滅びを導くパズル
[登場人物]
海川太一 高校三年生の男子。だいぶ口が悪い
亀坂あやね 高校三年生の女子。やや口が悪い
野本舞 高校三年生の女子。読書好き
汁原吾郎 現国の教師。出題者
[ストーリー]
高校卒業を間近に控えたある日の放課後、海川・亀坂・野本の三人は、現国の担任である汁原に教室に呼び出された。
三人が呼び出された理由は、先日行われた期末試験の追試を行うためである。海川と亀坂は赤点を取ってしまったこと、野本は試験当日に風邪を引いてしまい試験を受けられなかったことにより、追試を余儀なくされた。
三人はすでに、それぞれ進路を固めていた。海川は地元の自動車整備会社へ就職し、亀坂は東京の美容専門学校へ、野本は国立大学へ進学することが決まっていたのである。
そんな事情もあって、汁原は三人を今さら落第させることもできず、彼が趣味で解いているシチュエーションパズルを問題として配布することにした。
どれだけ時間をかけてもいい、無事に答えを導き出すことができれば、三人に単位を与えようとしたのである。
以下は、教室での三人と汁原のやり取り。
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[問題]
新婚旅行で中東のとある国を訪れた若いカップル。
携帯の音声翻訳機能を使って現地の人々との会話を楽しんでいたら、世界が滅んでしまった。
一体なぜだろう?
野本:汁原先生、問題の意図がよく分からないんですが?
汁原:よい質問です。これは「ウミガメのスープ」という謎解きゲーム(シチュエーションパズルとも呼ぶ)をもとに、私が作った問題です。
亀坂:で、それがなんか追試と関係あるわけ?
汁原:このパズルに隠された謎を三人で解き明かすことを、今回の追試とします。
海川:いや、そもそもウミガメのスープ自体知らねーんだけど。
汁原:またまたよい質問です。詳しいことは「ウミガメのスープ」という検索ワードでググってみてください。どんなゲームか理解できるはずです。
海川:携帯で調べていい試験とか、聞いたことねぇけど……まあそれで単位が貰えるならいっか。
亀坂:ググッたよー。まあなんとなくどんなゲームかは分かった。
亀坂:で、これからあたし達、どうしたらいいの?
汁原:私に質問して、ゲームを進めてください。私はYES/NOで答えます。何度も質問するうちに真相に辿り着けるはずです。
野本:ええと、まだいまいちピンときてないんですけど、つまりは問題に書いてある、世界が滅んだ理由を当てろってことですか?
汁原:YES!問題に書かれた内容をもとに、なぜ世界が滅んだのか推理してください。ではスタート!
海川:んーーと、核戦争がいきなり始まったとか、巨大隕石が地球に落っこちたとか?
汁原:両方NO!いきなり核心(世界が滅んだ理由)に迫ろうとするのは、難易度が高いため、お薦めできません。
汁原:焦らずに、問題に書かれた文章の内容をひとつひとつ掘り下げてみましょう。
亀坂:あー、じゃあ最初に書いてある「新婚旅行」って言葉に、なにかふかーい意味があったりするとか?
汁原:NO。カップルが海外旅行をする動機付けとして書いただけです。でもその調子ですよ!
野本:じゃ、じゃあ……中東のとある国っていうのは、どこか1か国だけ旅したってことですか?
汁原:YES!カップルが旅行したのは1か国だけです。
海川:んー、その国がどこの国かってことは重要?
汁原:YES!きわめて重要です。
野本:ふーむ、その国ってイランとかですか?
汁原:NO
亀坂:イラク?
汁原:NO
海川:ボスニア・ヘルツェゴヴィナ?
汁原:NO……って、当たるまで国名言い続ける気なんですか!?あと、ボスニア・ヘルツェゴヴィナは中東じゃなくて東欧の国です。よくそんな国名知ってましたね?
海川:へっ、なめんな。俺は海外サッカー好きだから詳しいんだよ。じゃあ、トルコ?
汁原:YES!超重要な質問です。く……なんか悔しいぞ。でも話が進みましたよ!
亀坂:んー、じゃあ次はカップルの事についてかぁ。「若い」ってのは重要なの?
汁原:どちらかと言えばYES。若くなくても話は成立しますが、謎を解く一つの手がかりにはなるかなあ。
野本:えとえと……カップルって誰と誰がってところまで当てる必要ありますか?
汁原:YES。厳密に言うと、片方だけが重要です。
亀坂:片方ってどーいう意味?
