包帯面の男
小さく息を吐きながら車内で僕は座席に深くもたれかかった。
「三笠の旦那も大変な会社に入りましたね」
なぜか同行してくれたマルクが小声でそう言う。
「聞こえてるわよ。うちの会社に入りたいって奴は結構いるんだから、光栄なことじゃない?」
「まぁSBAつったら俺らの間じゃ稼ぎ頭っすからね。でかいヤマ請け負って軽々こなしてるんすから、憧れる連中もそれなりにいるんじゃないんすかね」
マルクはそう言うが、結局社長のとってきた仕事を受ける度にうちの社員はうんざりした顔している事を考えれば外と内の印象なんてそんなもんなんだろう。
「そうそう、三笠の旦那の得物はそのアサルトライフルすか」
マルクが僕の小銃を指差す。
「まぁ会社の備品だけどな。僕はなんの力も無いし、とりあえず使えるってくらいだけど」
「銃は万能に見えて弱点が結構あるけど、とりあえず使う分には訓練は少なくすむからね、私としても使えない武器よりもとりあえず撃って当たれば誰でも同じだけの威力が出せるんだから悪くないと思ってるわよ。とりあえずの護身ならそれで充分だし」
僕がこの世界に来て最初理解できなかったことに、この世界の武器だと剣だとか斧だとかが現役なのだ。技術力も僕らの世界より高いにも関わらず、銃が存在するのにも関わらずである。
その原因がよくわからない生き物達のせいだと言うことを知るのはそれほど難しいことではなかった。単純に銃の威力は弾によって影響されるのが原因だった。
対人ならば比較的安価な鉛弾で良い、だが奴らはそうじゃない。そもそも弾の威力が足りないとか、大きさが大きすぎて掠り傷くらいになってしまうとか。特殊な弾もあるが単価があがる。弾は使い捨てだし、それならば特殊な素材でできた剣や斧なんかの方が使い回しできるし、なんなら使い勝手が良いということだ。
勿論銃の利点もある、そもそも長射程で安全圏から攻撃でき、個人で携帯できる火器というのは弱い者にとって必要なものを備えている。
「まぁ、攻撃が点であるとことか、意外と当てるのが難しいとか、射線に味方がいると下手に撃てないとか色々問題はあるんだけど」
ぼそりと僕が呟くとマルクが首を数度縦に振る。
「銃は便利なんすけどね。対応できる状況とそうでない状況がはっきり別れてるんで、菅原の旦那みたいなあんなでかいので近接戦闘かましながらとかなら別ですけどね、まぁ普通は対応できなきゃ即退くってーのが大事すね」
菅原の戦い方は僕もよく知らない。ただうちの社員の話を聞くたびに規格外の集まりだと知らされる。噂であるから多少の尾ひれがついているのだろうが、本当にそんな奴いるのか、と思えるような話を聞く。
「私としては一や薫には護身さえできればいいんだけどね。うちにいる以上は護衛の仕事受けるでしょうし。いざというときに死んじゃいましたじゃ困るから。それで、つれだしたって訳」
金のせいだろうと毒づいて手で目を覆う。
「んで、結局今日の仕事はどんな仕事なんだよ」
僕が問うとアリカは比較的簡単な奴よ。巨大なトカゲが巣を作ってるから駆除しといてってやつ、などと言う。
「そろそろつくんじゃないんすかね」
マルクが運転しながらそう言うので、フロントガラスから先を見る。
「なんか先で煙が出てないか」
僕がそう言うとアリカが先を越されたかな、などとしかめっ面で言う。
「なんかヤバイかも!」
マルクがそう言うと先で体調5mほどの鰐のようなトカゲのような生き物が10匹前後が火だるまになって火が回っている森から這い出している。
「なんだあれ」
「あれじゃすぐに死ぬわ」
アリカが車を止めるように指示する。
その瞬間車の付近に爆発音が響く。
「危ないわね!誰に喧嘩売ったか教えてやらないと!」
車が停車すると勢いよく飛び出すアリカと身の丈ほどある斧を担ぎ出しそれに続くマルク。
僕は安全を確保しつつ車から銃を構える。
「出てきなさいよ!危ないでしょ!巻き込まれてたらどうすんのよ!殺すわよ!」
自分のことを棚に上げてこいつよくもまぁと思いながら安全装置を外し、初弾を装弾する。
「懐かしい顔にあったな」
声がする方を見ると男が一人、何か小瓶と子供を抱えている。
その男を見たとたん、アリカの様子が変わるのがわかる。
「あんた、よく私の前に現れられたわね」
「あの時の死に損ないの子供がえらく威勢がいいな」
男の顔が無い、いや違うあれは包帯で顔がわからないのか。
「律儀に親の敵討ちか」
嘲るように男が言う。
「わかってるなら首をおいてきなさい。両親の墓にあんたの首を捧げてやる」
アリカの両親は事故死と聞いている。それにこの男が関わっていたのだろう。だが敵討ちという言葉が引っかかる。この男が殺したように聞こえる。
「俺は成すべき事がある、悪いがガキに殺される謂れは無い」
アリカがぶっぱなした一筋の細い光の線が男に当たりかけて避けられる。
「とんでもない義手だ」
アリカの掌からさらに細い光が煌めくと男はそれを見極めてぎりぎりで回避する。
「こちらは子供を抱えているというのに容赦の無い話だ」
アリカは子供がいるから出力をかなり絞っている。それでも普通なら避けれるようなものではない。あれは光の速度の攻撃だと聞いた。なら何故あの男は避けれるのだろうか。見えた瞬間には男に到達しているはずだ。
「やべぇすよこいつ、普通じゃない。退きやしょう!」
マルクの声を無視してアリカは一歩も引かない。
「見逃してやる。尻尾を巻いて帰れ」
「あんたの首をもぎ取ったら帰るわよ」
止まらない光の筋とそれを読んだかのように避ける男。
異常極まる光景に動けないマルクと僕。
次の瞬間火が燃え盛る木々の間から轟音と共に男に30m超の鰐だかトカゲだかわからないのが突撃してきた。
アリカと対峙していた男はそいつを避ける瞬間に子供と小瓶を落とす。
「はじめぇ!マルク!子供を保護しなさい!」
そうアリカが叫ぶやいなや、光がまたたく。僕とマルクは駆け出しながら目を瞑っていたから視力を奪われることはなかった。
マルクが子供を抱き上げると僕はついでだと小瓶を掴んで走る。
その頃には男の姿はない、顔を吹き飛ばされた鰐だかトカゲだかは血を吹き出しながらたたずんでいる。
「やりましたか」
マルクがそう言うとアリカは首を振る。
「ギリギリで逃げられたわ」
悔しそうにアリカがそう言う。