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虚構転生//  作者: ゼップ
雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……
111/243

110_聖女戦線


……雪が、すべてを覆い隠していた。


吐く息は瞬く間に白くなる。歩くたびに沈み込む足が蒸れて不快だった。

キョウは分厚いコートの両袖を抱きつつ、前を行くマルガリーテの小さな背中を見失わないように歩いていた。


「大丈夫ですか?」


ふと立ち止まったマルガリーテが、こちらを振り返った。

帽子を目深に被った彼女は、目を細めてキョウを窺う。

その防寒具は特注したのか普段の彼女の装いと同様、少女趣味なあしらいが随所に施されている。


「迷いそうならペースを落としますけど」

「大丈夫です! マルガリーテさん、小さくても目立つから助かります。いっそ光ってくれたらもっとわかりやすいです、目印として!」

「……私は物みたいなものなのですね、貴方にとっては」


「まぁ無理もないですわね、私は貴方の……」とマルガリーテは肩を落として言った。

キョウとしては冗談のつもりで言ったのだが、変に深刻に受け止められてしまい、「あれ?」と声を漏らす。

噛み合っているような、噛み合っていないような、そんな道のりだった。


高速旅団キャラバンの劇団に一時的に身を寄せていたキョウだったが、『竜の名を二度唱えよ』の上映がひと段落したこと、またマルガリーテの都合がついた

ことでもあり、当初の予定通り彼女らはこの地にやってきた。

最強の聖女ニケアが拠点を置く、この聖女戦線に、マルガリーテはキョウを誘ったのである。


「……変な建物がいっぱいね」


キョウとマルガリーテの後ろから、ホワイトが四角く切られた石造りの建物を見上げて言った。


劇団のスタアたる彼女もまた、ニケアに会いたいということもあり、この旅路に加わっている。

端役に過ぎないキョウと違い、一時的とはいえホワイトが抜けることは劇団にとってもつらい筈だが、とはいえ劇団自体が聖女支援団体の出資によって成り立つもの。

聖女に会うという名目である以上、それを妨げることはできないのだろう。

幸い公演と公演の間の期間なので、どうにか調整をしたということか。


「なんだか、神殿みたい」

「このあたりは数世紀前に“春”の巫女たちが彼女らの記憶を基に創り上げた街ですわ。

 そういう意味では、神殿というのも間違ってはいませんでしてよ」


マルガリーテの解説に対して、ホワイトは「ふうん」とぼんやりした声で返した。

オフの時、というべきか、壇上に登っていないときの彼女は、幾分かぼんやりしているように見えた。

スタアの意外な場面を見れたような気がして、キョウはなんだか得した気分になっていた。


「巫女たちが創り上げて以降、ここは数百年前から反王朝勢力の拠点になりました。

 その反王朝勢力が、今の聖女軍の母体になりますわ」

「へぇ、そうなんですね」


つらつらとよどみなく語るマルガリーテに、キョウは頷く。

実のところ、キョウは聖女自体に対しては興味が薄く、そのあたりの知識はまるでなかった。

そもそもこの地に来たのも、まったく別の目的のためなのだから。


──田中君


脳裏に過るのは、一人の縁深い異端審問官である。

キョウの目下のところの目的は、彼に会うことである。

“聖女狩り”の異端審問官である彼に会うには、聖女の近くで待ちたい。

そんな個人的な理由で、彼女はこんなところまでやってきのだった。


「そろそろでしてよ。このルートは幻想純度も安定してますし、最前線からも遠いですから、特に問題なく基地まで辿り着けるはず……」


マルガリーテの言う「そろそろ」は、なかなかに長かった。

キョウが初めて向かう場所だからか、少なくとも数時間はさらに歩いたような気がする。

ところどころ休憩をはさみつつ、彼女らはマルガリーテの言う“基地”までやってきた。


降り続ける雪の中、視界は非常に悪かったこともあり、気づいたときには、既に目の前にその摩天楼が鎮座していた。


「おお、高い……!」

「高いな」


キョウとホワイトが、それぞれ声を漏らす。

他の建物と同じく四角く切られているが、一面に一面に水晶が張られており、非常に美しい外観をしていた。

王朝時代ならいざしらず、この時代、これほどの規模の建築はなかなか見ることができない。


「ここが第一聖女率いる聖女軍が本営ですわ。

 みなの“希望”が集まる場所です」


感嘆するキョウたちを前に、マルガリーテは誇らしげに言ってのけた。


「普通は濃い幻想リソースの散布と隠蔽魔術ステルスでまったく見えないのですけど、私と一緒に居れば入れるはずです。ささ、とりあえず行ってしまいましょう」

「あ、ええ、そうですね! ありがとうございます、マルガリーテさん」


なかなか見ることができない光景に昂ったキョウが笑みを向けると、マルガリーテは照れたように僅かに頬を紅潮させた。


「……いや、礼など、いけませんわ。貴方にしてみれば、私など……」


そして顔を俯かせて何かぶつぶつと言っていた。

その様子にキョウは複雑な想いを抱きつつ、並んで基地の中へと入っていった。


二重の水晶張りの扉を開くと、一気に温暖な空気にあたりキョウは「あったかい」と声を上げた。

ゆっくりと防寒具を緩めながら、彼女はほっとしたように息を吐いた。

特に戦闘やトラブルもなかったとはいえ、それなりに長い行軍だった。

拾うと、無事到着できたことの安堵が胸に溢れてくるのだった。


「とりあえず、少し休みましょうか。事前に私たちのことは伝えてあるので、部屋も用意されているはずです」

「あ、そうなんですか! ありがとうございます」

「ですから、私に礼など……」


と、キョウとマルガリーテが言葉を交わしている時、


「ふん、ようやくついたのかい」


どこかからか声がかけられた。

振り返ると、そこにはキョウが見知った、そして意外な顔がいた。




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