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虚構転生//  作者: ゼップ
雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……
118/243

117_隊長は私


“ガンマン”のヴィクトル。

その名が呼ばれると、部屋の狭間に立つ目深に帽子を被った彼はゆっくりと顔を上げた。


「……なぁ」


そして、ひどくか細い声で、マルガリーテやフュリアに呼びかけた。

ぐしゃぐしゃの髪の向こうに見える瞳はどんよりと濁っており、力強さは感じられない。


「観客のいない劇場で、その中心にて踊り狂う者は、果たして主役と言えると思うか……?」

「はぁ?」


彼の不躾な問いかけにフュリアが眉をひそめていた。

だが当の彼はそもそも答えなど求めてはいなかったのか、ぼそぼそと独白のような言葉を続ける。


「たとえそれが如何な名演だとしてもだ。

 誰もいない劇場は、やはり空虚だ。

 観客なくして劇は成り立たない。

 込められた想いは、一人では完結しない──させてはならないのだ。

 失望でもいい。悪罵でもいい。軽蔑でもいい。

 想いへの返歌があって、初めて物語はうつつのものとなりうる。

 しかし、しかし……」


喋り続けていたヴィクトルは、崩れ落ちるように膝をついた。

すると傍にいた白い猫が彼に寄り添うように近づいてくる。

にゃあにゃあと泣くその猫は、メロン将軍のような人間ラングでなく、異物パロールのようだった。

ヴィクトルはその背中を撫でながら、しかしその目を直視せず、


「聞こえないんだ」


そう漏らした。


「あの女……あの紅い女に言われて、そしてそのまま逃げられて以来だ……そんなこという奴は全員殺してきてやったのに、逃げられたから……サア、我が愛しの牝猫にして生涯の観客……」

「コイツもイカレてるじゃないか」


フュリアは付き合ってられない、とばかりに頭を振り、不審な表情をマルガリーテに向けた。

隊員パーティメンバーとして、その男はあまりにも、不安な存在と言えた。


「どの部隊にも編入されてない訳だ。こんなのが使い物になるのかい?」

「ええと、まぁ……腕は確かだと、ギルドからもお墨付きが」


──出ているんですのよ、本当に。


問いかけられたマルガリーテは一瞬目を泳がせたのち、にこやかな笑みを作って、


「戦士ヴィクトル」

「……なんだ?」

「私がこのYUKINOユキノ隊の隊長を務めます、マルガリーテ・グランウィングになります。

 少女にして隊長、聖女軍において“無血”を謡う者。

 無垢・幼気・純真・天衣無縫、お好きな言葉で修飾なさって」


マルガリーテは、くるり、と一回りしたのち、悠然と手を差し伸べた。

その流れるような口上は、どこまでも嘘臭くありながら、同時に何度も何度も口にしたからだろう、奇妙なほどの自然さがあった。


「……ヴィクトル・ジュヴネェル・レオリュードだ」

「はい。それでそこにいるのがフュリアさん。私や彼女と共に、聖女軍のために戦いましょう。

 私をすぐに信じろとは言いません。命を預けろとも言いません。

 まずは共に同じ道を駆け抜けることが始めましょう」

「務めは……果たすさ。この現実に住む者として、最低限の……」


マルガリーテの大仰な言動に対し、ヴィクトルの反応はひどく薄かった。

それをフュリアが冷めた眼差しで見ていた。


そこで遅れてキョウが部屋に入ってきた。


「……ええと、あれ?」


やってきた彼女は、その場にいるヴィクトルの姿を見て、目をぱちくりとさせ、


「マルガリーテさん、もしかして……その方が五人目の隊員なんですか?」

「……はい、そうですわ。まぁ少し奇矯な方ですが」

「なるほど、ええと、そうかぁ……うーん、その、すごい偶然ですね」


キョウが言葉を漏らすと、ヴィクトルもまた顔を上げ「……君は」と小さく漏らした。

マルガリーテは当惑するように、


「お二方、お知り合いなのですか?」

「え? あ、いや、それほどの者でもないというか」

「ファンだ」


ヴィクトルがぼそりと漏らした。


「俺はそこの彼女のファンだ……そう、それで間違いない、翼人のサルーサよ」

「ええと、また改まって言われると恥ずかしくなってきます!」

「何だい、この隊は不殺剣士の知り合いしかいないのかい」


顔を俯かせたままのヴィクトルや何故か頬を紅潮させるキョウ、呆れたようなフュリア。

それぞれバラバラの反応を見せる隊員たちに、マルガリーテは微笑みを浮かべつつ、内心では思わず溜息を吐きたい気分だった。

思えばニケアの鶴の一声で編成されたこの隊が、まともになる筈もなかった。


──この隊の隊長が、私。


その事実に前途多難なものを思いつつも、この場にて一言も発していない隊員に声をかけた。


「同志クリスティアーネ、貴方と共に戦えることも光栄ですわ」


優雅に気品を持って、それでいて親しみやすく、百万回は練習した気がする微笑と共に、マルガリーテは声をかけた。

すると、クリスは「ふっ」と笑って、


「ほんと、コネで成り上がったお姉ちゃんの舌は良く回るわ。愛想笑いだけは得意だもんね、レベル2の“量産型”は」


──隊長は、私。


こちらを子馬鹿にするように見るクリスに対し、マルガリーテは笑みを崩さず、ただその事実を反芻した。



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