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虚構転生//  作者: ゼップ
雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……
124/243

123_神隠し


「昔、僕はこの近くに住んでいたんですよ」

「ふうん」

「今思うと吹けば飛ぶような小さな村でした。

 そして当然のように、僕が五歳になる頃には戦火に巻き込まれてなくなりました」


神殿の屋上にて、座り込んだハイネは穏やかな口調で語った。


「みんな、どこかに行ってしまった。僕だけが“教会”に保護された」


その言葉に、田中は返す言葉を持たない。

同情も共感も、すべきところではないだろう。

この時代、この世界において、その程度はもはや普通のことなのだと、すでに田中は知っている。


それにハイネは別に悲観している様子もなかった。

ただぼう、と立ち並ぶ神殿ビルを眺めているだけだ。その前髪が風に吹かれ、さらりと揺れている。


その日、戦場の空は変わらず曇天で、降り続ける雪も変わらなかったが、ただ何時もと違う点として、風が吹いていた。

びゅうびゅうと音を立てて吹きすさぶ風が、カソックの袖を揺らしていく。

それも夜分である。

風と雪でかき乱された薄暗い戦場はひどく視界が悪く、この分では魔術帯の干渉もひどいだろう。

ひとたび足を踏み出せば、遭難してそのままどこかに消えてしまいそうだった。


元々、この戦場においては夜分の戦闘は少ない。

ただでさえ雪で探知魔術レーダーが効かない中、複雑に入り組んだ市街戦を強要されるというのに、視界の悪さまで加わればもはや戦闘どころではなくなる。

今夜はもうこの一帯で戦闘はないだろう。


“十一席”は到着以来、多くのエリアにて散発的に動いている。

あるエリアでは敵を遊撃したかと思えば、別のエリアでは味方を見殺しにしてでも情報を持ち帰れ、などと言われる。

その動きの全体像を田中たちは知らされていない。

ただ黙々と彼らは戦場の影で動き続けていた。


今日も友軍には知らせずに、田中とハイネは二人でこのエリアの偵察としてやってきていた。

戦闘が起こっていれば介入しろ、とのことだったが、場は静かなものだった。

となれば、もう今日の仕事はこれで終わりだろう。

田中は大きく息を吐いた。すると仮面の中が籠ってしまい、不快な心地になった。


──不意に奇妙なものを見た


それは顔に包帯のようなものをぐるぐる巻きにした少女であった。

和装に似たゆらりとした衣装に身を包んだそれは、ぼう、と世界に浮かび上がっていた。

向かいの神殿にて佇むそれは、じっとこちらを見つめているようだった。


「あれは」


田中が指で指し示そうとしたその頃には、すでにそれは消え去っていた。

はっとしてもう一度窺うが、そこにはもう誰もいなかった。


「何か見ましたか?」

「いや……」


田中が言葉尻を濁すと、ハイネはくすりと笑って、


「8《アハト》さん、それはきっと過去ですよ」

「うん?」

「この聖女戦線は、かつて“春”の巫女たちが集っていた場所です。

 かつて世界を書き換えようとした巫女。彼女たちの祈りの残滓が、ここでは漂っているのです」


だから変なものが見える。

ハイネは静かに言った。


「巫女たちだったり、どこぞの剣士だったり、あるいは子どもだったり……ここでは別の時間の者たちの姿が見えます」

「時間……」

「さて、理屈はわからないのですが、どうもここはそういう場所らしいんです。

 長きに渡る戦いがこうしてしまったのか。それともこういう場所だから、戦いが終わらないのか」


ふと遠くで、崩れ落ちた神殿の姿に変化があった。


「ああ、あれもそうですね。過去がおかしくなってるんです」


ぼう、と一瞬光が灯ったかと思うと、その神殿に石片が集っていき、廃墟だったそれは瞬く間に、破壊される前の姿を取り戻していた。

その奇妙な“巻き戻し”は、田中からすると出来の悪いCGのようだった。


破壊された神殿が、気が付くとああして修復されているのだという。

すでにこの世界の法則が、現実のそれとは大きく違うことにはなれていたが、それにしたってメチャクチャな話のように思えた。

とはいえ、事実としてそうなのだから受け入れるしかないだろう。


破壊された戦場はこうして歪な形で修復され、その度にまた少し違った構造になるのだという。

先日聖女によってまるごと消滅させられたエリアT3も、気が付くと別の神殿が現れるかもしれない、などという話も聞いた。


「色々と曖昧な場所です。何が現実で、何が過去なのか。

 幻想純度……幻想リソースの濃さが不安定の場所だと、何が起こるのかわからない。

 だから、ここで遭難すると大変なんですよ」

「どうなるんだ?」

「“神隠し”に遭うそうですよ。神様の方が、もうずいぶん前にお隠れになったはずなんですけどね」


ハイネは薄い笑みを浮かべている。


「でも、こんな場所だから、僕はつい探してしまうんですよ。自分の知ってる過去が、どこかに転がってるんじゃないかって。

 例えば、もう消えてしまったあの村の人たちとか──また、会えたらいいなって」

「…………」


田中の沈黙をどう感じたのか、ハイネは「すいません」と顔を上げ、


「辛気臭い話になってしまいましたね。いや、別にお気になさらずに。僕は今この“教会”での居場所を気に入ってますから」

「いや」


田中はそう短く返して、その会話は終わりだった。

が、実は本当はこう言おうとも思っていた。

自分がもしハイネの立場だったら、きっと同じことをしていただろう、などと。


田中自身、この東京のような戦場で、弥生や友人たちと過ごした見知った通りがないか、つい探してしまっていたからだ。


それから次の日、田中たちには10《ツェーン》より命令が下された。

明日、エリアD9に来る敵の精鋭エース部隊を強襲しろ、とのことだった。



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