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虚構転生//  作者: ゼップ
炎と海のトリエ
101/243

101_炎①


それからしばらくして、ゆっくりと“竜もどき”は高度を下げていく。

その疑似的な翼が、淡く、その姿を散らしていくのが見えた。

搭載された言語機関テクストエンジンも相当無理をしていたみたいだし、一度降り立ってしまえば、もう飛び立つことはないと考えた方がいいかもしれない。


「…………」


そのさなか、誰も口を開かなかった。

5《シュンフ》はあれっきり口をつぐみ、7《ジーベン》は神妙な面持ちでその背中を見据えている。

トリエは胸に溢れる不穏な感情を押しとどめるように、口元を手で押さえていた。


そして、竜のアランもまた何も言ってこない。

せっかく海に近くまではいけるようになったというのに、いつもはうるさいほど聞こえてくるあの声は、今は聞こえなかった。


──当然でしょ。


トリエは思う。


──竜なんて、本当はもういないんだから。物語の中以外には……


そう、諦観に満ちた想いで、窓の外を見る。

地面が近づいてきた。

荒れ果てた土地に、うっすらと鏡のようなきらめきが見えた。

目を凝らすと、それは水なのだった。どこからか流れてきた水が、浅い水面を作っている。


そして、ガクン、と音がして、“竜もどき”は盛大に地面を降り立った。

泥を巻き上げ降り立つさ様はいささか乱暴だったが、しかし無事に彼らは辿り着いた。


同時に“竜もどき”のハッチが開く。流れ込んでくる湿った風にトリエは顔をしかめた。


「……あなたはまだそこにいてください」


7《ジーベン》が耳元で囁き、外へと降りていった。

すでに5《シュンフ》は外に出ていた。仮面を被りなおし、その手には剣が握られている。


「5《シュンフ》、その『ヴァラディオン』大丈夫ですか?」

「正直、整備してないから、危ないところもあるんだけどさ。

 マーカーを打ち上げるくらいなら、問題ないよ」


二人の会話が漏れ聞こえてくる。

ここで他の1《アイン》と8《アハト》という、異端審問官の仲間たちと合流するようだった。

それはつまり、ここで自分は殺されるということ。

風にはわずかに潮が混じっているように感じられた。

きっと5《シュンフ》が約束を守ってくれたのだろう。


「じゃあ、行くよ。あたしがとりあえずぶちあげるから」

「……お願いします」


おもむろに5《シュンフ》は手に持った偽剣ソードレプリカ『ヴァラディオン』を掲げた。

ぼう、とまばゆい光が剣身ブレイドに宿っていく。

一帯を舞う幻想リソースを収束させ、そして撃ち上げた。


どん、と乾いた音がして、まばゆい閃光が空に広がっていく。

暗くなり始めた夜空を跳ね除ける、圧倒的な光量を見て「きれい」とトリエは声を漏らした。


「威力も何もない、とにかく派手な一撃。探知魔術レーダーを使えば、まず間違いなくこちらに気づくでしょうね」

「ええ」

「あのヴィクトルという男も来るかもしれません」

「それは、さっき話したでしょう」

「ええ、問題ない。あとは待つだけです」


そうして会話は途切れたようだった。

そのまま静寂が訪れた。トリエはもしかするとこれが、人生で最後に身を置く静かな時間かもしれないと、そう思うのだった。


その間にも、打ち上げられた光は続いていた。


「……正直なところを言います。私は貴方を疑っていた」


ふと7《ジーベン》の方が口を開いたのがわかった。


「へぇ?」

「貴方は情緒不安定なきらいがあった。

 今回の任務だけの話じゃありません。

 焼け落ちた大神樹で1《アイン》に拾われて以来、貴方は不安定な偽剣使いとして、常に注意しろという勧告を受けていたのですよ」

「……まあ、間違いじゃないよ」


トリエは思わず己の首に手を伸ばす。

初めて会った時、彼女はトリエを殺そうとした。この首を、あの傷だらけの身体で絞殺そうとした。


「そしてここのところ、奇妙な動きがあった。

 1《アイン》や8《アハト》の到着を間際にして、自由軍と騎士団の抗争が激化したことは、さすがに見逃せませんでした」

「それがあたしのせいだって?」

「ええ、正直なところ、そう思っていました。 

 だから機関車内で、あえて貴方を聖女と二人にしました。

 次に聖女も連れて、貴方を一人だけにもしました」


その言葉にトリエははっとする。

7《ジーベン》は言っていた“お金がない”という発言。

今思うと、あれは奇妙な話だった。

7《ジーベン》という男は、生活においても、仕事においても、抜け目なくこなす人間だった。

そんな彼が、ケアレスなミスをしでかすだろうか?


