126_聖女たち
三時方向へターゲット発見。
少し前のこと、カーバンクルより印を受け、神殿から神殿へ跳躍を繰り返していた。
これだけの雪。一歩でも足を滑らせればただでは済まないだろう。
そうぼんやりと思うのだが、不思議なことにそのことへの恐怖もまたひどく曖昧であった。
だから戦場を跳び続ける田中は、恐怖とは別に思うことがあった。
──また、会うのか。
ターゲットの精鋭の特徴は既に聞いている。
高機動の翼を持つ剣士、そのほかの特徴から、どうしてもある人物を思い浮かべざるを得ない。
そのことはカーバンクルだって同じだろうが、ブリーフィングでは何も言ってこなかった。
敵の精鋭がもはや馴染み深い不殺剣士だとすれば、自分はどうするべきか。
そう思いはするが、だからといって迷いも当惑もなかった。
寧ろはやる気持ちさえあった。会わなくてはならない、という。
しかし、そう思う田中の前に立ちふさがる影があった。
「ピッタリ……ほんとムカつくわ」
金髪の髪がたなびく、小柄な少女であった。
聖女軍の制服を身に纏ったその偽剣使いは、身の丈に合わない大剣を構えやってきた田中に相対する。
その姿を認めた瞬間、田中は跳躍にて距離を取り『エリス』を構える。
「あのコネ女、何気に有能じゃない!」
金髪の敵は何故かそう不機嫌そうに叫びながら襲い掛かってきた。
タイミング的に待ち伏せをされていたらしかった。
剣を跳躍で回避しつつ、辺りを一瞬窺う。
どう見ても模倣品と思しき偽剣を田中の進路に配置できたということは、どうやら敵の“眼”は戦場全体を広く見渡せるほどの情報網を持っているらしい。
僅かにそう分析しつつも、それ以上に田中にしてみれば目の前に敵が立ったという事実が重要だった。
斬り捨てて良い。理性と衝動が合致し、穏やかな心地になる──同時に異様な昂ぶりも覚える。
まず田中は『エリス』での素早い攻撃を選ぶ。
フェイントを交えた連続の跳躍による翻弄、ののちの強襲である。
少女はそれを「ふん」と鼻で笑うように振り払った。
「みんなが造った『ルゥン』の性能! 生かさないと!」
『エリス』を、彼女は『ルゥン』(というらしい)偽剣を薙ぐことで応戦する。
速度ではこちらが勝っているはずだが、敵は異様な反応速度と膂力を持って田中を牽制したのだ。
──その最中、一瞬だけ少女の瞳に色が灯ったことを田中は見逃さなかった。
跳躍で距離を取りつつ、見覚えのある色彩を見たことで、田中の昂ぶりがさらに高まった。
「そうか」と彼は呟きを漏らす。
「確か……聖別とか言ったっけ。そんな設定の奴もいたような気がする」
もはや遠い昔のように感じられる、病室での話だった。
「でもなるほど、その色、そうか、そういう風なカラクリだったんだな。
聖女の力、弥生の力、欠片とは言え……」
「……何? この敵」
ぶつぶつと漏らす田中に対し、敵は訝し気な表情を向けてきた。
理解できないのだろう。当然だ。そして理解などされる訳がない。
あの海で出会い、拒絶された弥生と同じ顔をした聖女が脳裏に浮かんだ。
そうだ、こいつらは所詮は虚構の世界に生ける者。
自分とはわかりあえない。想いを共有できない。
その筈だ。そんな思考が田中の奥から湧き出てくる衝動を後押しする。
奇妙なことに、この先に待っているであろう翼の剣士のことは、意識から抜け落ちていた。
田中は仮面の奥で獰猛な笑みを浮かべながら、少女の敵へと迫る。
『エリス』を消し、鞘からまた別の剣を抜いてみせた。
「二刀? また変な戦い方を」
敵の少女が声を漏らす。
傷のついた無骨な大剣『ミオ』。
終らない“堕落”の歌を歌い続けた聖女の銘を田中は握りしめていた。
「ああ、だからいいんだ。何をしても……」
その濁った声色に慄いたのか、敵の少女が表情がひきつったのが見えた。
だがすぐにそれを噛み殺すように言った。「なにくそぅ!」
次の瞬間『ミオ』と『ルゥン』がぶつかり合った。
重い金属音が雪降る戦場に響き渡る。一合、二合、跳躍を交えて彼らの剣が交錯した。
相変わらずこの少女は反応がとにかく速い。こちらの攻撃を的確に呼んで反撃を決めてくる。
田中はそれを受ける形で剣を振るいつつ、その力を開放していた。
空間を言語が走り、幻想が収束する。
晴天の空を思わせる純度の高い青が剣身に纏っていた。
その機構に敵の少女が眉をひそめるのが見えた。
しかし攻めているのは田中ではない。その事実が敵を後押ししたのか、果敢に向かってくる。
──それを田中は『ミオ』でなく『エリス』で迎撃していた。
雪が赤く汚れた。
敵の少女は何が起こったのかわからないのか、「え」と声を漏らし、
「う、腕が!」
斬り飛ばされた左腕に気づいた。
噴出する血。大剣を片手で支えることになり、彼女はバランスを崩しそうになる。
敵はすぐさま跳躍で距離を取ろうとした。
「……なるほど少し、コツがいるな。『アマネ』の方は単純だったんだけど」
性格が出ているのかな、と田中は呟く。
『アマネ』の偽剣は敵をも癒す力を持っていた。
だが『ミオ』の偽剣は少々特殊なようだった。
「あ、アンタ……アンタぁ!」
「もう少し長い間、ぶつけるべきだったか」
田中の偽剣は聖女の奇蹟を限定的に再現する。
“堕落”の聖女ミオの言語は、それは打ち合った相手の力を削る効果があった。
“教会”の工房にて判明したその力は、精鋭格にこそ効果を発揮するのだった。
事実として、この敵は明らかに反応速度が鈍っていた。
そこを速度の出る『エリス』に持ち替えて攻撃したのだが、効果の調整があまく斬り漏らしてしまったようだった。
「でもいいさ。次は行けそうだ。言葉自体は読みやすい……まるで弥生の小説のような……」
「こ、この……!」
少女は苦痛に顔をゆがめながらも大剣を構えた。
しかし迫りくる田中に恐怖を見せているのは明らかだった。
だがその恐怖さえ今の彼にしてみればどうでもいいことだった。
「大丈夫だ。8《アハト》、殺せそうだ」
「……わ、私はクリスティアーネ・ブランミッシェルよ! みんなの夢なんだ!」
叫びを上げた少女は『ルゥン』を片手で無理やり振りかぶる。
幻想が収束、迸る火花。光は大出力の閃光となり、二人の足場となっていた神殿ごと破壊する勢いで放たれた。
それを見た田中は、嗤った。