職業案内所
アリカの部屋につくと、菅原の惨状に比べてマシではあるが、社長室にしては酷い惨状の部屋に閉口する。
「お、一か」
だらしない部屋着姿のアリカが整えてもいない髪を鬱陶しそうにかきあげながら僕に声をかけた。
「私室じゃないんだからもう少しなんとかしろ」
「前から思っていたけれど、一も薫も随分私の扱い雑じゃない?社長に対する言葉遣いじゃないでしょう」
「もう少し小言を言わなくて良い社長なら僕も考えるんだけどな」
「こんな頑張ってる社長にそれはないかなぁ」
アリカは本当に社長としては下の下だと僕は思う。経営に関してまったくもって適当な上に雑務をエリスさんに押し付けて本人はこんな風なのだから小言も言いたくなる。
「で、用があるからきたんでしょ」
アリカは軽く欠伸をしながらさも退屈そうにそう言う。
「なんの支出かわからない支出があるんで確認に」
「えー、そういうのってどうせ道久でしょう。私覚えないし」
その台詞何回聞いたかわからない。菅原よりたちが悪いのがこれで本気で覚えてないだけでこの人が犯人だったことが幾度もあるのだ。
「今回は菅原じゃない。だいたい常習犯の癖して他人に罪をなすりつけるな」
「どれどれ見せてみ」
そういうと僕の端末から支出の帳尻があわない分を確認する。
「この額、そこそこ大きいじゃない」
「そうだな。普通忘れないような額だ」
そう言った瞬間ハッとした顔をしてアリカは顔を青ざめる。
「なにか覚えがあるようだな」
犯人はこいつか、ならさっさと領収書を回収してエリスさんの手伝いに戻ろう。月締めの棚卸しが終わってない備品の点検もまだ残っている。
「ごめん、これの領収書無いわ」
はぁ?と声を出して睨み付ける。
「この金額、多分私と薫が遊びにいったときに服とか買ったやつの分だと思うんだけど」
「阿呆、会社の金を使うな。横領だぞ」
僕がそういうと、持ち合わせがなかったから借りただけ、などと言い訳する。
「借りたってのも充分資金横領だぞ。社長の癖に金の管理が杜撰すぎる」
「でもさぁもうどこで何買ったとか思い出せないのよね。服とか靴って思ったより高いじゃない」
なにを呑気なことを、高いじゃない、じゃない、会社の金を勝手に使っておいて酷い言い訳だ。
「どっちにしろこのままだと不味いんで、私金による補填になるが給与から引かせてもらう。警察につきださないだけ温情だと思え」
そう言って踵を返した僕の肩を金属製の義手が掴む。
「まった!給与天引きは不味いの!入り用があるから!」
「じゃあどうするんだよ。その様子じゃ金は用意できないんだろ。自業自得なのだから諦めろ」
そういって扉に向かって進もうとするが金属製の義手は僕の肩を離さない。
「今から稼いでくるから!エリスにも伝えておくから!一、ちょっと手伝って!」
冗談じゃない。こんなイカれた社長の尻拭いを手伝うなんてごめんだ。
「嫌だ」
僕がそういうと路頭に迷うことになるわよ、と権力を振りかざしてきた。
「私用だろ!社員にそんな脅しするのは横暴だ!」
「うちの仕事として私の護衛を引き受けたのよ!今、この時にね!ちゃんと報酬も払うし、私が許可した仕事よ!そしてそれを一がこなす!ほら何も横暴ではないわ!」
「無茶苦茶だ!断固として権力の横暴を許すわけにはいかない!」
そう言って僕とアリカが言い合いをしていると、戻ってくるのが遅い僕が何をしてるのかと心配して見に来てくれたエリスさんが呆れた顔で言い合いを聞いていた。
結局僕はアリカを手伝うことになった。エリスさんはアリカに甘いところがある。どう考えても許されざるべきことをしたアリカを糾弾すべきだ。なのにも関わらずこっちは一人でできるから手伝ってきてあげて、とはエリスさんの言葉だ。
だいたい僕では外にでての仕事は危険すぎる、力がないのだ。武器も小銃と拳銃だけだ。うちの柊を除く他の面子みたいな超人じみたことはできない。
だいたいアリカもアリカだ一人で行けばいいのである、あの火力をもってすれば余裕だろう。もともと金勘定や事務仕事は恐ろしく杜撰なくせにこと治安維持の仕事には全力を出す女だ、僕がいなくてもよかろうに。
おまけに自分は準備があるから先に依頼探ししてきてね、などとアリカに言われては更に腹が立つ。
ぶつぶつ文句を言いながら僕は職業案内所に入っていく。
「おっ三笠の旦那、また経理の関係ですかい」
そういって筋骨粒々の狼男が声をかけてくる。
「今回は治安維持の依頼を受けるだけだよ」
