103_炎③
田中には状況が全く理解できていなかった。
7《ジーベン》から印が上がったということで、カーバンクルと共に“ボード”で駆け付けた。
だが、そこでは既に別の勢力の偽剣隊が戦闘をしており、聖女や“教会”の者の姿は見えなかった。
「何だ、こいつらは」
田中は押さえつけていた衝動に従い『エリス』を振るう。
彼が手に入れた聖女の剣の中で、もっとも跳躍による機動性が高い『エリス』に、敵の偽剣使いは反応できずに次々と殺害されていく。
飛び散る血の感覚に胸がすくものを感じつつも、同時に状況への困惑もまた、感じていた。
「……おそらくコイツらは極刑騎士団だな。報告にあった、今の第四聖女を追い求めている勢力の一つだ。ここら一帯を治める国の私兵戦力だというが……」
「物騒な名前だが、どうして奴らが」
「わからない。どうにも、私たちの知らないところで随分と状況が進んでいるようだ」
田中とカーバンクルは背中合わせで言葉を交わす。
共にカソックは血まみれだが、そのどれも返り血だろう。
量産型の劣化品使いに傷つけられることはない。
そう互いの力量を把握していた。
「あの花火の打ち上げ方は“教会”によるもので間違いない。
だから近くにいるはずなんだ。“十一席”も、聖女も……!」
カーバンクルが状況の分析を述べようとしている最中、大きな音を立てて地面が抉り取られた。
田中とカーバンクルは抜け目なく反応。跳躍によってその場を離れた。
結果、近くにいた騎士団たちの多くが巻き込まれ、足を止める羽目になった。
そこを、無慈悲に“早撃ち”で狙う者がいた。
不可視の剣が遠くから放たれ、的確に致命傷を与えていった。
「……さて、好敵手との交戦は残念なことになったが、お前たちはどうかな?」
土煙の中、ロングコートを揺れていた。
猫を連れた偽剣使い、ヴィクトルの出現に田中とカーバンクルは身を硬くする。
その力量も偽剣の性能、どちらも騎士団とは格が違う存在だった。
彼が何者であるかは理解できなくとも、警戒すべき存在であることはわかった。
「田中君」
それを見たカーバンクルはふと仮面を取ってみせた。
紅く澄んだ瞳で田中を見据えながら、
「どうにも今回の私たちは端役らしい」
「ああ」
「気に入らないね」
「なら追いつくしかない」
「そうだ、でも君ならここからでも第四聖女に追いつけるはずだ」
「こいつらはどうする」
「私が相手をしておく」
最低限のやり取りののち、田中は彼女の言葉に従うことにした。
転がっていた“ボード”を回収し、幻想の流れに乗って加速しようとする。
その間、カーバンクルが田中を守ってくれた。
「殺し損ねた奴がいたら、俺に任せてくれ」
「死ぬなよ、くらい言えないのかい、君は」
「だって、貴方は死なないだろう? カーバンクルさん」
茶化すように言って、田中は“ボード”を走らせる。
猛然と離れていく田中は、カーバンクルが視線を交わすことはなかった。
ただ、これでお別れにする気は毛頭なかった。
◇
そうして残されたカーバンクル、ヴィクトル、騎士団が三つ巴の構図となった。
浅い水面でそれぞれの剣が舞う。
数では騎士団の偽剣隊が圧倒していたが、それだけだ。
カーバンクルとヴィクトルが駆け抜けるたび、そこには騎士団の死体が積み重なっていく。
結果として、乱戦の構図にありながら、一騎討ちのようでもあるという、奇妙な状態へとなっていった。
「ふふふ、劇場のことを教えてもらったあたり、痛まない胸がない訳でもない」
ヴィクトルが“早撃ち”で不可視の剣を振り放つ。
騎士団たちはそれに巻き込まれていくが、対するカーバンクルは涼し気な顔で戦場を舞っていた。
「とはいえ、戦場では敵同士だ。致し方ないな」
ヴィクトルの言葉に対して、カーバンクルはその紅い瞳を細め、
「……君、誰だ?」
心の底から疑問に思っているという口ぶりで、そう尋ねた。
それに対してヴィクトルは「はっ」と声を上げる。
そして足元に佇む猫に向かって言う。
「そういえば、あの時の俺は衣装を脱いでいたんだったな! 気づかれんか」
猫は呆れたような声を出した。
その様子にカーバンクルはますます訝し気な顔を浮かべる。
当然その間にも騎士団たちはやってくるが、そちらは淡々と処理をする。
この程度の数の差は、異端審問官にとって苦境の内には入らない。
元々単独行動をすることを前提の超高性能騎を与えられた部隊なのだから。
「……さっきの針金の異端審問官は、残念なことになったが、代わりにお前でカッコよく〆させてもらおう」
「針金? 7《ジーベン》か」
ヴィクトルの言葉を捉えカーバンクルが問いただす。
するとヴィクトルは背後に、ちら、と視線で示した。
その先には、水面に沈むこむように倒れる、灰色カソックの男が見えた。
「なるほどね、残念だ。君は優秀だったのに」
「ああ、俺もそう思う。奴と三度戦ったが、力量は確かだった」
ヴィクトルがしみじみと何かを語っているが、無視をした。
ただカーバンクルは小さく呟く。「言わんこっちゃない」と。
「戦士崩れで、魔術師崩れで、何よりマッド崩れだったね」
7《ジーベン》という男は、優秀であったが、どうにも良識と常識を捨てきれない部分があった。
それが良い点でもあり、悪い点でもあったと、カーバンクルは思う。
しかし7《ジーベン》が何故死んだのかはわからない。
一緒にいるはずの5《シュンフ》がどこにいったのかも含めて、相当に逼迫した状況なのは間違いなかった。
「なんにせよ、まずは君を討たせてもらう」
「見ていろサア、カッコよく、駆け抜けてみせよう」
そうしてカーバンクルとヴィクトルは相対する。
また騎士団の戦力は残っていたが、真に警戒すべきは互いであると、両者共に理解していた。
だからこそ『リヘリオン』と『ルーン・グゥル』は激突したのだが、
「戦いながらで何だが、やっぱり気になるんで聞いていいかい?」
……ふと男性口調になったカーバンクルは、怪訝な口調で尋ねた。
「君は、さっきから一体、誰と話しているんだ?」