124_展開
「何でも、敵の精鋭を襲えということだとさ」
実働の隊四人でのブリーフィング、カーバンクルは“眼”として装備した単眼をいじりながら言った。
一夜開けて、風は随分と弱まっている。雪の勢いは相変わらずだが、出撃には支障がなさそうだった。
「精鋭か、そいつが厄介だから片付けろと?」
「いいえ、違うわ」
「うん?」
「厄介だったら交戦したうえで撤退する
逆に弱かったら、その場で殲滅する」
田中の問いかけに対し、カーバンクルはそう答えた。
すると隣にいたハイネが顔を出す。
「その判断はどこで行いますか? 個々の判断では難しい面もありますが」
「そうだね……」
カーバンクルは顎を撫でる。
そして田中とハイネを交互にみたのち、
「君たちが手こずったら強敵という判定でいいさ」
「そんなものか?」
「殺してもいい。そう告げた君が殺せない相手。十分に強敵の範疇だと思うがね」
カーバンクルはからかうように言った。
仮にも隊のブリーフィングだというのに、彼女の口調は何時も軽い。
「あは、それもそうですね。まぁ、10《ツェーン》としても少なくとも僕たちが単騎で殲滅ができない、というのは最低条件だと思います」
「だろう? それでいいか、4《フィア》も」
「え、え? 私?」
そこで話を振られた4《フィア》は、びくりと肩を上げた。
基本的に彼女はブリーフィングにおいて発言をすることはない。
「ええと……うん、私は大丈夫だと、思います。ハイネ君にしろ、ロイ君にしろ、その……」
「了解、まぁどういう意味で“強い”かは接触してみないとわからないが、それぐらいは最低ラインだろう」
「向こうの戦力はどれくらいで?」
「小隊規模だが、どうにも軍内での立ち位置が特殊らしい。情報はこのあと共有するから確かめておいてくれ。
ただまだ重要なエリアには出てきてないから、そこまで精度は高くない」
とりあえず交戦してみろ。
カーバンクルは軽く言ってのけた。
◇
……そうして、“十一席”はエリアD9でその精鋭部隊を待ち構えることとなった。
エリアL9。
重要拠点である“赤の塔”へ続くエリアの一つではあるが、複雑に入り組み、かつ幻想濃度も不安定となっている。
戦場全体を見渡しても、とびきり雪が厄介なエリアであった。
その日も“教会”と聖女軍両軍共に雪による魔術への干渉を受け、進軍の足を引っ張られているようであった。
そんな膠着した戦場をカーバンクルは“眼”で窺っていた。
眼下に広がる戦場を拡張された意識で見下ろす。
このエリアの戦況として、全体的に“教会”側が押されているようでもあった。
こうした複雑な地形は、“教会”側の物量が意味をなさないことが多いのが一因だろう。
そんな中、2《ツヴァイ》、4《フィア》、8《アハト》の異端審問官は、標的の部隊が表れるまで、各自息をひそめて待っている。
高性能な模倣品を与えられている彼らが援護に加われば、あるいは戦況も変わるかもしれない。
それを無視して独自の行動を取っているのだから、味方から恨みを買っても仕方がない。
いや“教会”の正規軍にしても、異端審問官の援護など欲しくないかもしれない。
そうでなくとも、こんな独自装備ばかりの部隊との連携など、やりづらいだけだろうが。
──しかし、最近結成されたらしい、この精鋭部隊
カーバンクルは与えられた情報を振り返る。
聖女軍側の装備は、基本的に量産しやすいrUn系列の偽剣が使われている。
“ルーン・アサルト”や“ルーン・ガード”で固められての運用が多いが、この部隊は最大火力や射程が異常な偽剣が確認されており、それだけでも特異だ。
もしかすると軍内部の立ち位置は“十一席”に近いのかもしれない。
だがそれ以上に目を引くのが、敵部隊の中核と思しき、圧倒的な機動力を持つ偽剣使いだ。
“教会”側から“翼つき”の仇名で呼ばれつつあるこの敵は、通称通り幻想で構成したと思しき翼を展開するのだという。
聖女戦線の複雑な地形と、三次元的な動きを可能にする翼の相性は抜群で、捕捉することすら困難という報告も上がっていた。
その特徴から翼人の可能性が高く、であれば物質的には弱い筈、という分析も上がっていたが……
──どうにもね
カーバンクルは、情報を見ているだけで、どうしてもある可能性を想起せざるを得ないのだった。
力量や特性、そして近くに聖女がいるという事実。
これらから導き出せるその仮説は、それなりに現実味があるように思うのだった。
まだ確認回数がそう多くないうえに、雪で記録魔術が上手く動作しないため、敵の情報はどうしても不明瞭になってしまう。
そのため断言はできないのだが……
「お、これは」
そこでカーバンクルの“眼”が反応がした。
戦場に現れたその敵の異常なまでの速度に、彼女はその反応こそがお目当ての敵だと判断する。
「近くにいるのは……ハイネか」
“眼”で情報を確認しつつ、カーバンクルはハイネへと印を送った。
何にせよ、こちらでぶつけてみればわかる筈だ。
「……さて、田中君も向かわせた方がいいだろうね、こいつは」