そう言うと狼男のマルクは僕を見ては?と間抜けな声をあげる。
「いや、旦那なんの力もない人間でしょ。ムリムリ、危ないだけですぜ」
マルクとは経理の仕事でこちらに顔を出すようになってから知り合った。彼は所謂治安維持の仕事や護衛の仕事、あとは遺跡のトレージャーハンター等の専門の日雇い労働者だ。日雇い労働者という名を嫌い冒険傭兵などと呼ぶ人もいる。
「わかってるんだけどな、面倒事に巻き込まれてどうしようもなくこうなったんだ」
そう言うと哀れみを感じるような目でマルクは僕を見る。
「ついにあのSBAが潰れたんですか」
SBAとはうちの会社の名前だ、なんでもアリカの両親の名前からとっているらしい。
「違う、巻き込まれただけだ」
そう言うとわけがわからないといった感じで悩んでいる。
そもそもただの人間が壁の外に出るということは移動のためや商業のため等かなり限定されている。力もない人間で日雇いの治安維持の仕事なぞ誰もやりたがらないし、やったところであまり良い成果を得ることができないのが普通だった。なんの力もない人間で治安維持の仕事をするのならば民間軍事会社にでも入り集団による連携や火力でやるほかないのが通常である。
「おいおい、ただの人間が治安維持の仕事をするってか」
奥の方からやけにでかい服を着た蟷螂がそう言って僕を笑う。周りもつられて僕を嘲笑しはじめた。その気持ちわからんでもない、と思いながら深い溜め息を吐く。
「今回は僕一人ではないので」
そう言いながら受付の人に今日の最新、ネットワーク端末でまだ上がってない仕事を中心に見せてもらう。
「三笠さん、何人でのお仕事をお探しですか」
うちの会社の人間が来ると判断したのだろう、受付の女性はそう尋ねてくる。
「二人ですよラーミアさん」
二人と聞いてほとんど人間に見えるが唯一耳が長いという違いを持つ彼女は、その耳をぴこぴこと上下に動かしながら、比較的簡単そうなものを勧めてくる。
無理もない、僕が行くのだ、死にそうなやつは勧めないだろう。おまけに二人しかいない。
「ちなみにどなたがご一緒に?」
彼女がそう言うのでアリカの名前を出そうとしたとき、職業案内所の自動ドアが開くと、問題の原因であるアリカが入ってきた。
その瞬間である、ロビーにいた日雇い労働者のうち、治安維持の仕事をしようと思っていた奴等の顔色が変わっていくのがわかった。
「銀腕だ!銀腕が仕事に出るぞ!」
「SBAの社長が来た時点で今日は俺は家に帰る、巻き込まれたくねぇ!」
「冗談じゃねぇ!最近はでかい仕事しかしてねぇってから安心してたのに、今日は収入なしかよォ」
「アイカ・アリカのいるかもしれないなんて行きたくもないね、今日はもう休みだ」
おのおの好き勝手言いっている。数人はアリカを見た瞬間に失せていた。
「随分人気者だな、社長」
僕が呆れてそう言うとアリカは不満そうな顔をする。
「失礼ね、人を悪魔か何かと勘違いしてるんじゃないの。こんな可憐な少女相手に大の大人が言うことじゃないわ」
可憐かどうかはおいておいて、そうこの女まだ十九なのだ。その十九の少女に銀腕なんて二つ名がついてる上にまるで災害がやってきたみたいな反応をする冒険傭兵共もどうかと思うのだが、気持ちがわからないでもないだけに同情してしまう。同行しなければならない僕はもっと最悪だけれど。
「ところでラーミアさん、なんでこんなしょぼい依頼を表示してるの」
画面には先程までに僕にすすめてくれていた比較的まだ安全であろう仕事が表示されている。
「僕が仕事に参加するんだからこんなもんだろう」
そう言うとアリカははぁ?と不機嫌そうに返す。
「うちの社員と私で行くのにこんなちんけな仕事受けるわけないでしょう。もっと報酬高くて楽しそうなのでないと」
何を言っているのだろうこの女、僕は非戦闘員である、ふざけるのもいい加減にして欲しい。渋々付き合ってるのにうっかりヤバい仕事に片足突っ込んで死んだとかでは話にならないのだ。
「あのなぁ、僕は非戦闘員で、そんな危険なところいけるか」
そう言うとアリカはうるさいと一蹴するとラーミアさんに報酬の高い依頼を催促する。
無名は女狐とこの女を呼んでいたが、どちらかというと女狐というか横暴な意思をもった自然災害かなんかだ、巻き込まれる僕にはたまったものではない。
僕は情けなく助けをラーミアさんに視線で求めたが、彼女は苦笑いして軽く首を降って僕に諦めるように促した。