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虚構転生//  作者: ゼップ
雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……
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131_クリスと家族


『リーンアーク』内、狭い通路の先でクリスが立ち止っているのが見えた。

窓の向こうでは雪が降り続ける戦場が広がっている。

その様子を眺めるクリスの肩は震えていた。


キョウは一瞬逡巡したのち、呼びかけた。


「……クリスさん」

「何よ」

「いえ、その……」


キョウは言葉を選ぼうとして、思わず右肩を見てしまう。

しかし、当然そこには誰もおらず、はっとすぐに視線を戻した。


下手なことを言えば逆に彼女をより頑なにさせてしまうだろう。

そうわかってはいたが、それでもキョウはこの場で放っておくということをしたくなかった。

何故なら──もしかすると、このまま決裂したまま、どちらかが死んでしまうかもしれないのだから。


ここはそういう場所である。

否、今この時代がそういう時だ。

だからこそキョウはか細くとも一度結んだ縁を、大切にしたいと思っていた。


──ロイ君とも、また会えたんですから。


その事実が心の支えになり、キョウはクリスにもう一度呼びかけようとして、


「わかってるわよ、キョウ。アンタが強いってことくらい」


クリスがゆっくりと振り返って言った。

その目元は腫れており、彼女がここでどんな顔をしていたかを示していた。


「でも私だって強い。それは強がりなんかじゃなくて、厳然たる性能の話。

 私個人の力じゃない。私を創ってくれたみんなの力が、弱い訳ないもの」

「……家族」

「え?」


キョウがこぼした言葉に、クリスが顔を上げた。


「あ、いや、ごめんなさい。やっぱり思っちゃったんです、羨ましいなって。クリスさんの言う通り、私はやっぱり、何者でもないから……」

「それ……」


あはは、と誤魔化すように笑うキョウを、クリスは揺れる瞳でしばし見つめていた。

その視線を受けているとキョウは思わず──出してしまった。


「あ、羽が出てる」

「ごめんなさい」


展開されてしまった蒼白の翼をしまう。

恐らくこの翼をくれた彼だって、感情が昂ると翼がこぼれ出る、などという奇妙な体質にキョウがなってしまったのは予想外だったに違いない。


「まったくこれはこれで大変なんですから……本当に」

「アンタのその羽……それって霊鳥のものよね? 翼人じゃあんなに速く飛べないだろうし」

「はい。私の叔父様から、いただきました」


キョウは精一杯の微笑みを浮かべて返す。

完璧だと思った笑みだったのだが、しかしクリスは何かを察してしまったようで、


「……悪かったわよ」


視線を逸らして小さく謝った。


「え、いや私は別に」

「色々、悪かったわよ、キョウ。

 フォローしてもらったのにロクにお礼も言ってなかったし」


本当はわかってる、と彼女は言った。


「私がもっとうまく連携できていれば、隊はもっと上手く回るって。

 私はあのヴィクトルとかフュリアみたいな傭兵組と違って、聖女軍の一員。

 だから本当は指揮する立場にも向かないといけない。

 それを押し付けてるのもわかってる」


クリスは始末が悪そうに告げる。

その様子にキョウは苦笑してしまう。

恐らく、マルガリーテの前では絶対に言わないだろうな、と。


なんというか、このクリスという少女は、子どもなのだ。

当たり前のように戦士として前線に出るし、その剣に迷いもない。

しかし同じように不機嫌にもなるし、意地も張る。


やはり羨ましい、とキョウは思ってしまう。

齢自体はさして変わっていないが、自分やフュリアとクリスは立場が大きく違うように思う。

どちらかがいいとか、悪いとかではない。

ただ彼女には、まだ多くの家族がいる。それは血のつながりを意味しない。

クリスという個を、無条件で見てくれる人がいるということだ。


「わ、私も……本当の家族は、実はもういないの」


クリスはキョウに対し、僅かに緊張を含んだ口調で言った。


「あ、いや今の家族が偽物とかじゃなくて、血をつながったお父さん、お母さん、ほかのみんなも……全員、死んじゃった。“教会”に……殺された」

「…………」


それもまたありがちな話ではあった。

この聖女戦線にて、前線に投入されるクリスの出自としては、むしろ納得さえ行く。

聖女軍と“教会”の戦いに巻き込まれた末に、聖女軍に拾われたのだろう。

そして新たな家族に引き取られ、彼女は戦士になった。


「だから……あの灰色。異端審問官。私は、絶対にアイツを許せないの」


そこで声音を振るわせて彼女は言った。


「アイツだけは殺したいと思ってる」


アイツ、というのは田中のことではないだろう。

先の戦場で明確に彼女が憎悪を示したのは、田中の後にやってきたもう一人の異端審問官。

仮面を被っていたので素顔はわからないが、キョウもまたあちらの異端審問官と交戦している。

一度刃を交えたからわかる。

彼は、田中と同じか、あるいは速度だけならばそれ以上の腕を持つ、精鋭エースであると。


「あの異端審問官が、私に見せてきたんだ。みんなを殺した証拠を。

 これ見よがしに、馬鹿にして! 許せない。許せないわ……」

「殺させませんよ」


堰が切れたように述べられる憎悪を、キョウは短く遮った。


「別に許し合う必要もありません。でも、私の目の前では絶対に」

「……そうだったわね、キョウ。貴方ならそう言うわ」


クリスはそこで大きく息を吐いた。


「ごめん。でも、そっちこそ教えてよ。アンタと異端審問官の因縁」

「え?」

「見ればわかるわよ、アンタはあっちの──私の腕を一度は斬り飛ばした方の審問官となんかあるんでしょ」

「あ、いや、その……」


キョウは少し困ったように目を泳がす。

大体の事情を把握しているマルガリーテと違って、クリスに話すことは少々面倒になるかもしれなかった。

ただでさえ突然現れた剣士なのに、敵である異端審問官との、複雑な関係を告げることは危ないかもしれなかった。


「はぁ……別に触れ回るつもりはないわよ。ただ、一緒にパーティを組む相手のことくらい、知っておきたいだけ」

「そ、そういうことなら」


キョウは頷いて、だいたいのことを話すことにした。

と、言っても、うまく伝えることができるのか、キョウは少し自信がなかったが。









「やれやれ、仲のいいことで」


キョウとクリスが通路の奥で話すのを遠めに見ながら、フュリアはぼやいた。

ツンケンしていたクリスとかいうのも、力だけはあっても色々と経験が乏しいようで、絆されるのは正直見えていた。

むしろ不殺剣士の方が意外とドライなので、跳ね除けるかな、と期待して見ていたくらいだった。


「ま、何でもいいんだけどね。私は、私の目的を果たすだけだよ」


そう言って彼女は、ちら、と己が纏う制服に刻まれた紋章ロゴを見た。

聖女ニケアらしい横顔が刻まれている。

本当、聖女に対する忠誠も執着も一切ない自分がこんなものを着ているのも、馬鹿みたいな話だ。

そんなことを思いながらフュリアはその場を後にした。

なんといっても彼女にしてみれば、これからが本番なのだから。



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