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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
104/243

104_炎④


無理やり再稼働させた“竜もどき”はやはりうまく飛ぶことはできなかった。

言語機関テクストエンジンは悲鳴のような音を立てている。

翼はうまくカタチを保てないのか、滅茶苦茶な色彩で明滅していた。


それ故高度は維持できず、速度こそ無理やり出しているものの、上下左右に揺れる気持ちの悪い軌道となっていた。

さらに背後からは騎士団による砲撃が続ている。

炸裂する炎が“竜もどき”の付近で炸裂し、そのたびにトリエは声を上げた。


「ふふ……まぁ、怒るよね。あたしがまた裏切ったんだから」


その中にあって、操縦席に座る5《シュンフ》はひどく上機嫌な様子だった。


「ホントは騎士団に貴方を引き渡して、それであたしもついていくはずだった。

 でも、それもヤになった。

 姉さんだって、アイツらに引き渡されるのは厭でしょう?」


上ずった声で独白とも問いかけともつかぬ言葉を口にしている。

時折鼻歌でも歌いそうなほどだった。

そんな彼女にトリエは何も言ってあげることができなかった。

言うべき言葉が、自分にしか言ってあげられない言葉がある筈なのに、それが出てこない。


「…………」


竜のアランは──やっぱり何ももう言ってこなかった。

何時しかずっと聞こえるようになっていたあの声は、もう戻ってこないのかもしれなかった。


その時、ドン、と近くで砲撃が炸裂する音がした。

“竜もどき”が大きく揺れ、翼のカタチが崩壊していくのが見えた。

「あは、堕ちる」と5《シュンフ》の声が聞こえた。

それと同時にトリエは縮こまった。


「……『ヴァラディオン』」


5《シュンフ》が呟くと、半分開いたハッチより弾けた剣が飛んでいく。

そうして剣身ブレイドが“竜もどき”を支えるような盾を形成し、墜落の衝撃を一瞬弱めた。


その甲斐あって──“竜もどき”が爆発するということだけはなかった。

装甲がひしゃげ、車体が轟音を立てて裂けていく。

トリエは思わず目を瞑っていた──そしてその間に腕を引かれ、ダ、と音と共に跳んでいた。


次に目を見開いたとき、トリエは海の浅瀬に足をつけていた。

5《シュンフ》がその手を強くぎゅっと握っている。

跳躍ステップによって外に出たのだ。

振り返れば海の中にあって燃え盛る“竜もどき”とその向こうから見えてくる極刑騎士団の大軍がいた。


「……海、ついたよ」


当の5《シュンフ》は、近づいてくる敵はすべて無視していた。

その傷だらけの顔は、泣いているのか、笑っているのか、どちらともとれる奇妙な表情を浮かべている。

瞳をトリエへとじっと見据えている。

ああ、やっぱり背丈は思ったよりも変わらないんだな、とトリエは思い、その視線を受け止めた。


「ここで、終わらせてもいい?」


そういって5《シュンフ》は目を細めた。

そこでトリエはしばらく迷ったのち、


「……5《シュンフ》さん」

「アルノ、でいいよ」


トリエは首を振る。その呼び方だけは厭だった。

トリエは、彼女の姉ではない。

だから今こうして話しかけるのは、彼女が最後に呼んでくれた物語の“妹のアルノ”という登場人物を呼ぶ心地だった。

あれはきっと、彼女が生きてきた物語。

だけどそれは、トリエが生きてきた現実ではないのだ。


だから、呼んであげることはできない。

かつて姉のノーマが、妹を呼んであげたように、その名を口にすることは耐えられなかった。

だから代わりに、ずっと気になってたことを尋ねた。


「さっきの物語の最期はどうなるの?」

「え?」

「大神樹に、聖女を憎む人たちを招いてしまった妹のアルノは、最後にどうなったの?」


そう尋ねると、彼女は目を見開いていた。

しかしおもむろにトリエの手を掴んでいた掌を緩め、今度は首へと伸ばしていった。


砲撃の音があちこちから聞こえる。

海の中に炎が上がり、その明かりが暗くなり始めた空を不格好に照らしている。

すぐに二人の下へ炎はやってくるだろう。

しかしそんなもの、もはやどうでもよかった。


「全部、燃えたの」


トリエには、彼女の声だけが強くはっきりと聞こえていた。


「──炎の日が始まった。

 大神樹には炎が上り、母さんも父さんも、産まれてこの方ずっと遊んできた人たちも、外の人も、全員燃えた。

 巻き込まれて、燃えて、死んでいった。

 あたしが、あたしは全員を助けようとして、でも今さらどうしようもなくって」


そう彼女が叫びを上げるのと同時に、その手に力が込められていく。

トリエは「う、うぅ」と苦悶の声を漏らす。視界が歪み、強烈な吐き気が胸から溢れ出てくる。


「せめて姉さんだけでも──と思って」


かすむ意識の中、彼女の声だけが激しく響き渡る。


「あたしは姉さんだけでも……殺そうと思った」

「────」

「この手で、全部全部終わらせてしまおうと思った。

 もし姉さんが生き残ってしまったら、これ以上最悪なことはないと思ったから」

「────」

「そう! だからあの時、1《アイン》に拾われた時も、迷わず異端審問官になるって! そう言ったの」


その時彼女は、はっきりと瞼に涙を浮かべていた。


「あたしは姉さんを殺し続ける。

 どれだけ“転生”しようとも、どれだけ姿かたちを変えようとも、あたしは姉さんを見つける!

