130_それぞれの
……そうしてその戦闘は、常勝の部隊であったYUKINO隊の初めての敗走となった。
エリア全体での趨勢はまだ決しておらず、あくまで局地的な敗北に過ぎない。
しかし小さな規模にせよ、いや小さな規模でのことだからこそ、事態は深刻と言えるのかもしれなかった。
隊が、キョウやクリスのような精鋭級と目される個人を活かす陣形になっている以上、彼らが正面で敗けたことの影響は大きい。
少なくとも隊長であるマルガリーテはそう考えていた。
無論こちらに欠員も出ていないのは幸いであったが、状況からすれば、見逃されたとでもいうべき状況なのだから。
「戻ってきたは良いが、どうするんだい、これから」
フュリアが首巻きを解きながら言う。
言語船『リーンアーク』内の決して広いとは言えない船室にて、YUKINO隊たちは集っていた。
目下のところの母船であるこの船は、最低限の乗り組み員たちによって運航している。
「本営に一度戻りますわ、各員整備もありますし」
敗走がなくとも、遊撃部隊として転戦に次ぐ転戦をしていたYUKINO隊だ。
このあたりで報告も兼ねて一度戻っておくのも間違いではない筈だった。
「それはわかるけどさ、そうじゃなくて、隊全体としてこれでいいのかってことだよ?」
フュリアは呆れた口調で隊員を見渡した。
座り込んだクリスは悔しそうに顔を俯かせ、部屋の隅ではヴィクトルが座りもせず何やらぶつぶつ述べている。
キョウはここにいない。少し遅れる、とは事前に言っていたので、この打ち合わせにもおいおい来るだろう。
『リーンアーク』の駆動音が船体を通じて響き渡る。
雪によって幻想をかき乱されるこの一帯では、どうしても荒っぽい運航にならざるを得ない。
「……ダメですわ。だから戻るんですの」
マルガリーテは務めて冷静な口調で言った。
「この部隊は勝ち続けてきたから成り立ってきた。
それぞれの能力が飛び抜けていたから、多少の不具合を無視して動かし続けてきた」
「それが異端審問官にねぇ……」
隊員の中で唯一平静を保っているフュリアは、腕を組んで考え込む。
「私も前の仕事で戦ったことあるけど、アイツらホント滅茶苦茶だったからね。
ブレードハッピーというか、闘い方が汚いというか」
「それでも私は勝たないといけなかったの」
ぼそり、と声を漏らしたのはクリスだった。
「私は、少なくともこんなところで敗けちゃダメだったの。
夢だから……私の家族が託してくれた夢だから!」
彼女はぷるぷると肩を震わせていた。
それは悔恨によるものか、あるいは恐怖によるものか。
「でも、敗けてしまったのは事実ですわ」
「だから! あそこで逃げなければよかったのよ!」
「そしたら、貴方は死んでいましたわ、同志クリスティアーネ」
甲高い叫びを上げるクリスに対し、マルガリーテは毅然とした態度で立ち上がり、その鳶色の瞳をじっと見据える。
「それは貴方が一番わかっているのではなくて?」
「……そういうアンタだって、随分情けない撤退姿だったとか、噂されてますけど」
クリスは目を逸らし、不貞腐れたように言った。
ギリ、とマルガリーテは歯を鳴らす。事実として、彼女もまたそこで恐怖してしまった。
マルガリーテもまた、異端審問官には因縁がある。
特にまさしくあの場で遭遇した異端審問官には──
「大丈夫ですよ」
ヒリついた沈黙を破るように、扉を開けキョウが入ってきた。
彼女は小さな笑みを浮かべ、他の隊員に向かって言うのだった。
「大丈夫です。みんな生きてます。だから、これで終わりじゃありません」
「うるさい!」
それに反発するようにクリスが声を上げた。
「私には、私には家族がいるの。
何物でもないアンタとは違う。誰もいないアンタとは……!」
「同志クリス!」
マルガリーテは鋭い口調で彼女を止めようとする。
誰もいないわけではないのだ。キョウにだって、本当はいたのだ。
それを奪ったのはほかならぬマルガリーテなのだ。
だから厚かましいとは知りつつも、見逃すことができない発言だった。
だがキョウはマルガリーテを手で制したのち、
「……だったら、私より強くなってください」
そう、突き放すように言うのだった。
「私がいなければ、あの時、あの人にクリスさんは殺されていました」
「……それは」
「強くならないと、私が全部やっちゃいますよ」
そう告げるクリスはしばらく悔し気に表情を歪めたのち、「ふん」と言い放って部屋を出ていってしまった。
「あ、待ってください」とキョウはそれを追って出ていく。
「……なんか大丈夫かい? アイツら」
フュリアがやはり呆れた口調で言った。
「……大丈夫ですわ。少なくともまだ一回の敗北です。
そして、キョウさんの言葉通りまだ誰の血も流れていませんわ」
「そんなもんかね」
フュリアは欠伸をしながら立ち上がり、
「ちょっとアイツらの顔を見てくるよ。なんか暴走しそうだし」
そう言い残して部屋を後にした。
フュリアがこの隊にいてよかった、とマルガリーテは胸をなで下ろす。
そして、とこの場で一言も発しなかった隊員にも目を向ける。
「戦士ヴィクトル、ヴィクトルさん」
室内だというのに目深に帽子を被る彼を呼びかけるが、彼はピクリとも動かない。
「ヴ・ィ・ク・ト・ル・さ・ん」
マルガリーテは満面の笑みを浮かべ、その帽子を取り、ずい、と顔を近づけて、再度その名を呼びかけた。
思いのほか、ハンサムですわね。
そう彼の素顔を評しながら、改めて彼の名を呼ぶ。返事をするまで読んでやるつもりだった。
先の戦闘の狂乱。ある意味、一番根深いの彼なのかもしれない。
そう思いつつ、隊長としてマルガリーテは彼と向き合うことにした。