111_無双
基地の玄関口には雑多な人たちがあふれている。
小鬼と言い争いしながら剣を整備している剣士や、隊の愚痴を漏らしている猫と人狼などの姿がある。
それぞれ聖女の紋章が刻まれた軍服を羽織っており、彼らがみな聖女軍の者たちであることが見て取れた。
「久々だね。相変わらずアホなことやってるのか、気狂い剣士」
そんな中、その少女はキョウの顔を見るなり毒づくように言った。
軍服を肩からかけ、壁にもたれかけるようにしてその少女は立っていた。
切り揃えられた黒い髪も、その向こうから見える鋭い眼差しも記憶にある通りだ。
どこか周りを遠ざけるような佇まいをする彼女の名を、キョウは知っていた。
「え?」
キョウは目をしばたたいたのち、
「フュリアさんですか!?」
「お、私の名前覚えてたんだ。まぁ合格だね」
そう言って彼女、フュリアは薄く笑みを浮かべた。しかしどこか威嚇するような棘のついた雰囲気はそのままだ。
「まさかこの聖女戦線で再会するなんてね。
父上がいたら、なんて顔するか見てみたい」
「あら? フュリア戦士とお知り合いでしたの? キョウさん」
マルガリーテが意外そうにこぼした。
キョウは「ええと」と言葉を濁す。なんといったものか。あまりにも突然の再会に当惑していた。
「ああ、大の親友だよ、マルガリーテ同志。なんたって同じ雨を浴びた仲だ」
対するフュリアはしれっとそんなことをのたまうのだった。
フュリア。
あの廃墟の城で、田中と交戦している間に割り込んだのが、ある意味ですべての始まりだった。
“ファミリア”という商人ギルドの“商品”であり、父上の“子ども”であった。
彼女とキョウは、聖女アマネをめぐって何度か戦い、そして共に“理想”と対峙した。
あの“雨の街”にて別れて以来、もはや彼女との縁が切れたものだと思っていたのだが。
「……なんで私がここにいるのか? 不思議そうだね、口ポカンと開けてさ」
「そ、そりゃそうですよ! あのとき、ゲオルクさんと出ていってから」
「こっちとしては、気づいてなかったのかって想いなんだけど」
フュリアは目を細め、呆れたように言った。
「父上に聖女をさらえって依頼してたのが、そもそもこの聖女軍だよ」
「え」
「聖女を殺さず生け捕りにって依頼さ。
もともと私たち“ファミリア”は聖女軍からの仕事をよく受けてたからね。御鉢が回ってきたって訳だ」
意外なところで縁が繋がっていた。
聖女を追い続けたことで、そこに繋がりがあった人物とも再会できた。
キョウはそのことが何だかとてもうれしく思い、朗らかな声で「はい!」とフュリアの手を取った。
「ホント! また会えてよかったです!」
「か、顔をそんなに近づけるな」
「あら、本当に仲良かったのですわね、キョウさん」とマルガリーテが微笑みを浮かべて言う。
「ああ、そうだよ私たちは……」
とフュリアの言葉を遮ったキョウは大きな声で、
「そうですね! 別に仲はよくありませんでしたが、これから仲良くなりましょう!」
「て、手の力が強い!」
フュリアの手をぶんぶんと振っていると、後ろからそれまで黙っていたホワイトが口を開いていた。
「あの、とりあえず休める場所に行ってもいい?」
「あ、ああそうですわね。ここで長旅でしたし、とりあえず落ち着ける場所にいきましょう」
「助かる。それで、ちょっと休んだら聖女様に会いたい」
「うん? 聖女サマかい?」
ホワイトの言葉に応えたのはフュリアだった。
「今はまだいないよ。今日も元気に飛んで出撃していったし」
彼女は何かを思い出すように目を泳がした。
そして笑うしかない、とでも言うような妙にくだけた口調で、
「無双って奴だよ。戦場での聖女サマはさ」
◇
……雪がすべてを覆い隠していた。
降り注ぐ純白な雪は、多量の幻想を含んだ奇妙なもの。
それは言語の組成に干渉し、魔術の正常な動作を妨げる。
そして分厚い雲に遮られたこの戦場は、常に薄暗い。