汁原:YES/NOで答えられる質問にしてください。
海川:ちっ、めんどくせーな。カップルって男と女ってことだよなあ……男の方が誰かってことが重要なの?
汁原:どちらかといえばNO。女性側がメインというか、鍵を握る人物です。
野本:えーと、じゃあその女の人は現実に存在する人ですか?
汁原:よい質問ですねぇ。おっと……NOです!
亀坂:えっ!?じゃあもう死んじゃったけど、社会の教科書に載ってる偉人とか?キューリー夫人みたいな?
汁原:NO!
海川:んーと、じゃあ架空の人物ってこと?
汁原:YES!よい質問です。よしよし、いい感じですよ。
汁原:話が進んできたので、一回整理しましょう。
若いカップルが新婚旅行で訪れた国はトルコ。カップルの内、女性側が誰であるかが重要。そして女は実在の人物ではない。
汁原:ここまではいいですか?
海川・亀坂・野本:はーーい!
汁原:(えらくノリが軽いなぁ)まあいいや、では質問再開!
海川:んー、架空の人物ってたくさんいるしなぁ。じゃあさ、次の文章のとこだけど、携帯ってのはスマフォ?
汁原:YES/NO。折りたたみ式だろうがスマフォだろうが、どちらでも構いません。
野本:音声翻訳機能って重要ですか?
汁原:YES!ちょっと助け舟を出してしまいますが、翻訳機能で「どんな言葉(単語)を翻訳したか?」が重要です。
亀坂:えぇ、それだけじゃ分かんないよ!もっとヒントプリーズ!!
汁原:NO!それを三人で考えましょう。
海川:感じわるっ!
汁原: (ムカッ!)さあさあ早く次の質問に移ってください。
亀坂:あー、その単語って日常的に使う言葉?
汁原:よい質問です!でもYES /NO!あまり日常的には使わないかもしれません。でも誰もが知っていて、一度は口にしたことのある言葉です。
海川:天気に関係する言葉とか?
汁原:NO!
野本:えとえと、もしかして、恋愛に関する言葉ですか(ぽっ)
汁原:(初々しいなぁ)おっと…… NO!
亀坂:政治とか経済関係とか?
汁原:両方NO!
海川:あーうぜー!じゃあ戦争関係とかどうだ?
汁原:どちらかといえばYES!間接的には関係します。但しミリタリー用語ではありません。
海坂:間接的に関係する?意味わかんねー。
汁原:はいそこっ!すぐ諦めない!(これだからゆとり世代は……ブツブツ)
汁原:仕方ないなあ、じゃあ大ヒント。トルストイの代表作といえば『戦争と●●』。●●に当てはまる言葉は何?
海川・亀坂:トルストイって、誰?
汁原:……えっ!?
野本:えーと、トルストイはたしか帝政ロシア時代の有名な文豪、要するに作家さんだったと思います。
野本:代表作は『アンナ・カレーニナ』とか『人生論』とか……。
海川:野本が読書家なのはよく分かったからさー。なんだっけ、戦争となんちゃらってやつ。トルマリンは書いてんの?
野本:トルストイです!!……ええ、書いてますよ。『戦争と平和』。凄く有名な本です。
亀坂:えーっとさ、じゃあ「平和」って言葉を翻訳したら、世界が滅びたってこと?
汁原:ほぼYES。でも惜しい。正確には「音声翻訳」したから、です。
海川:平和ってトルコ語で何て言うの?
汁原:YES/NOで答えられる質問をしてください。さっきも言いましたよ?
野本:じゃ、じゃあ、グーグル先生に聞いてみますね。えーと、「トルコ語 平和」っと。
野本:ふむふむ……「トルコ語で平和を意味する単語は、<baris>?」
汁原:(なんか本来の「ウミガメのスープ」の趣旨からかけ離れて来てるなぁ。まあ分かんなかったらグーグル先生に聞けって言い出したのは私なんだけど……)
亀坂:えーと、カップルは現地の人と会話してて、平和って言葉を音声翻訳したから世界が滅びたんだよね?
汁原:YES!
野本:翻訳されたトルコ語はbarisで合ってますか?
汁原:YES!
亀坂:いや、意味わかんないし。なんで平和をトルコ語に翻訳したら世界が滅びんのよ!
海川:そうそう。全然平和になってねーじゃん。もしかしてあれか?俺らを馬鹿にしてるわけ!?
