109_最強の聖女
……第二聖女討伐に向かう前、カーバンクルは田中に対してこんなことを語っていた。
「そうだな……6《ゼクス》はまぁ面倒見がいい奴だし、7《ジーベン》も意外と話しやすい奴だからな。
この辺にしばらくはくっついておくといい気もするなぁ」
異端審問官のメンバーのうち、いない面子も含めて、誰を頼るといいか、という内容だった。
“教会”に入ったばかりの田中に対して、彼女なりの気遣いだったのかもしれなかった。
「5《シュンフ》もまぁ、悪くないと思うよ。ハイになると手をつけられないが、普段は問題ないわ。それに、可愛いし。
逆に3《ドライ》とか4《フィア》あたりはあんまりオススメしないというか、根が適当な奴らだから真似はしない方がいい」
何時ものようにどこまで本気かわからない、軽めの口調で彼女はつらつらと述べていく。
もはや忠告するほどでもないと思ったのか、10《ツェーン》や9《ノイン》については言及しなかった。
加えて当然と言うべきか、11《エルフ》には触れなかった。
そんな中、彼女が最も自信を持って語った審問官のことは、田中もよく覚えていた。
「でもまぁ、一番のオススメはハイネ、2《ツヴァイ》だな。
今はここにいないが、困ったことがあればとりあえず頼っておくといい」
カーバンクルは目を細めて、
「よくできた奴だからね。異端審問官にはあるまじきことに」
◇
「よろしくお願いします」
そう柔和に語るハイネに対し、田中はしばし逡巡したが、小さく「8《アハト》だ」と返した。
「ふふ……知ってますよ。ロイさんでしょう。
既に聖女を三個体撃破という大金星を上げたという」
「……俺は」
今まさに四個体目の失敗について、語っていたところだった。
田中の様子にハイネは首を振って、
「ああ、いいえ、別にこれ、皮肉じゃないですよ。
僕たちは100年間に渡って、敵である聖女たちを、真の意味で滅ぼすことができなかった。
そんな僕たちにとって、貴方のような方が仲間になってくれたことは、本当に心強い話です。
──貴方の存在を聞いてから、ずっとこれを伝えたかった」
なんだか小恥ずかしいですね、ハイネはにこやかに言った。
恥ずかしいのはこちらだ、と田中は思わず思ってしまった。
「それですいません、10《ツェーン》。ブリーフィングに遅れてしまって」
「……いや、いい。どうせ参加率の低い回だ」
話の腰を折られた形になった10《ツェーン》だが、ため息を吐いてそう言った。
それまで黙っていた4《フィア》もハイネには話しかけやすいのか、口を開いていた。
「ハイネ君が来なかったら……ほとんど意味のない回……だったかも。みんな大体の事情をもう把握してるから……」
「ええ! それこそ、僕が遅刻しちゃダメな奴でしたね。ごめんなさい、ちょっと暖かいベッドがで久々で」
どうにも田中は、いつの間にか空気が弛緩していることに気づいた。
ハイネはその中にあって、ニコニコと笑みを振りまいているのだった。
やや唐突にやってきたこの美少年は、どこか周りのものの警戒心を解かせるような、不思議な空気を漂わせているのだった。
「それで──ハイネ。君こそ報告を」
10《ツェーン》がやや口調を切り替えて尋ねた。
「ええ、聖女戦線──第一聖女ニケアは以前として健在です」
するとハイネもまた、表情から笑みを消し語り始めた。
「第一聖女ニケア。初めて観測された聖女にして、七個体中唯一、一度たりとも代替わりを起こしたことがない聖女……」
10《ツェーン》が漏らした言葉の意味を田中は考える。
“転生”による代替わりをしたことがない聖女。
それはつまり、この百年で一度も討伐されたことがないということだった。
「第一聖女は、単純な戦闘力という点では、間違いなく最強の聖女です。
おかげで聖女戦線は泥沼です。物量では圧倒的に“教会”が勝っているにも関わらず、です」
「戦局は依然と変わらずという訳か」
「長らく続く泥沼状態です。それもすべて、第一聖女という圧倒的な旗頭が敵にいるから。
そして我々“教会”は、彼女を消滅させる力を持ち得ていなかった。
仮に討伐できたとしても、“転生”されてしまえば、またどこかで敵対勢力が再起しかねない」
ハイネは田中の方を一瞥して、
「しかし、今はもう違います。
我々は、8《アハト》という鬼札を手に入れました。
それに新型騎の『リリアネイル』の方も順調に生産が進み、戦線を支えてくれます」
第四聖女こそ逃したものの、既に田中によって言語化させた聖女の解析は進んでいる。
結果として──田中が聖女を討つことで、“転生”を防げる可能性は大きかった。
「この百年で、初めて訪れた反撃の機会です。
“希望”のニケアを滅ぼし去る芽がついに出た」
ハイネは立ち上がり、凛とした口調で言った。
「だからこそ──やりましょう。
全ての““十一席””を動員しての、第一聖女攻略作戦を」
それは、現在残っている異端審問官は7人を投入しての、一大作戦の提案だった。