ちをしてしまう。
「足止め、というならこれ以上ないけどね」
『ベルゾマ』の機動性をもってしても、連射される閃光を振り切るのは難しい。
恐らく敵はフュリアの撃破を狙ってはいない。
マルガリーテ、あるいはキョウへの援護ができないよう、フュリアの足を止めることが狙いなのだ。
「やる気の感じられない奴だ、私は嫌いだね、女々しくて」
そう吐き捨てるように言う。
しかしそんな挑発など敵は無視して、依然として緩やかに、しかし執拗な攻撃を行ってくる。
仮に一かバチかで強引に攻めいれば、あるいは突破口が開けるかもしれないが。
──はん、イヤだね。私は生き残るんだ。
フュリアはこの闘いで命を賭ける気などさらさらない。
彼女の目的は父にある。
そのためリスクの高い強引な攻めなど行う気にはなれなかった。
とはいえ、このまま向こうの思惑通りに行くのも当然気分はよくない。
……そうして、フュリアが3《ドライ》の打破を模索していた時だった。
「あら、お困りのよう?」
その女は唐突に、ゆっくりと空より舞ってきた。
水晶の窓が音を立てずに割れ、荒れ狂う風の中、彼女の周りだけは凪のように静かである。
ゆったりとしたローブを身に着けた彼女は、不気味な竜の仮面をしており──
「お前は……!」
フュリアは思わず目を見開いた。
戦闘の最中だというのに、一瞬敵のことを忘れるほどの衝撃だった。
だってその外見は、以前“雨の街”にいたときと、まったく同じものなのだから。
タイボ。
聖女の隣に佇んでいた女は、ゆっくりとフュリアの前に舞い降りるのだった。
「あの娘から連絡があったから、来てみたのだけど」
絶句するフュリアに対し、彼女は鷹揚な口調でそう漏らし、ゆっくりとその手を上げた。
「邪魔ね」
フュリアを狙って放たれた閃光が、消え去っていた。
MTコートなどは使っていない。ただ気づけば、光が消えていた。
どこかで野太い叫びが上がる。きっと3《ドライ》のものだろう。
姿を見せない彼も困惑しているのだろうが、フュリアもまた戸惑っていた。
「タイボ、お前! 父のために」
「ああそうそう、治してほしいのだっけ。いいわよ」
「は?」
タイボは、フュリアが以前会った時と全く違う、砕けた口調で言った。
「貴方、お父様のために、こんな戦い続けるなんて、いじらしいじゃない。
ニケアからも頼まれちゃったからね。だから、良いわよ。近いうちにやってあげる」
「ふ、ふざけるな」
「あ、いや、今やった方がいいかしらね」
ふふふ、とタイボは仮面越しに笑ってみせて、
「あの娘も、そしてあの人も動き出した。
そろそろこの戦場、東京の紛い物もただではすまなくなるわよ」
だから今やってあげる。
その言葉と同時に、神殿が揺れ始め、空に碧色の光が溢れ出した。