136_無血少女と拷問少女
まず初めにYUKINO隊の中でフュリアが狙われた。
その事実はことのほか意味合いが大きい。
“眼”であり司令官であるマルガリーテ、その護衛のヴィクトル、機動力のキョウ、火力のクリス。
YUKINO隊は各自が明確な役割を持っているが、フュリアのそれは、遊撃、になる。
ある程度の機動力があり、自衛もでき、なおかつ明確な持ち場のない戦力、それが彼女だ。
他の隊員ほど突出していないが故、最も自由な動かせるのである。
一見して見落としがちな存在であるが、仮にマルガリーテがYUKINO隊を敵に取るとしたら、真っ先に狙うのは彼女である。
事実、先の異端審問官の戦闘においても、彼女だけは自由に動くことができ、撤退がスムーズに行われた。
──誰だか知りませんが、流石ですこと。
マルガリーテは襲ってきた異端審問官の内心で称賛する。
同時に、敵のレベルに合わせて戦略を読む。
この敵はまず間違いなく、的確な一手を打ってくるだろう。
つまり、それは。
──“眼”である私への強襲、そして分断。
戦場の情報を吸い上げ、隊全体を与える役目を持つマルガリーテが倒れれば、陣形は瓦解し後に待っているのは各個撃破だ。
だからフュリアを抑えた上で、次はこちらを狙ってくる。
そう読んだマルガリーテはまず、キョウとクリスへ印を発信。
合流後、最速で戻るように伝えておくが、この雪ではすぐ戻ってこれるかは怪しい。
キョウだけならあるいは戻ってくるかもしれないが、クリスを単騎にするのはそれこそ危険だ。
だから、彼らの援護は待てない。
「頼りになるのは、貴方ですわ。ヴィクトルさん」
風吹き荒れる神殿の屋上にて、マルガリーテは彼へと語りかけた。
帽子を目深に被った彼は、無言のままだった。
「私はここを動けません。この幻想がある程度安定したポイントを離れれば、それだけで“眼”としての役割を全うできなくなる」
一応、マルガリーテ自身も指揮官用ブレードに換装した偽剣『ルーン・ガード』を装備しているが、異端審問官相手にさして意味を持たないだろう。
“たまご”においても、不意を打たなければ、ほぼ彼女は一方的にやられるのみだった。
クリスには、量産型、などと揶揄をされたが、実際レベル2聖別で敵の精鋭を抑えるのは不可能だ。
「だから、お願いしますわ。ヴィクトルさん」
くるり、とマルガリーテはそこで一回転し、そして手をさし伸ばした。
人生で何度も貼り付けてきた、完璧な微笑み、を添えて。
ヴィクトルは何も答えはしなかった。
代わりに彼の足元では白い猫がにゃあにゃあと鳴いている。
それでもマルガリーテは、微笑み続けるのだった。
◇
10《ツェーン》の報告により、カーバンクルと4《フィア》は動き出していた。
このエリアにおいて、“眼”はカーバンクルから10《ツェーン》へと引き継がれている。
それは、ここで第一聖女を討つための総戦力の投入を意味していたが、同時にもう一つ狙いがあった。
「あのガンマンは私がひきつけるよ、奴は確実に私を狙ってくる」
突入前、カーバンクルは連携を取ることになった4《フィア》にこう語っていた。
すると4《フィア》は、反論こそしなかったが、きっぱりと断言するカーバンクルを不思議にそうに見上げていた。
カーバンクルはそんな4《フィア》の様子に苦笑を浮かべながら、
「あの男は信じているのさ。私を討てば、また嘘が本当になると」
◇
「──来ましたわ!」
マルガリーテは、単眼に表示された反応を見逃さなかった。
雪のせいで魔術の感度はひどく悪い。
逆にそれでも掴めるほど、敵は近くまで迫ってきている。
そしてその在処は特定すべく彼女は瞳を見開く。
「見つけた!」
しかしそれよりも早くヴィクトルが声を上げていた。
はっ、としてマルガリーテは語りかける。
「行けない! その花火は」
乱立する神殿の中に、赤く、紅い、巨大な閃光が上がっていた。
あたり一帯すべてに存在を示すような大規模な印。
瞬く光の中、紅い偽剣使いの姿が見えた。
彼女は、雪降り続ける戦場の中、高くそびえたつ神殿にて立っている。
異端審問官の特徴たる仮面は取られ、彼女はその紅い瞳と不敵な笑みを晒している。
「それは誘いです! 戦士ヴィクトル」
それはあまりにも露骨な囮であった。
しかしヴィクトルは「見つけたぞぉ!」と昂る声で彼女へ向かって、“早撃ち”を行う。
巨人の剣が瞬間の物質化を行う。轟音と煙が上がるが、この雪に加えて距離があったことで、着弾点が見えなくなっていた。
さらに印と“早撃ち”の発露により、雑音がひどくなり、マルガリーテの“眼”の精度がさらに落ちてしまっていた。
そこを狙われた。
「あは」
声がした。
幼さと薄暗い嗜虐心を混ぜたような、厭な笑い声。
マルガリーテは反射的に胸を抑えた。
途端、灰色の影がやってきて、その手に持った刃でヴィクトルの背中を一閃。
コートが切り裂かれ、赤い血が飛び散っていた。
マルガリーテは思わず甲高い悲鳴を上げる。
「また……会ったね……」
そこには、小柄な異端審問官が立っていた。
剣の仮面が今度はマルガリーテをじっと見据えている。
「拷問、しちゃっていい?」