132_聖女暗殺
目的と定めた敵精鋭部隊。
実際に交戦したカーバンクルらの報告は“実力は確か。放っておけばこちらに損害を与えるだろう”
続けて“だが、審問官部隊での対応は容易”。
その報告を受けた10《ツェーン》はほくそ笑む。
今回の作戦において、聖女を引きずり出す餌として、これほど合致した存在はいなかった。
「……そのうえ、聖女直属なのだろう、この部隊は」
神殿の片隅にて、落ち合うことになっていた彼女へ10《ツェーン》は呼びかける。
暗がりの神殿に、ぼう、と剣の仮面が浮かび上がった。
髪はぼさぼさで、その歩き方もどこか力が抜けている。
「9《ノイン》、首尾はどうだ?」
「問題ない……うまいことやれてる……」
“十一席”の一角にして、ある意味で最も特殊な立ち位置にいる審問官。
10《ツェーン》にしてみれば、彼女こそがこの組織内で一番信頼できる存在であった。
10《ツェーン》はゆっくりと仮面を取り、彼女にしては珍しいことに、小さく笑みを浮かべた。
9《ノイン》もまた10《ツェーン》の姿を見るなり、仮面を取る。眠そうに瞳を細めた素顔が露になる。
──何時から一緒なのか。
生まれたときには10《ツェーン》の隣には常に彼女と、そしてもう一人の“彼”がいた気がする。
何時からかはもはや誰にもわからないだろう。
同じように生き、同じように死ぬ。そのくらいの存在の筈だった。
「……大丈夫?」
彼女は、どこかぼんやりとした口調でそう尋ねてきた。
「ああ、作戦には問題ないよ。上手く行き過ぎているくらいだ、なんといっても──」
「違う、そうじゃない」
9《ノイン》は首を振って、
「10《ツェーン》ちゃん、きっと無理をしてるでしょう? ずっと前、8《アハト》君が死んだときから……」
「無理は無理でも、そうするしかないだろう」
10《ツェーン》はすっと笑みを消した。
「確かに、もうなくなってしまったよ。“教会”に来たそもそも理由は、もう、な」
「……じゃあ、止める?」
「さて、何故かだらだらと続けてしまっているからな。私も、ちょっと戸惑ってるくらいだ」
そう言って10《ツェーン》は己の細い腕に触れた。
作戦は上手くは行っている。しかし結局のところ、最も大切なことを、すでに自分たちは失敗してしまっている。
風の音が遠くで吹いている。あまり長く聞きたいとは思わない、冷たい音だった。
「来るらしい」
「え?」
「エル・エリオスタ様が来るらしいよ」
10《ツェーン》はどこか投げやりな口調で言った。
エル・エリオスタ。それは“教会”が誇る白き騎士にして、光り輝く父。
「……そう、じゃあ」
「いよいよ、終わらせるつもりらしい。この聖女戦線を」
すべてはうまく行っている。
“教会”はここで勝利を収めるだろう。
ただそれが、自分たちの勝利といえるかは、まだわからないが。
「内通も上手く行っている。情報を吸い上げ、敵を釣り、一気に片をつけよう」
そんな胸に濁る想いを吐き出すことなく、10《ツェーン》は淡々とそう告げるのだった。
◇
本営に一度戻ったYUKINO隊は、一時的に整備と休息を取ることにした。
マルガリーテは隊長として報告があるようで早々にどこかに行き、引きずられるようにヴィクトルもそれに着いていった。
ヴィクトル本人は相変わらず死んだような目をしていたが、マルガリーテが朗らかに笑みを浮かべて彼と歩いていたことは覚えている。
一方でクリスも工房にて調整を受けるらしい。
聖別計画の要である彼女は、剣も含めて特に細かな整備が必要なのだろう。
キョウはそれに合わせて顔を出しているのが見えた。それ以外は何をしているのかはイマイチ掴めなかった。
ま、あの不殺剣士はなんかやってるだろう、とフュリアは彼女のことを思考の隅に追いやる。
──私は、私のやるべきことをやるだけさ。
名目上休息を取っているはずのフュリアは鞘より『ウイッカ』を抜いていた。
本営上層の一室、そこは祈祷室とされている。
広々とした床に刻まれた言語は、どうもあの“雨の街”で見たものに酷似しているようだった。
その隅、積まれた補助ユニットの影にて、フュリアは息をひそめて待っていた。
その装備には隠蔽魔術が刻まれている。
無論、この距離で目視されればすぐに気づかれるだろうが、一瞬でも気を逸らすことができればそれでいい。
フュリアはもともと聖女ニケアに忠誠など誓ってはいない。
まったく別の目的でこの軍に来ていた。
そして今が絶好の機会だと彼女は判断したのだった。
──私は、あの女をやるだけさ。
タイボ。
あの奇妙な呪術師こそ、フュリアの目的だった。
父であるゲオルクD33の身体のため、彼女は聖女軍に籍を置いていた。
そういう意味で、聖女直属の隊に配属されたことは僥倖といえた。
一介の兵士では立ち入りにくい上層にも、大手を降って立ち入ることができるのだ。
そして掴んだ。この部屋こそ、タイボが頻繁にやってくる祈祷室であるということに。
タイミングとしては、何時もこの時間に彼女はやってくるのだという。
祈祷中に何をしているのかは、どうやら誰も知らないようだったが、しかし一人になるらしいことは掴めた。
ならばあとは、ここを強襲し、あの“理想”の奇蹟を解く技を聞き出す。
そのためにフュリアはそこにで潜り込んでいた。
無論、本営にてこんなことを仕出かすことの重大さはわかっている。
失敗すればまず間違いなく命はあるまい。
──でも、鉄砲玉ならなれてるさ。
“ファミリア”にてゲオルクに何度強引な作戦に参加させられたか。
しかし違うのは一点、これが自分の意志で行っているということだ。
──座ったままで一生終えるなんて、馬鹿なこと言わせないよ。
その想いと共に、フュリアは『ウイッカ』を構え、そして待った。
薄暗い部屋は静まり返っている。ここは実質タイボ専用の部屋、彼女いない限り誰も開けるということはあるまい。
そんな中でフュリアは待ち続け、そして──来た。
ギイ、と軋む音を立てながら扉が開かれる。その瞬間、フュリアは跳躍し、現れた人影に対して刃を抜いた。
『ウイッカ』の剣身に青白い炎が灯る。
その炎を見た影は、
「いないよ、ここには」
悠然と剣を抜き、弾き飛ばしてきた。
フュリアはが、と音を立てて壁に衝突する。
歪む視界の中、光がともった部屋の中に現れた影を捉えた。
「聖女ニケア……!」
碧色の瞳をした彼女は、ニッコリと笑うのだった。
「そうそう、ニケアちゃんだ」