デスクワーク
一応ここから新章です
あれから一年と少々がたった。僕と柊は菅原のごり押しと、意外な伏兵無名の推薦であのめちゃくちゃな女社長の説得に成功し彼女の会社に無事就職に成功していた。
「エリスさん、これ支出の数字おかしいですよ。これの領収書出てこないですし。インターネットの方での決済も無いです」
僕が会社の事務室でそういうと、会社の経理を任せられている女性は数字を確認して明らかに溜め息を吐いていた。
この城郭都市に来てからいろいろな事を知ることになった、その一つが情報端末、パーソナルコンピューターの存在や携帯端末の存在である。携帯端末に至っては眼鏡の形のものすらあるというのだから、故郷との技術格差を嫌でも感じさせられる。言語習得と読み書きの次に取り組んだのがこれらの扱い方だった。
エリスさんは僕にまずは菅原に覚えがないか聞いて欲しいと告げると、そのよっつある目を閉じて背伸びをする。
そう、彼女の目はよっつあるのだ、額に二つ僕等よりも多く目がある。これもこちらに来て驚いたことの一つなのであるが、所謂僕等のような人間以外にも人権を取得し暮らしている生き物がこの都市には住んでいる。彼女のように目が多いだけといったものから、そもそも人の形ですらないものまで多種多様。割合としては人が多いらしいが人間大くらいのホコリの塊みたいなのが話しかけてきたときは柊がらしくもない悲鳴をあげて相手を困らせたりもした。
そう考えればエリスさんの見た目の違いは目が多く白目が黒いだけであり、慣れてしまえばなんてことはない。むしろそれを除けば妙齢の女性としては美しい部類だろう。まぁあくまで僕の感覚ではあるが。
「菅原かぁ、あいつだと領収書無くしてそうだな……」
「菅原君はしょっちゅうだから。とりあえず聞いてきて」
「では行ってきますね」
僕がそういうと、犯人が菅原君だったら給料から引くって言っといてと半ば諦めた感じでエリスさんは手をふって送り出してくれた。
「相変わらず汚いな」
菅原の研究室について第一声がそれだった。
「汚くない。これはどこに何があるかわかるから整理された姿なんだぜ」
書類が散乱した部屋の惨状なんてどうでも良いとばかりに部屋の端で文献とにらめっこしていた菅原がこちらに視線をうつす。
「よくまぁこの書類の山を汚くないと言えるもんだ」
「最近お前らがエリスんとこで経理の手伝いばっかりしてるから、しゃーなしで一人で研究論文作ってんだぞ。それぐらい大目に見てもらわないとな」
「まぁいいさ。それより菅原、この支出なんだけどなんか覚えあるか」
手のひらほどの携帯端末から件の経理データを菅原に見せる。
「いや、知らんなぁ。ここ最近のはお前の相方が無くすと面倒だからって領収書とか管理してくれてたから、仕事で使った会社の金の関係書類は提出してないってことはないと思うぜ。おかげで立て替えたまま戻ってこなくなった金もここ最近じゃないくらいだからなぁ」
「柊に頼るなよ、お前がなんとかすることだろ」
「そう言うなよ。こういうの適当なのは俺と大将ぐらいだし大目にみてくれよ」
しかし菅原じゃないという方が問題だ、次に怪しい人物が一番こういうことに責任感が無いと困るのだが。
「そういや今日は相棒はいないのか」
「柊なら今日は休みでニューとお買い物だと」
柊はヤマトに来てから随分羽を伸ばしている。今まで女を隠していた反動だろうか、やけに女らしい服を着てみたり髪を伸ばしてみたりといろいろ悩める普通の婦女子という感じになってきた。齢二十三でそれでは遅咲きではないかと思うのだが、十代で結婚が普通の故郷と違いこちらでは女性の学業も就業も普通らしく婚期としてはまだあるらしい。むしろ二十三くらいならそういうのを一番楽しむ頃だと言うのだから文化違えばと言うやつである。
「アリカに聞きに行くの嫌だな」
僕がそういうと、菅原は苦笑いする。
「いっそ忘れてニューと柊のとこに合流したらどうだ」
「仕事中だろ、それにそんなことしたらエリスさんが困るだろうし」
「うちの社員なんてお前らとエリス以外普段仕事しててしてないようなもんじゃねぇか。大将はまぁよくわからんとこでよくわからん仕事取ってたりはするけど」
一番難儀なのがこれなのだ。エリスさんは事務全般をしているため毎日真面目に仕事をこなしていて、菅原は研究という一応趣味と実益を兼ねた事をしているのだが他の従業員は基本的に何してるかよくわからない。有事の際には仕事をしているらしいが正直僕はその姿をあまり見ない。
アリカことこの会社の社長が謎の高額な治安維持の仕事を取ってきてはそれを従業員がこなすというのがこの会社の収入源だというのだからよく赤字にならないものだと思う。
「エリスさんの仕事手伝ってて心底思うけどよくまだ持ってるよなこの会社。エリスさん倒れたら終わりだぞ」
「俺の研究の輝かしい業績による収入もあるんだぜ。研究機関がいけないようなとこにうちの面子ならいけるからな。ある意味独占なんだぞ。俺がいなくても終わるぜこの会社」
胸を張っていうことではないなと思って溜め息を吐く。
「まぁお前ら雇ってエリスと俺の仕事も大分助かってんだから大丈夫だろ。まぁもちっと予算増やして増員して欲しいけどな」
「勝手言いやがって、俺と柊が思ったよりできたからなんとかなったが、これがものになってなかったらお荷物二人抱えてただけだろう」
「俺の先見の明ってことにしとけ」
どうすればこんな能天気に前向きに生きれるのかと呆れてしまう。
「まぁいい、とりあえずアリカのとこ行ってくる」
僕がそういうと菅原はせいぜい頑張れとだけ僕の背中に形だけの激励の言葉を投げた。