そして途中、奇妙な形で彼はトリエを外に連れ出した。

あれはトリエに何か思惑があったのではない。

5《シュンフ》の方を、7《ジーベン》は疑っていたのだ。


「……ふうん、アレ、嘘だったんだ」

「ええ、予算はまだ懐に残ってますよ、たんまりと」

「疑われて、それであたしの判決は? 審問官さん」


問われた7《ジーベン》は無言でソードリストより剣を抜いた。

パンを切っていた短剣を、あっさりと鋭い長剣へと変形させ、まっすぐに5《シュンフ》へと向けた。


「あのヴィクトルという男に聞いたんです。

 貴方と繋がっているのではないか? と」

「……ふうん」

「貴方を一人にした、そのすぐに彼は襲ってきた。そのことに何か意味がある可能性は高かった」


打ち上げられた光は徐々に暗くなっていく。

このままではまた、すぐに夜がやってくるだろう。


「しかし」


そんな中、7《ジーベン》は言った。


「しかし、あの狂人は否定した。

 というか意味がわからない感じでした」


言って彼はゆっくりと剣を下げていった。

口調からは硬質的なものが抜け落ち、徐々にいつもの紳士然としたものになっていく。


「それを見て、私の杞憂だと察しました。申し訳ございません、5《シュンフ》。

 かつて第四聖女の妹であった貴方は監視しておけ、と10《ツェーン》から厳命されていまして」

「ふふ……10《ツェーン》なら言いそう」


5《シュンフ》もまた仮面越しに笑った。

張り詰めた緊張が緩んでいくのがトリエにも感じられた。


「真面目だよ、7《ジーベン》は。わざわざそんなことを言うなんて」

「私なりの、折合いのつけ方です」

「……それで、10《ツェーン》はやっぱり有能だ」


そう言いながら、5《シュンフ》は仮面を外した。

生々しい火傷の痕が露出する。

仮面の向こうに見えたその顔は、しかし、まったく笑ってなどいなかった。


「あたしが──裏切ってるの、わかってるんだから」


そう口にした瞬間、彼女は『ヴァラディオン』を振り上げていた。


7《ジーベン》の血が舞った。

同時にどこからか幻想リソースの砲撃が炸裂する。

閃光ビームが地面を抉り取り、“竜もどき”の身体を揺らした。


「あは」


幻想リソースが炎となり、あたり一帯に広がっていく中、彼女はそこでやっと笑ってみせた。

「あは、あはは」と、遠いどこかを見つめるようにして──


「真面目過ぎだよ、7《ジーベン》」


空中に舞う幻想リソースが燃えている。

砲撃された光が炎となって広がり、熱気が風となって吹き荒れている。


その中心にあって、5《シュンフ》は7《ジーベン》を見下ろしていた。

不意の一撃でその身を袈裟懸けにされた7《ジーベン》は、苦痛に耐える表情を浮かべいる。うまく立ち上がることができないようだった。

トリエは何が起こったのかわからなかった。

ただ“竜もどき”の中で、縮こまることしかできない。


「──5《シュンフ》!」

「あたしのこと、信じようとしてくれたのは、正直嬉しい。

 でも、そんなあなたを裏切るのは、思ったよりも簡単だった」


ぼそぼそと彼女は語っていた。

そこでちら、と背後を一瞥する。


そこには砲撃の主が現れていた。

赤と白を基調とした甲冑アーマーを見にまとった偽剣ソードレプリカ隊だった。

突如として現れた彼らの姿に、トリエは見覚えがあった。


「極刑騎士団……」


あの時計塔の街で、トリエを捉えようとした勢力の一派だ。

自由軍はヴィクトルによる追撃があったが、騎士団の方は何もなかったが、まさかこんな形で再会することになるとは。


隠蔽魔術ステルスで行軍など……!」

「うん、大まかな位置だけ教えて、あとマーカーを打てばやってくることになってた。

 大体の場所を知ってるんだから、そりゃ1《アイン》たちよりも早く着くよね」


騎士団たちがやってくるのを尻目に、5《シュンフ》は血に濡れた『ヴァラディオン』を7《ジーベン》へと向けた。

幻想リソースをまとい燐光を放つ刃を、彼女は迷うことなく振り上げ、


「くっ……! まだ」


その直前、7《ジーベン》はその手に持っていた『可変式フーブゥ』を変形させていた。

刃が円を描いて薄く広がっていき、瞬間的にそれは盾となった。

予想外の変形に5《シュンフ》が目を見開く。

その間隙を縫って、7《ジーベン》は盾を傘のような形状へと変え、地面へと押し付けた。


だん、と音がして土煙が舞い上がる。

脱出装置フェイゼンか」と5《シュンフ》が声を漏らす。

そうして煙が消える頃には、7《ジーベン》の姿は消え去っていた。


「……いや、いいよ。あたしの方が、もう早い」


彼女はため息を吐き、そしておもむろにトリエの方を見た。


「海に、行きたいんだっけ」


トリエは彼女の顔から、目を離すことができない。

翼のない姉のノーマと、翼を焼かれた妹のアルノ。

彼女が語った最後の物語。その意味はきっと──彼女がここに来た理由。

聖女を殺す理由。


「行こう、連れて行ってあげる。“教会”にも、自由軍にも、騎士団にも、姉さんは誰にも渡さないから」


“竜もどき”に乗り込みつつ、彼女は言った。

それは、彼女が呼び寄せたはずの騎士団すら跳ね除ける言葉であった。

彼女はトリエを一人で連れ去ってしまおうというのだった。


「あたしが──するんだ。これまでも、これからも、ずっとずっと」




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