 それで! 殺し続ける。殺して、殺して、そのたびに再会して、また殺すの。

 だから、これで終わりになんてさせない! 

 8《アハト》なんて! この世界の端役なんかに、勝手に終わりになんてさせたくないの!」


ああ、トリエは思う。

きっとそれが──彼女が“教会”を裏切った理由なのだと。

彼女の目的は聖女を消し去ることではなかった。

聖女を殺し続けること。

それこそが唯一無二の物語であり、彼女自身が生きる理由となっていた。

だから8《アハト》やヴィクトルがトリエに追いつくことだけは、阻止しようとしたのだ。


「あの時──!」


そして今、彼女はトリエを殺そうとしている。

彼女に殺されれば、またトリエはどこかに“転生”をするだろう。

そうして生まれ変わった先で、また彼女に殺されるのだろうか。


それも──悪くないかもしれない。


不思議と穏やかな想いがトリエの中で産まれていた。


「あ」


しかし同時に炎が無慈悲にやってきた。

近づいてきた騎士団が幻想リソースによる砲撃を敢行し、ついにそれがこちらを捕らえた。

もはや彼らのことを意識してすらいなかったトリエたちは、避けることなど当然できない。

爆音がトリエと彼女を包み込む。

痛みと熱が身体中をかけめぐる。

しかし──まだそれでも終わりではなかった。


「……ぁ」


彼女の『ヴァラディオン』が炎を受け止めていた。

即席で展開した盾がトリエたちを包み込んでいた。

だがそれすらも炎は貫通していた。

にも関わらず、トリエには来る痛みは存在しなかった。


「──5《シュンフ》さん!」


思わずトリエは叫びを上げていた。

5《シュンフ》、あるいはアルノと呼ばれた少女は、首を絞める手を止め、代わりにトリエを守るように抱きかかえていた。

結果としてその炎をすべて全身に受け止めている。

灰色のカソックは焼け落ち、その向こうから──痛々しい傷が見えていた。

それは彼女のもがれた翼だった。赤黒く変色したその背中に、翼人としての面影がわずかに残っていた。


「違う」


その時、彼女は苦痛に耐えるように顔をゆがめていた。


「違う──あたし、ホントはあの時、殺そうとしたんじゃなくて」


彼女は言った。

「謝りたかったんだ」と。


「でももうできないから、だから──嘘を吐いて」


彼女の口から言葉にならない言葉がこぼれている。

その手から『ヴァラディオン』が滑り落ち、ぼちゃん、と水面に墜ちた。

明らかな、致命傷であった。


ダ、と音する。

赤と白の甲冑に包んだ騎士団の偽剣ソードレプリカ使いたちだった。

トリエらを取り囲むようにして、彼らはその剣を握りしめていた。


きっと、彼らが戦うのもまた、トリエのためなのだろう。

“正義”だか何かわからないが、彼らの戦う意志、生きる理由をトリエは与えているのだという。

きっと5《シュンフ》にしたところで、それは一緒だった。


──でも。


やはり、決定的に違うものがあると、トリエは感じていた。


もしかすると5《シュンフ》も、騎士団も、あるいはヴィクトルも、本質的には同じかもしれない。

彼らにも彼らなりの物語があって、その胸に抱いた強い意志でトリエを求めていた。


「でも……やっぱり違うよ」


トリエは、5《シュンフ》の身体を抱きすくめながら言う。

こうしていると、本当に華奢で、細くて、傷だらけの身体だと思う。


「あたしはこの現実で、この人と触れ合った。

 わかりにくいけど優しいところがあるのも、意外と無防備なところも、ぞっとするほど冷たいところがあるのも、全部、身をもって知ってる。

 だから、アルノさんに殺されるのは、ありかなって、そうは思った」


トリエは首を振って、


「でも、ここで貴方たちに殺されるのは厭なの! それだけは諦めたくない!」


そして声を上げた。


「私は、生きたいの!」


もうすぐ終わるものなのだとしても、きっとそこには大きな意味がある。

だからこそ、トリエはその時、初めてその言葉を迷わず口にできた。


「それでこそ、我がすべてを賭けるに足る言葉だ」


──その瞬間、声が響き渡った。


騎士団たちが顔を上げる。

そのしわがれた声は、今の今まで聞こえなかったものだった。


その姿を見て、驚いたのはトリエだった。


だって竜の声が聞こえていたのは今まで──


「この“果て”に近い海でならば、我は姿を現すことができる! たとえすぐに消え去るものだとしても」


雄々しく響き渡る声に後押しされるように、それは輪郭を得た。カタチを得た。名前を得た。

数百年の時を超え、白銀の翼が今ここに顕現する。


「行くぞ! 小さな聖女トリエよ」


白き竜、アランがはっきりと現実のものとして、その姿を見せていた。

その顔は、トリエが想像していたよりもずっと愛嬌があるものだった。




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