119_眼
「……アンタに聞きたいことが二つあるんだ、不殺剣士」
雪を踏みしめるフュリアは首巻きの位置を整えていた。
YUKINO隊として、彼女と行動を共にすることに奇妙な想いを抱えつつ、キョウは彼女の様子を窺った。
今の彼女の装備は“雨の街”にて戦った時とは大きく違っている。
あの頃は単眼式の戦闘服だったが、今は戦場に合わせてかMT加工がなされた防寒仕様装備となっている。
聖女軍支給のものともまた違うようだが、小さく聖女の紋章が刻まれており、彼女の所属陣営を示していた。
その剣は依然と同じく『ウイッカ』のようだが、剣身は綺麗な群青となっており、偽剣としての複製精度が向上したものに換装したようだった。
「はい、フュリアさん、なんでしょう」
「タイボには会えなかったのかい?」
声を潜めてフュリアは尋ねてきた。
キョウは、ちら、とあたりを確認する。
うつろな目をしたヴィクトルが後ろに立ち、それと並んでマルガリーテが何かを話している。
前に立つクリスはこちらと話す気がないのか、一切視線を向けてこない。
YUKINO隊は戦場のど真ん中、神殿の最上層にて集っていた。
聖女直属の独立部隊であるYUKINO隊の、初陣であった。
専用の言語船『リーンアーク』が後ろで着陸している。
小隊運用のため、非常に小型な船である。これによって、YUKINO隊は遊撃部隊として各戦線に加わることになっていた。
どの隊員もこちらに目を向けていないことを確認したのち、キョウは小さく頷いて、
「はい。私が確認したときには」
会っていたら、どうしただろう。
キョウは自分でもよくわからなかった。
「ふん、まぁいいさ。籠っていてもどこかで出てくるだろう。何せこちらは聖女サマ直属の独立部隊だ」
フュリアは腕を組み、仏頂面で言う。「何か情報があったくれ、買わせてもらうから」
「……はい」
「それでもう一つだ。アンタ、何でこんな戦場にやってきたんだい?」
フュリアの問いかけに、キョウはさらりと答えた。
「戦えますよ。そのために来たんです」
「……ふん」
フュリアはどこか納得しない様子で、
「しかしわかってるだろうが、ここは戦場だよ。
目の前でバカバカ人が死んでいく。それでもいいのかい」
「だから、殺させません」
「は?」
キョウは髪をかき上げながら言った。
振り続ける雪と横殴りに吹く風が邪魔だったが、しかしこの程度、気にせずに立って見せよう。
「殺させませんよ。私の手が届く限り、誰も」
「はぁ?」
そう告げたキョウに対し声を荒げたのはフュリアではなかった。
前で戦場を見下ろしていたクリスであった。彼女はキョウを蔑むような眼差しで、
「何言ってるの? この時代、この戦場で? 偽善にもなってない気もするけど、本気?」
「もちろんですよ、私は誰も殺させません。聖女軍のみなさんも、“教会”の人も、みんなです」
迷わずにこやかに言うキョウにクリスは唖然としている。
一方でフュリアは「あー……そうそう、こういうのだ」と呆れたような顔をしている。
「私は厭だわ、撃墜スコアを稼がないなんて、計画の力を将軍に示せないじゃない」
論じる気にもならない。
そんな気持ちを滲ませ、クリスは顔を背けた。
その手にはいつしか剣が握られている。
金色の装飾が随所に施された豪奢な剣であった。
剣身も肉厚で、そんな巨大な偽剣を小柄なクリスが持っている様は非常にアンバランスであった。
「私にこの『ルゥン』を預けてくれた人のためにも、私は自分の性能を示してやらないといけないの」
「いいえ! その点は大丈夫ですのよ」
そこで隊長たるマルガリーテが声を上げた。
ヴィクトルに雪避けの傘を差させた彼女は、何時ものように芝居がかかった口調で、
「私にすべてお任せなさい、ですわ。宣言しましょう、このYUKINO隊は“無血”の存在になると」
「はっそういえば、貴方もそんなこと言って家を出たんでしたっけ」
クリスはマルガリーテに対し、吐き捨てるように、
「低レベル聖別で力を手に入れた気になって。御家柄でよくもまぁここまでやってくるものだわ」
「なんとでもいいなさって──この隊の隊長は私ですのよ?」
「ホントに人を殺さないっていうの? 信じられないわ」
マルガリーテとクリスの言葉の応酬の中、フュリアは欠伸をしながら、
「……私は別にどうでもいいよ。報酬さえもらえれば、クライアントには従う。
不殺がお望みなら付き合ってやるよ」
馬鹿らしいけど、とフュリアは小さく付け加えた。
「…………」
ヴィクトルは沈黙したままだった。代わりに猫が意味のない鳴き声を漏らしていた。
このやり取りに何ら興味がわかないようだった。
「いいわ、貴方たちは勝手にして。元から私は、一人で性能を示すつもりだったし」
そう言って彼女は大剣を抱えたまま、なんの躊躇いもなく、その身を神殿から投げた。
その様子を見たマルガリーテは息を吐いたのち、キョウに元へと近づいていき、
「貴方のやりたいようにやってくださいな、キョウさん」
「──マルガリーテさん」
「勘違いなさらいで。別にやけっぱちではないのよ。私には見えているの、道筋が」
マルガリーテは唇に指を当て、不敵な笑みを浮かべた。
「その理想のために、貴方には剣になってもらえないでしょうか?」
「────」
「“眼”は私がなりますわ」
その言葉にキョウは頷き、そして小さな声で言った。
──諦めでもしたら、許しませんからね。
彼女はマルガリーテをじっと見たのち、目を覆うバイザーを装着。
不殺の剣『ネヘリス』が鞘から出現し、蒼白の翼が大きく舞い上がった。