127_攻防
「これは……突然敵が現れたとでも?」
単眼を通じて溢れてくる情報に触れ、マルガリーテが声を漏らした。
彼女は連なる神殿の中にあって一際高い摩天楼の屋上に陣取っている。
その横には、護衛としてついたヴィクトルが傘を指していた。
何時もの陣形、何時もの出撃の筈だった。
だが、敵は突如としてやってきた。
「前衛二人に狙いすましたように、突然攻撃……こちらの動きがわかったうえで?」
マルガリーテは眉を顰める。
敵の戦力配置は厳重な索敵によりある程度見えていたはずだった。
だが突然、超がつく高性能の偽剣を使う敵が出現したのだ。
「戦士フュリアはとにかく情報を集めてください。4時方向に死角があります」
上がってくる情報を集めながら、彼女は今このエリアで起こっている事態を把握しようとしていた。
YUKINO隊が現在進駐しているのは、グランウィングの勢力圏内。
そういう意味で情報を集めるのはたやすい部類。
──クリスさんとキョウさんは速すぎて印が上手く届きませんわ。
交戦中は幻想乱れることで魔術帯が著しく不安定になる。
そのため彼女らに印を直接送るということができなかった。
「一体何が──」
それでも“眼”であるマルガリーテは、必死に情報をくみ上げる。
補助ユニットである本がまくれ上がる。乱舞する言語を必死にコントロールしながら、事態を把握しようと試みる。
友軍からの提供データやフュリアを動かすことで、彼女の視界は徐々に広がっていくのだった。
そして──彼女は灰色の色彩を掴んだ。
「異端審問官……ですの?」
ぼそりと声を漏らした。
同時に彼女の脳裏に、数か月前の痛みが走り反射的に胸を抑える。
──面倒だから、拷問しちゃってもいいよね。
無邪気とさえいえる少女の声。
淡々とした手つきで、記憶の中の彼女は痛みをもたらす剣を振るっていた。
「アイツだ!」
だがその困惑を吹き飛ばす叫び声が隣から上がった。
ヴィクトルであった。
「アイツだ、アイツだ、アイツだ……!」
それまで死人のように黙っていた彼は、突如として声を張り上げていた。
「ヴィ、ヴィクトルさん……?」
困惑の声を滲ませるマルガリーテを無視してヴィクトルは一歩前に踏み出す。
傘を放り投げ、鞘の巻かれた手首を掲げる。
その視線の先では、地上に姿をさらす紅い目をした女がいた。
「見つけたぞ! あの紅いの!」
ヴィクトルは普段の彼からは想像もつかないほどの敵意を滲ませ、剣を撃った。
◇
大型の偽剣、『ルゥン』より放たれた閃光は半ば自爆のようなものだった。
足場となる神殿すら飲み込むフィジカル・ブラスターなど、まともな神経をしていれば使えない。
事実としてその閃光は田中だけでなく、撃った本人さえ飲み込んであたり一帯すべてを消滅させた。
恐らく腕を落とされたことで錯乱したのだろう、と一度死んだ田中は静かに分析していた。
「無理やりだけど、間に合った」
その手には鞘から出現させた薙刀型の偽剣があった。
その銘は『アマネ』。
すべてを消滅させる閃光に対し、田中が選んだのはその偽剣を使うことだった。
己の死が不可避なのであれば、“理想”の奇蹟を再現し、死からよみがえればいい。
『アマネ』の奇蹟は効果内であれば死すら否定できるのだから。
それはある意味で最大の防御といえた。
『アマネ』は偽剣としての取り回し自体はさほど良くないが、緊急時の防御手段としてはこれ以上のものはない。
ことこの雪降る戦場のような、幻想が濃度が高い場所では絶大な効果を発揮する。
「……問題は敵にも効果があることか」
「これも性格かな」と田中は敵の少女を眺めてぼやいた。
少女(クリスティアーネとか言うらしい)は息を切らしつつ、何が起こったのか理解できないとばかりに目を丸くしている。
田中も、破壊したはずの神殿も、斬り飛ばされた腕さえも、すべて元に戻っていた。
戦闘自体の仕切り直しという訳だった。
田中は『アマネ』を消し、再び扱いやすい『エリス』を抜いた。
「三刀……何この敵……?」
クリスはもはや理解できないとばかりに首を振った。
通常、鞘に格納できるのは一剣のみだ。
物質としての再現精度を下げれば二刀以上格納することもできるが、総合の力が落ちるためまず行われない。
その例外が田中だった。
聖女の銘を持つ偽剣を、田中はいくらでも鞘に格納することができた。
しかしそんなこと、クリスは知る由もなく、ただただ得体のしれない敵として映ったのだろう。
田中が剣を構えるのに対し、当初の威勢とは裏腹に、彼女は一歩後ずさりしていた。
獲物だ。田中は目の前の敵をそう捉え、跳躍した。
『エリス』の剣身が少女の身体を斬り裂かんと走り、
「──クリスさん!」
そこを蒼白の翼が駆け抜けた。
田中は仮面の奥で目を見開く。剣と剣が交錯し、甲高い音が戦場に響き渡る。
「殺させません! この私が」
そうして不殺剣士のキョウと人斬魔のロイ田中が、再び剣を交えることとなった。