表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
虚構転生//  作者: ゼップ
雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……
134/243

133_聖女の瞳


現れた聖女とフュリアは相対していた。

ゆらめく長い髪の向こう、碧色の瞳がこちらを捉えている。

聖女の手にはこの百年の間、幾度となく改修を施された偽剣ソードレプリカ『パルスマイン改・3rd』が握られていた。

燐光をまとう大剣は、現存する偽剣ソードレプリカの中にあって、随一の精度を誇る一振りであった。


対するフュリアは劣化品エピゴーネンに過ぎない『ウイッカ』。

その性能差は圧倒的であり、何より、先の一撃で既に『ウイッカ』の剣身が半分に折られてしまっていた。

絶体絶命。しかしフュリアはだからこそか、胸の奥から掻き立てられる衝動に従い、中破した『ウイッカ』を正眼に構えた。


「私は死ねないよ。死んだら、パパンが生きていけなくなる」


そして棘のある口調で、彼女はそう言い放った。


「うん、強いのだな。君は」


一方のニケアは特に大きな反応をすることなく、鷹揚とそうフュリアを評した。

彼女を軽んじるような響きは感じられず、純粋に感心した、とでもいうような趣だった。

そんな態度にフュリアは反吐が出る想いだった。


何故ここにタイボでなくニケアが来たのかはわからない。

だが今ここでそんなことを考えている余裕はない。


「怒らないでくれ、傭兵殿。私は別に、君を切り捨てようとは思ってないのだから」

「はっ、それはそれで信用ならないね。私みたいな奴を放っておくなんて」

「正確には斬り捨てようとしていたんだが、うん、なんだかやる気が出なくなった」


そう言って、ニケアはあっさりとソードリストに『パルスマイン改・3rd』を仕舞ってしまう。


「……太母たいぼ、お母様はここには来ないよ」


そして、目を細めて、そんなことを言うのだった。


「今は別のところに言ってしまった。

 あのネタバレ聖女から何かを聞いて以来、何やら準備を始めた」


何、とフュリアは声を漏らした。

信用できるできないは置いておくにしても、聞き捨てならない情報だった。

まずタイボはここにはいないということ。そして、もう一つ。


「お母様だって?」

「うん、そうだ。あの人は私の母であり──だよ。

 他の聖女が忘れてしまっても、“転生”していない私だけは、そのことを覚えている」


ニケアは意味のわからないことを言いながら、ついには座り込んでしまった。

壁にもたれかけたニケアは、なおも剣を構えるフュリアに砕けた口調で言った。


「……君は、私よりも強いよ。君は親を離れても生きている。

 でも私は、まだあの人のゆりかごの中にいるのだから」


フュリアは眉を顰める。この女は一体何を言おうとしているのだろうか。


「聖痕、“教会”が私の力を何と言ってるのか、知っているかい?」

「……“希望”とか、聞いたよ」

「うん、そうだ。私にはどうやら、諦めるということができないらしい。

 同様に私に関わった者全員が、どれだけ不利な状況であっても戦うことを選ぶようになる」

「はん、大層なことだね」


フュリアはクリスやマルガリーテの顔を脳裏に浮かべる。

確かに彼女らは、共に“教会”との戦いを絶望的なものとは考えていないようだった。

そうフュリアは納得していたのだが、しかし、ニケアは首を振って、


「さぁ、あくまでそれは“教会”から見てそう見えただけのことだ。

 結果的にそうなったに過ぎないよ。私の力を見たら、誰だって少しは戦意を出すさ。

 だから私の奇蹟……力はもっと単純で、ただの我儘わがままだよ」


そこでニケアはまた別の表情を浮かべた。

それはいつも飄々とした様子の彼女らしくない、ともすれば疲れているようにも見える表情だった。


「その我儘わがままを叶えてくれたのさ。お母様と、そしてお父様が」


フュリアがその言葉の意図が掴めないでいると、ニケアはすっと立ち上がって、


「お母様、太母たいぼには繋いでおこう、君の要件を聞くようにな」

「……いいのかい、私をつるし上げなくて」

「うん、私はそういうのに興味がないからな」


去っていくニケアに対し、フュリアは動けなかった。

この聖女の意図は掴めない。しかしこちらの敵意を、ニケアはまともに取り合わないようだった。

釈然としない想いは当然あるが、しかしここで不用意に反発することは、流石に悪手に思えた。


「ああ、そうだ、傭兵殿の剣を壊してしまったな」


部屋を出る直前、ニケアが思い出したように、ぽん、と手を打ち、


「あとでコルノボーグに支給するよう言っておこう。確か新型が一騎が転がっていた筈だ」







それから整備を終えたYUKINOユキノ隊は再び遊撃部隊として前線に加わることになった。

陣形フォーメーションを整えた彼らの部隊は、安定を取り戻し、着実に戦果を上げていった。


聖女直属という立場も功を奏したか、周りから疎まれることはそう多くはなかった。

そうして戦っているうちに、YUKINOユキノ隊は聖女軍における精鋭エースとして認識されていた。


とはいえ、最初の接敵以降、異端審問官との戦闘はなかった。

以降も戦場にて審問官と思しき部隊は確認されていたが、大きく表舞台に立つことはない。

その上で隊全員がわかっていた。

この隊は今、彼らに見逃されている立場にあることを。


──ロイ君。


戦いの最中、キョウは彼の姿を常に探していた。

ここで戦っていれば、確実に彼とはもう一度出会えるはず。

そう思いながら、戦っていた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