107_父
ある日、父が旅に出ると言い出した。
それはあまりにも突然なことだったので、私はとても驚いた。
父は、私が言うのもなんだか、素晴らしい人だった。
集団の中にあってリーダー的な立ち位置にいた父は、いつだって人々の前を歩き、導いた。
父は腕っぷしがとにかく強く、賊にも異形にもまず負けはしない。
ただ力強いだけでなく、知恵もある人で、何かを問われれば大抵うまい解決策を出してくれた。
そういう訳で、父はみなの精神的な支柱になったのは自然なことだった。
父はそういう強さのある人だったから、王朝が崩壊し行く時代においても、人々を守ることができたのだろう。
そんな父の娘だった私は、そのことを誇らしく思っていたかと思うと、実はそうでもない。
理由は簡単で、私はいつも厳しくしかられていたからだ。
今思うと、娘だからと言って身びいきしなかったことを褒めるべきだな、とは思う。
しかし子供である私は、どうせならもっと優しくしてくれればいいのに、といつも思っていた。
とにかく父は私にも厳しかった。
周りのみなにも、何より自分自身に対しても厳しく律する人だった。
そんな父が旅に出ると言い出した時は、本当に驚いた。
みなを置いて、どこかにいくというのだ
それを聞いたとき、私は本当に驚いた。
私だけでなく、みなも同じく驚いていた。
先ほども言ったように、父は集団のリーダーで、欠かせない人間だった。
いなくなってしまえば、今後どうなるのかわからない。
だからみなは困惑したし、今までの父らしからぬ身勝手な行いに憤慨している者もいた。
それでも父の決意は硬いようだった。
彼の中で、一人集団を外れることはもう決定事項で、絶対に動かせない事実のようだった。
父はもう準備していたらしく、一夜のうちに出ていった。
私たちを置いて、出て行ってしまった。
……それが、今から百年ほど前のこと。
あの時の私には、何が何だかわからなかった。
だけど、今ならわかる。
父の行動の意図も、私にだけ残していった最後の言葉も。
“お前の敵になる”
そう言い残して、父は去っていたわけだが、そうさせたのは私だった。
ほかでもない、私がすべての“はじまり”だった。
その事実。
他のどの聖女が忘れようとも、私だけは覚えている……
(雪降る戦場、はじまりの聖女、そして……)
ちょっとポエムパートがイマイチだったので変えます