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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
102/243

102_炎②


『可変式フーブゥ』の脱出装置フェイゼンがばらまいた隠蔽魔術ステルスにより、7《ジーベン》は辛くも戦場から離脱しようとしていた。

極刑騎士団や5《シュンフ》とあの場でやり合うことは現実的でなかった。

とにかく、近くに来ている筈の1《アイン》らと合流すること。

それしか道はなかった。


「とはいえ……私の身体が持ちそうにありませんが」


彼は苦痛に顔をゆがめながら、その胸元を抑える。

その掌は真っ赤に染まり、ぽた、ぽた、と己の血が歩くたびに滴っていた。


『可変式フーブゥ』を短剣形態へと戻し、刀身を点火。傷口を無理やり焼く。

鋭い痛みがその身を貫く。と、同時に睡魔に似た曖昧な感覚が意識を支配していった。


「面目、躍如ですよ。私が設計した変形・偽剣ソードレプリカがこうも役に立つと、自分で証明できるんですから」


豊富な予算で実地テストをするために、異端審問官になった甲斐があった。

そう自嘲するように言って、彼は歩き続ける。

止まってしまえばいよいよもって動けなくなりそうだった。

揺れる視界。せり上がる吐き気。と、同時に彼は考えてしまう。


何故、こうなったのか、と。


「5《シュンフ》……あなたは、何故、第四聖女の排除は、貴方の悲願では」


危険な兆候が5《シュンフ》が、それでも今回の任務に入ったのは、彼女が強く志願したからだ。

“先代”の第四聖女の肉親である彼女は、なみなみならぬ想いをもって、今回の闘いに臨んでいた。

だからこそ、自分という監視役をつけたうえで、ここまでやってきた。

彼女が第四聖女を殺したいと思っていたのは、間違いないはずだった。


「ふ、ふ……わからないのに、信じようとしたのが、間違いでしたか」


ぶつぶつと呟いていると──ぼやけた視界に誰かの影が現れた。


はっ、として顔を上げる。


「……残念だ、針金剣士よ」


そこに立っていたのは、白い猫を連れたコートの男だった。

その事実が何を意味するのかを把握するより早く、7《ジーベン》の頭は吹き飛んでいた。

ずる、とその身が力なく倒れていった。

水たまりにその鮮血が流れ落ち、赤黒く汚していく……







「できれば、決闘で〆たかった!」


男、ヴィクトルはそう言って帽子を取り、髪をぐしゃぐしゃにかき分けた。


巨大なマーカーが打ち上げられたので、せっせとこちらに向かったのだが、とんだ結果になってしまった。

そう彼は思わざるを得なかった。

せっかくの好敵手が、既に死にかけただったのだ。

そんなもの、出合い頭に剣を叩き込んで仕舞いにする以外に選択肢がない。


「……あまりカッコよくないな、これは」


ヴィクトルは大きく息を吐く。

とはいえもう過ぎてしまったことは仕方がない。

「アーメン」と彼は架空の神に祈り、それに乗っ取っって手を十字を刻んだ。


「カッコいい・カッコよくないの問題なの……?」

「もちろん。そのために俺は戦うし、生きている」

「……アンタって、なんでそんな元気なの?」


足元でサアは首を傾げていた。

ヴィクトルはかがみこみ、彼女と視線を合わせて、


「言ってなかったか?──お前のためだよ、サア」

「は?」


少し照れた口調で、彼は言うのだった。


「十年前か、親父が財産を全部ぶん捕られて殺されたとき、全員が全員俺を見捨てた。

 使用人どころか、母親さえもどこかに消えていった。

 娯楽にのめり込むボンボンなオタクでしかなかった俺が、親父という後ろ盾を喪えばそうもなろう」

「…………」

「しかし、お前だけは傍にいてくれた。

 誰もが離れていく中、お前だけは傍にいたまま厭味を言ってくれた。

 そんなお前に理由を尋ねたところ、こう言ったんだ」


ヴィクトルは、ニッ、とその白い歯を見せつけるように笑った。


「“逃げていく連中より、アンタの方がカッコよかったから”だってさ。

 そういうことを言われたんだ、俺はカッコよくなくてはいけないんだ」

「そんなの……」

「だから、愛してるよ、サア」


彼はそう言ってサアの白い毛並みをいとおし気に撫でた。

「にゃおん」と彼女はくすぐったそうにその身を揺らす。

それを見てヴィクトルは微笑みを浮かべ、立ち上がった。


「自由軍には義理を果たそう。それが俺のカッコよさだ」

「ふふふ、変わらないのね、アンタって」


そう言葉を交わしつつ、彼はマーカーの打ち上げられたポイントまで向かおうとする。


と、そこでヴィクトルは眉を上げる。


「確か騎士団とか言ったか」


ダ、と音がして複数の偽剣ソードレプリカ使いが彼の下までやってきた。

赤と白の見覚えのある奴らだった。

騎士団を名乗る彼らもまた聖女を求めてやってきたらしかった。


とりあえず視界に入った奴をヴィクトルは“早撃ち”で串刺しにする。

向こうもまたヴィクトルに遭遇したことは意外だったらしく、そこに隙ができる。


ヴィクトルは不可視の剣戟を叩き込むべく、戦場を跳ぶ。

技量や偽剣ソードレプリカの性能ではヴィクトルが圧倒していた。

ただいかんせん敵は数が多い。

騎士団の偽剣ソードレプリカ隊に対するヴィクトルは単騎であり、そう簡単には突破できないだろう。


「善も悪も正義も俺にはいらない」


しかし彼は笑みを絶やさず、彼なりの美学を追求した華麗な剣裁きを見せる。

その動きは、足元のサアを絶対に傷つけないようにもなっているのだった。


「サア、お前さえいれば、俺は──生きていくことができる」

「……私もよ」


サアの声が聞こえた。


「愛してるわ、ヴィクトル」

「お前がいるから、俺は生きたいって思えるんだな」


と、二人で騎士団相手に戦っていると、ふとヴィクトルは別の影が戦場に紛れていることに気づいた。

灰色のカソックに、剣の仮面。

片方はつややかな長い髪と紅の刀身を振り払っている。

もう一方は背の高い男で、鬼神のように猛烈な勢いで人の命を奪っていた。


「残りの異端審問官か」


どうやらあの劇場の位置を教えてくれた男女らしかった。

ヴィクトルは帽子を目深に被りなおしながら、


「キャストは揃いつつあるようだな」


あとは聖女だけだ。

その想いで、彼は現れた異端審問官へと襲い掛かっていった。




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