115_雪の隊
ニケア。
そう快活に名乗った聖女は、とん、と地を蹴ってみせた。
「お久しぶり……というほどでもないな、マルガちゃん」
跳躍によって、キョウとマルガリーテの前にやってきたニケアは、悪戯っぽく笑って、
「というか老けたか? 背が大きくなってるぞ」
ニケアがマルガリーテの白金の髪を乱雑にかき回す。
「というより、ニケアちゃんが変わらなさすぎ、ですわ」
マルガリーテは彼女らしくないぐらい赤面をしていて、顔を俯かせている。
ちなみに背丈でいえばニケアの方が、ほんのすこしだけ高いように見えた。
「……それで、君がマルガちゃんの言う“友達”か」
ニケアはそこでキョウの方へ、ずい、と顔を近づけてきた。
大きな碧色の瞳が迫ってくる。キョウは一拍逡巡するも、何か対抗意識に突き動かされ、顔を引かず前に出した。
ごん、と頭が当たった。
「あ、いたい」とキョウとニケアの言葉が重なった。
「いきなり頭突きとは、流石ですわね……」
隣で見ていたマルガリーテは、何故か感心したように言った。
どちらに向けて言った言葉なのだろう、とキョウは額をさすりながら思う。
そして同時にこうも考えていた。
竜の仮面の被った呪術師の姿はここにない。
再会──を覚悟していた身としては、安堵と失望がないまぜになった想いに駆られる。
一方で、ニケアの方は満足げに「ふむふむ」と唸り、
「理解したぞ、マルガちゃんの友達。君は変人だな。そしてバカなのだろう」
「ええと、まぁそれは否定できないのですが、ニケアちゃん、まずは挨拶というか、自己紹介というか」
否定してくださいよう、と内心でこぼしつつ、キョウは今一度ニケアに対して向き合い、
「キョウです。私は何物でもないキョウ。不束者ですが、よろしくお願いいたします!」
精一杯声を張って頭を下げると、ニケアは不敵に笑えって、
「こちらはニケア。ニケアちゃんと気軽に呼んでくれ!」
それ以上の声量で、より深々と頭を下げてきた。
そのまま数秒間、沈黙ののち、キョウはゆっくりと頭を上げた。
「勝ったな」とこぼし、ニケアもまた顔を上げ、ニッと得意げな表情を向けてくる。
何故だか無性に悔しかったので「くっ」とキョウの口から自然とこぼれていた。
「もしかすると、似ていますの? 性格とか、ニケアちゃんと……?」
二人の珍妙なやり取りに対し、マルガリーテが再びそんなことをこぼした。
「──それで何物でもないキョウ」
「はい! ニケアちゃんさん」
「マルガから、色々なことを聞いたぞ。随分と腕が立つ、と奴が珍しく人を褒めてたからよく覚えている」
「ありがとうございます! マルガリーテさん!」
「あ、まぁ、その私のことは」
「だが、キョウさんの本当の強さは腕でなく、心の空白に耐えうることだ、とも語っていた」
「ええと、その! ニケアちゃん、私の話はもういいのではなくて?」
焦ったようにマルガリーテがニケアの言葉を遮る。
その様子にキョウもまた少し苦笑いを浮かべる。
こうも取り乱すマルガリーテを見かけるのは、かなり珍しかった。
「うむうむ、それでだ、キョウ」
と、そこでニケアは少し声のトーンを落とし、
「この私に何の用だったのだ? わざわざ遠路はるばる」
問われたキョウは迷わず答えた。
「そうですね。私は、貴方を守りにきたのです」
「私を、守る?」
はて、とニケアが頭を捻るが、キョウは続けて、
「とても恐ろしい殺人者が貴方を殺しにやってきます。
でもそれは、本当は悲しい話なんです。
私はそれを止めるためにここに」
「──その殺人者、来るべき我が敵なのだが」
ニケアはキョウの言葉を遮り、そして至って真面目な口調で、
「タナカクン、というのではないかね?」
そう告げられた時、キョウは「え?」と声を漏らしていた。
「タナカ……そうタナカクンという発音だった気がする」
「そ、そうです。田中くん。ロイ田中くんです。知ってるんですか?」
キョウが身を乗り出してそう告げると、ニケアは静かに頷いて、
「うん、本当に懐かしい名前だ……そして、まさか現実のものだったはな……」
そう一人呟くのだった。
そんな彼女に、キョウはなんといったものかわからない。
自分が告げる前から、何故田中のことを知っているのか。
その意味を掴みあぐねていた。
「──そしてそれが殺しに来る、か。なるほどなるほど、持つべき者は友だな」
「ええと、信じてくれるんですか?」
「おうともさ」
正直な話、一蹴されることは覚悟していた。
それでもこの地で、何とか隣にいさせてもらうつもりだったのだが、この反応は完全に予想外だった。
「うん、十数年前にも聖女友達のハイパーネタバレ女に出会ってな。ちょうどこういうことが起こるとか言われていたものだが、うむ! やはり今回も外れなかった」
何か納得したように、ニケアは大きく頷く。
そして顎を撫で考える素振りを見せたのち、
「メロン将軍」
そこでニケアは長椅子近くにて佇んでいた猫の名を呼んだ。
猫、メロン将軍は「なんですかな」と顔を上げた。
「君が今しがた持ってきた、レベル4聖別成功体とそれに伴う特殊部隊増設の話だが」
「ええ、このクリスの力を存分に発揮させる、通常の指揮系統から外れた隊が欲しいのです」
そう言ってメロン将軍は隣に座っている、二つに髪を結った少女を示した。
ニケアはぱちんと指を鳴らした。
「よし可決だ。コルノボーグへ伝えておけ、メンバーは」
次に彼女は悪戯っぽくキョウとマルガリータにウインクをして、
「マルガリーテを隊長に、この剣士キョウを組み込んだ部隊だ。
名前はそうだな──YUKINO隊とでもしておこうか」