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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
105/243

105_竜と猫


「君は、さっきから一体、誰と話しているんだ?」


カーバンクルがそう尋ねると、今度はヴィクトルが怪訝そうに頭を捻った


「何の話だ?」

「いや、だから君、私じゃない誰かに話しかけてるだろう? それが何なのか、ちょっと気になって」


カーバンクルとしては、それは別に駆け引きとかそういう意図はなかった。

ただここで彼を倒してしまえば、奇矯な振舞いの真意がわからなくなるから、今のうちに聞いておこうという、その程度の想いだった。


だがヴィクトルの方は、剣を振るいつつも、何やら足元の猫を見て話しかけている。


「うん? もしかして君、猫と話しているのか?」

「ふむ? 俺と牝猫のサアは一心同体だが」


困惑したように言うヴィクトルに対して、カーバンクルもまた不思議そうに、


「でもその猫、喋らないだろ?」


そう言った。


「見たところ、その猫は異物パロールだ。

 異形バアバロイではない。しかし言葉を話すことはない……という存在だと思っていたが、違うのか?」

「何を言っている? サアはこうして確かに話しているだろう? 声が聞こえないのか?」


そう彼は言い放つが、しかしカーバンクルには彼の言う“声”など聞こえない。

白い猫は「にゃおん」と鳴くばかりで、意味のある言葉は聞こえなかった。

一般的に、喋る猫、つまり猫であり人間ラングである者は二足で歩き、それ以外は四足だと聞く。

聞きかじりの知識だったが、そのことを踏まえても、ヴィクトルの飼うサアとやら物を話すとは思えない。


「何? 声が……聞こえない?」

「ええ、ちっとも。にゃあにゃあ鳴いてはいるけど」


そういわれたヴィクトルは頭を抑え、身体をよろめかせる。

別にそうした意図はなかったが、予想外に精神的な打撃を与えることに成功したようだった。


「待て、そんなことがあるのか。サアよ、何か言ってくれ」

「…………」

「ほら! 聞こえる! 聞こえるじゃないか!」

「私には何が何やら。

 君、本当にその猫が喋ったのを見たのかい?

 猫が自分以外の誰かと話しているのを見たかい?

 ──ただ君に声が聞こえていた、だけじゃないか?」

「うるさい!」


ヴィクトルはそこで声を荒げた。

同時に“早撃ち”が戦場に炸裂する。

カーバンクルは既にそれが長大な剣を使った“居合”であることを見抜いている。

それ故に攻撃を見抜き、ヴィクトルへと接近する。


「──俺が、俺がサアを創っていただと? そのようなこと!」

「ん? 何、妄想の彼女を囲ってたってことなの?」

「違う! サアはあの時、確かに俺を見てくれた。愛してくれたんだ!

 だから俺は、もう一度生きようと思ってのだぞ」


声を荒げるヴィクトルの剣は明らかにぶれていた。

しかしそれでも威力は健在であり、無視できない。

カーバンクルの『リヘリオン』を不可視の剣で弾き飛ばし、彼は跳躍ステップで距離を取る。

接近するカーバンクルへとの対応も適切だった。

大した腕だ、とカーバンクルは舌を巻く。

精神的に乱れた状態でも判断が鈍らないのは、良い戦士の証拠だった。


「俺は、俺のことをカッコイイと言ってくれるサアがいたから」


とはいえ、戦意そのものが萎えてしまえばどうしようもない。

ヴィクトルという男は、近づく騎士団たちを淡々と処理しつつ、ぶつぶつと何かを言っている。


「サアがいたから、生きようと思えたのだぞ? だが、そんなことを」


──これはもう折れたも同然ね。


彼のその様子を見て、カーバンクルはそう判断する。

よくわからないが、今回の第四聖女をめぐる戦いにおいて、彼は脱落したも同然だろう。

腕はある偽剣ソードレプリカ使いなので、あまり深入りせず放置していくのが正解だろう。


「とりあえずこちらは多分抑えておけるわ。だからあとは……」







ついに──というべきなのだろうか。

姿を現した竜のアランは、その巨大な翼を悠然と広げていた。

翼は幻想リソースの風を起こし、白銀のきらめきが舞う。


「やっと力を貸すことができるな、トリエ」


トリエは碧の瞳を見開き、現れた巨大な竜を見上げていた。

何も──言えなかった。

目の前で起きている現実を信じることができなかった。


だって竜はもうすでにいなくなっていた筈だった。

物語の中でしか語られない存在。

いつの間にか隣にいてくれた彼が、しかし、本当に存在したなんて。


「──行くぞ、ひとまずはこやつらを」


竜のアランはそう言って、白銀の風を巻き起こした。

猛然と吹き荒れる突風。

一体何が起こったのか、トリエにはわからない。


あまりにも規模が大きすぎて何も理解が追いつかないのだ。

ただ見えたのは、そこにいたはずの極刑騎士団の大軍が、瞬く間に崩壊していくところだった。

それは嵐を前にした小船のように甲冑アーマーで武装した軍団が消えていく。


その無類の存在感は、竜が物語の中で見せていたものと、まったく同じものだった。

人が、人として敵う相手ではない。

何か大いなるものの象徴として語られ続けた、竜の顕現だった。


「あなたって」


トリエは5《シュンフ》を抱きしめながら、アランを見上げて言った。


「あなたって、この現実に、本当にいたのね」

「当然だ。ずっと語りかけていただろう?」


さも当然、とばかりにそこで竜は笑うのだった。

その様子は紛れもない、意地悪で一言多くて、しかし何時も隣にいてくれた、竜のアランそのものなのだった。



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