降り注ぐ雪が視界をひどく狭くし、複雑に入り組んだ石造りの建物たちが遠くを見通すことを許さない。
目視でも、探知魔術もロクに動作しない。
この雪は時としてこのうえなく厄介な足かせとなり、時として最高の隠れ蓑になる。
そして平等でもある。
雪は、“教会”と聖女軍、両陣営の敵であり味方なのであった。
だがこの時、このエリアT3において、雪は“教会”の味方であった。
雪を踏む音が重なり合う。
黒色装備に身を包んだ“教会”の兵士たちは黙々と行軍を続けている。
カソックの下に仕込まれた装備がカチャカチャとこすれ合う音がする。
静寂の廃墟を、数十人規模の偽剣隊が息を殺して進んでいるのだった。
彼らの手には黒塗りの片刃の剣が握られている。
新型の偽剣『リリアネイル』であった。
つい最近工房よりロールアウトされた“教会”の新型量産騎であり、種別としては劣化品になるが、その機動性能には目を見張るものがあり、複数の隊で運用した際の有用性にはかなりの期待がされていた。
加えて行軍用のカソックにも特殊なMT加工が施され、生地自体にも隠蔽魔術が仕込まれている。
4《フィア》が使用していた試作品の段階ではダボついてしまっていたこの装備も、防寒用も兼ねた厚手の布を採用することで使い勝手を増している。
黒色装備は異端審問官の実戦データをフィードバックされ、より高性能化を行っている。
こうした最新鋭の装備が回されたことで、“教会”の兵士たちの士気は高い。
加えて、エリアT3の先、エリアI3にある聖女軍の拠点“白い塔”を強襲するこの作戦は、非常に重要なものとして認識されており、それに選ばれたという自負もその足を後押ししていた。
もちろん探知魔術も効かないため、行軍には細心の注意を払わなければならない。
しかしそれは逆に言えば、敵もまた魔術によってこちらの行軍を察知することはできないのである。
目標ポイントにまで到着さえしてしまえば、大量の新型騎によって、“白い塔”の陥落も見えてくる。
勝負は作戦決行の明日までに到着できるか、だった。
だから、静かに、しかし確かな足取りで、彼らは進まなくてはならない……
──その、筈だった。
彼らはその瞬間、気づくことができなかった。
猛然と嵐が迫っていたことに。
それは、あまりにも大雑把な攻撃だった。
まず彼らの頭上に、碧色の光が、ぼう、と灯った。
何事かと顔を上げると── その瞬間にはありとあらゆるものが粉砕されていった。
碧の光に一拍遅れて、世界が割れるような轟音が響き渡る。
崩れ落ちた背教も、見上げるほど高い神殿も、分厚く雪が降り積もったこの大地さえも──その光と共に“まっさら”になっていた。
当然、その中にいた数十の偽剣使いたちなど、塵一つなく消えていた。
断末魔などありはしない。そもそも彼らは自身の死に気づくことができたのか。
それを見下ろすように、空に飛び立つ一人の少女の姿があった。
降り続ける雪の中、燐光を放つ碧色の翅を広げ、彼女はたった今消滅させた区画を見下ろしている。
その手には偽剣が握られている。
銘は『パルスマイン改・3rd』。
かつての神剣戦争の英雄の名を冠したその偽剣は、度重なる改修を受けつつ、百年間彼女と共に駆け抜けた唯一無二の一振りである。
多量の幻想を集積させた剣で、彼女はエリアごと薙ぎ払った。
そう──それは、剣による攻撃であった。
何やらエリアT3にきな臭い動きがあることを知った彼女は、エリアごと消滅させることを選んだ。
精緻な探知などできはしないのだから、すべてを無に帰してしまえばいい。
そうシンプルに彼女は考えたのだった。
「うん!」
視界一面、すべてが消え去ったのを見届け、彼女は満足げに頷いた。
「今日も今日とて、全力で生きていきたいものだな! いつか幸福に至るまで!」
“希望”の第一聖女ニケアであった。
彼女は偽剣を握り、常に最前線を駆け抜けている。
圧倒的な物量差を持つ“教会”に相対してなお、たった一人で聖女軍を支えるほどの力が彼女にはあるのだった。