都市へ向かって
車の移動する振動に揺られながらのんびりと都市に僕等は向かっていた。
女、社長だか大将だか呼ばれていた彼女は自前の自動二輪で菅原に説教するだけしたら満足したように先に帰っていった。
「参ったね。大将のやつ、全部お見通しだったとは」
菅原は車の荷室で僕と柊の前に座り込み溜め息がてらにぼやく。
「まぁ僕等としては行くあても無いですし、そもそも会話すらこの翻訳機とやらが無いとできないですし、お世話になるのが最善だとは思わないではないですけどね」
僕がそう言うと菅原はそりゃ他に選択肢はないだろうからな、と苦笑する。
「大将、ちょっと変わった奴しか雇う気ないからな。なんか一芸でもないと首を縦にふりゃしない」
「僕と柊じゃお眼鏡にはかないませんねそれは。どうあがいても仕事するのには劣ります。こちらの字が読めない書けない、言葉も翻訳機無いと日常会話すらろくにできない、この世界の知識もろくにない、ではね」
菅原はよくもまぁ労働力にこんな人選をごり押ししようと考えたものだと思う。なにもかもがこの世界で働くに当たって足枷だ。
「そりゃそうなんだけどな。どうせここで生きていくのにゃ必要なことだろうさ。慈善家になる気は無いけどさ。身なり見る限りそれなりに学はある方だろお前さんら、なら読み書き必死に覚えるのもやればできんじゃないのかくらいのもんだ」
簡単に言ってくれる、と呆れて言うと、そんなこともできないとこの先生きてけないだろ、と菅原は言う。確かにそうなのだ、言語の壁はなんとかしなければ、この先どうにもならない。
「でもどっちにしろ僕達には超再生だとか暗殺術だとかまして死霊術なんて使えませんよ」
どちらにしろあの女社長を満足させるようなものはなにも持っていない。雇用される利点が無いのだから仕方ない。菅原のお世話になるのがどれだけ魅力的であっても許可があっての物種なのである。
「その内死霊術師はねぇな、大将、ほんと好きだよな無名の事そうやって誇大に吹聴するの」
菅原がそう言うと端で聞いていた無名に視線を向ける。
「死体操ったりできるっての嘘なんですか」
それだけが嘘だからどうだって話ではある、超再生の方もよっぽど異常な気がする。
「できない。僕は別に死霊を操ってる訳ではない」
無名がそう言うと、菅原は無名は大将のお気に入りだからなぁと笑う。
「今一原理がわからない術だか技だか機械だか使ってるのは確かなんだろうけど。こいつそれがどんなもんか言わねぇから、死霊術師なんて物騒そうなのって事にして本人は無名売り出してんだろうさ」
霊の概念云々や猿の話をした時もそうだったけれど、どうも概念自体に共通している事は多い。菅原やニューに言わせてみれば、僕等の世界とこちらの世界、どちらが影響を与えたのかはわからないにしろ漂流者といった形で影響してきたのだから基礎部分で共通項があるのは普通だろうという事だった。
算術が十進法であったり、円の角度が360度であったり、そういう部分が一緒なのはありがたい。それどころか時間の単位も一年が365日であるということも同じというのは流石にできすぎではないかと思う。
共通文字も、エングレスト語の配列に似ているため、意外と習得は早いのではないか、と思われた。
「そいや三笠よ、うちの大将幾つに見えた?」
来てそうそう嵐のように説教して嵐のように去っていった女社長の容姿はまじまじと見ていなかった。ただ、赤い髪を総髪にした童顔の女性だなと言う印象がある。顔立ちは整ってはいたものの美人というよりはかわいらしい方に部類されるのではないだろうか、身長も高くない。印象でいうならば、この世界の義手なのかやたらに精巧な金属製の両腕の方に印象が残っていた。そんな彼女の年齢を幾つか、と問われても困るのだが、少なくとも会社を経営しているのだろうし、それなりの年齢と考えるのが自然だった。
「二十代後半でしょうか。それでも見た目が若いのでそうは見えませんでしたけど」
そう言うと菅原はにたぁと笑う。
「正解は十八だ。まだしょんべん臭い子供なんだなぁこれが」
その子供に説教かまされてた人間の言うことではない。その説教も些か的外れであったようには思うには思うが。
「難しいお年頃の嬢ちゃんが大将だと、なにかと俺等も気を使うわけだ。そんで人雇って欲しいってなるとこう上手いこと丸め込むしかないってわけよ」
どういう訳だと言うのだ。今一文脈が繋がってるようには思えない。
はぁ、と生返事して、そう言えば柊が一切反応しないな、と横を見ると、小さく寝息をたてて座ったまま寝ている柊がいた。
柊は柊で随分肝が大きいな、僕は僕で随分警戒心というか常識というかがどこかへ置き去りにされて、今あることをとりあえず受け入れることに精一杯になっている。
要はいっぱいいっぱいなのだ。もう色々整理も処理もしきれていない。一度情報を遮断して一から思考の整理をしたいものだ。