汁原:NO!
亀坂:あー、マジむかつくんですけどぉ?つか早く答え教えろ、的な?
汁原:NO。教師を脅迫しないで下さい!
野本:あわわ、あんまり先生をいじめたら可愛そうですよ。もう一度おさらいしてみましょう。
[前半部分]
若いカップルが海外旅行に訪れた国はトルコ。カップルの内、女性側が誰であるかが重要。そして女は実在の人物ではない。
[後半部分]
カップルが使用した携帯が、折りたたみ式かスマートフォンかは重要ではない。
重要なのは、音声翻訳機能を使って、どんな言葉を翻訳したか?その言葉とは「平和」。トルコ語では「baris」。
この言葉が音声翻訳されたがために、世界は滅びた。
野本:むむー、整理してみたけどやっぱり分から…………ぁぁぁあああーーーーーっ!?
海川・亀坂:声がでけぇよ!!
野本:ごめんなさい!でも……こ、これって、もしかして……?
野本:……ねえ、先生。質問、いいですか?
汁原:ん?勿論構わないよ。どうぞ?
野本:ひょっとするとひょっとして、万が一もしかしたらの、仮定の話ですけど。
野本:この問題、「異世界転移」とか関係してないですよね?
汁原:(ギクッ!)
野本:そういえば先生、以前、面白い小説のサイトがあるって仰ってましたよね?
野本:たしか「小説家になろう」って名前のサイトでしたっけ?
野本:私も本好きなので、よくサイトを覗いてるんです。たしか、ファンの方からは「なろう小説」って呼ばれたりしてるみたいですね。
汁原:(ギクギクッ!!!)
野本:まさか、「なろう小説でも流行ってるみたいだから、異世界転移の話を問題に絡めてみよー、俺って天才じゃね?」的な、そんな安直すぎること、考えてる訳ないですよねー?(にっこり)
汁原:いやいや待て。これはなんだ、ちょっとした出来心というか……
野本:あれぇ、先生?答えがYES/NOになってませんよぉ?
汁原:
汁原:
汁原:
海川・亀坂:汁原せんせー?おーい?
野本:あっ、先生の頭を小突いたりしたら駄目ですよ、海川さん!
野本:で、お返事はまだですか?(にっこり)
汁原:……ごめんなさい。YES、です。
野本:よく出来ました。では、続いての質問。
亀坂:(なんか野本のやつ、目が座ってない?)
海川:(おう、ちょっとしたホラーだよな)
野本:こほん!この問題文中の世界に異世界転移したのは、某国民的アニメ映画の登場人物ですか?
汁原:……YES
野本:なぜか毎年夏休み頃になるとテレビ放送される、あの感動的ファンタジー長編ですか?
汁原:……YES
野本:「見ろ!人がゴ●のようだ!」とか、茶色いスーツを着た眼鏡のおじさんが高笑いする、アレですか?
汁原:……YES
野本:では、問題にある若いカップルとは、「ぱずー」と「しーた」のことですか?
汁原:……YES
野本:「バルシュ」は聞き方によっては、「バルス」とも聞こえますか?
汁原:……YES
野本:最後の質問です。こんなくだらない話を生徒に自慢気に見せて、恥ずかしくはなかったんですか?
汁原:……YES/NO。いまになって猛省しております。
野本:大変よく出来ました(にっこり)。
野本:では最後に、私達三人の追試の結果についてお尋ねします。
野本:私達、追試に合格したってことでいいんですよね?
汁原:勿論……YESです。本当にごめんなさい!
海川:えっ、マジ!?ラッキー!!
亀坂:あたしら二人ほとんど何もしてないけどね。ああ、ほんと野本さまさまだわー。
海川:だったらさ、追試の合格祝いに駅前のカフェに甘いもんでも食べに行かね?
亀坂:いいねー。いこいこ!御礼に野本の分はあたしらでお金払うからさ!
野本:えっ、そんな気を遣わなくていいですよ!でもたしかに、頭を使ったので甘いものを食べたくなりましたね。是非ご一緒させてください!
海川:あっ、せんせーも良かったら一緒に来る?せんせーの分は自腹で払ってもらうけど。
汁原:いえ……結構です。
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三人の生徒達が立ち去った教室には、どこからか、乾いた隙間風が吹いてくるようだった。
もしもいま、汁原の手に飛行石なるものがあったならば、彼は躊躇なく、こう叫んだだろう。
「バルス」──と。
完