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自由と恐怖  作者: 詭弁
僕と柊の始まりの話
2/32

遠藤

僕は貧しい家に生まれた。

祖母と両親、二人の兄と妹が今も健在のはずだ。

いや、次男は陸軍に徴発されたと聞く、もしかするとどこかで戦死しているかもしれない。

陽国は極東に位置する島国である。閉鎖的な歴史を持ち、近代国家の仲間入りを果たしたのもここ数十年の話だ。

二度の国家間戦争と一度の世界大戦を欧州のエングレスト連合国の後ろ楯のもと勝ち、ようやく得た地位でもある。

とは言え、欧州の連中は陽国や今や列強に蝕まれ搾取されるだけの形になり内部分裂状態となった中央大陸の国家をあまり良い顔では見ていない。欧州の人間は肌が白く青い目をしているものが多い。我々のように彼らに比べれば肌が黄色に近くまた目の黒い人種はまったくもって別の生き物だと言わんばかりに欧州の国家は蔑む態度をとり続けている。

そんな情勢下で僕は生を受けた。

本来ならば僕のような小作人の家の子供は一生涯小作人であるか、軍属になるか、なのである。

陽国では以前よりはマシになったもののまだ身分制度があったからである。

皇帝を頂点として、皇族、その下に公家があり地方豪族や名士がおり、その下に富裕層があり、ようやく僕ら貧乏人が最下層で存在する。

僕は他列強の模倣によって陽国が教育に力を入れだしてくれたおかげでこの最下層を脱出することができた。義務教育による最低限度の教育を学校で学ぶことが最下層でもできた。そして僕は人よりも勉学が少しばかりできた。

教師が絶賛し、庄屋が推薦し、地方の豪族が取り立てた。単純に運の問題だったろう。時代が僕を勉学の道に導いてくれた。

そうして書生として下働きをしながらではあるが首都大学に入学できたのである。

首都大学は国家最高の教育機関であり、胸を張って良い立場であると言って過言ではない。家族や僕を取り立ててくれた人、郷里の人々の生活を楽にできればという志をもって僕はずっとここまできた。

僕と同じような最下層の人間は高等学校のころからそうであったように出会うことがない。せいぜい富裕層が極僅かいるくらいのものである。だからどちらかというと孤立することが非常に多い、皇族なぞもってのほかで、公家や豪族もまた非常に尊大な者が多い。この国の次代を担うのは彼らであって、僕のような者は精々地方官吏か良くて彼らの使いっぱしりである。

この頃からわかってはいたものの絶望していた、いくら勉学ができようと僕には何も変えることができない、血の呪縛には抗えない。最下層の人間による良い国つくりなんていうのはありえないのだと。権力を持つ血が国を回す。権力を誰かに奪われることを彼らは決して許さないだろうということを。

ふてくされる訳にはいかなかった、ここにいれることがそもそも運が良いのだ、ただ、理想なんていうものはどうしようもないくらい理想で終わるという現実が酷く突きつけられたに過ぎない。誰かに期待されているからにはもう自分の意思だけでは折れることができなかった、それだけである。

今思い返しても情けないことこの上ないが、もうこの時には絶望と義務感しか残っていなかった。


首都大学に入学して数日たったころ、僕が一人で廊下を歩いていたとき、一人の男が話しかけてきた。

「三笠君、君は確か大和の小作人の出だったね」

普段学内で講師以外から声をかけられることは無かったが、高等学校のころにはそれで酷く攻撃されていたこともあって、僕は足早に去ろうと試みる。

「すまない、気を悪くしないでくれないか。君の出自をとやかく言うつもりは無かったんだ」

肩を強く握られてしかたなしに足を止める。

「であるならば、僕の出自の話をする必要性は無かったのではありませんか」

男は困ったような顔をした。

「いや、その必要はあったんだ。君にどうしても聞いてほしい話があってね、なに、昼御飯を馳走しよう。だから話だけでも聞いてほしい」

懇願するような男の言葉に僕も流石に断りきれず、渋々首を縦に振る。


昼時の飯屋にしてはえらく上等な蕎麦屋に入った。何分貧乏な家の出であるため、外で昼をとることなんぞまぁない。

男は座敷を用意していたらしく、二人してこじんまりした座敷に通されたときは何か自分のしらない恐ろしいことでも起きるのではないかと非常に警戒する。

「そう身構えないでくれよ。同じ学年の学友なのだし楽にしてくれ」

「失礼ながら、僕はあなたを学内で見かけたことはあってもよく知りませんから」

男は二三度頷くとそれは申し訳ないことをしたと苦笑する。

「俺は美作から来た、遠藤と言う。まぁ冴えない地方豪族の三男坊だ」

「で、僕に何の用で」

「そう事を焦るものではない、腹が減っては話にも身が入らないだろう」

「そういうものですか」

「そういうものなのだ。ここの笊蕎麦は美味い。遠慮せず食うてくれ」

出された笊蕎麦は確かに美味そうだった。実家では粟と稗が主食であったのだから蕎麦なぞ食うたことがない。下宿先の家主の家の飯も大層贅沢に感じたが、外で飯を食うともなればさらにそう感じてしまう。

「温蕎麦は西のが美味い。こっちの汁がな濃すぎるのだ、醤油のせいかもしれん、だが笊はどうだ美味い店がわりとある。麺は西も東もないのだな」

遠藤は笊蕎麦の話を嬉々とするが、蕎麦なんぞ食うたことがない僕は、ほぉそうなのですか、というのが精一杯だった。

「なに?大和の出なのに西の温蕎麦を食うたことがないのか」

「生憎、蕎麦なんぞ高級品すぎて食うたことがありません」

遠藤はばつが悪そうな、それでいて複雑な表情をする。

「君はこの階級社会をどう思う」

遠藤は箸を止め声色を変えた、どうやらこれが本題らしい。

「どう思うもなにも、産まれてからずっと僕はこの社会の最下層です。運良く勉学で道をみつけることはできましたが、それは変わらんでしょう」

「それを変えれるとしたらどうだ」

「どうやって変えるおつもりです。我々にできることなんて所詮たかがしれている」

遠藤は眼差しをギラギラさせはじめた、これは厄介かもしれないと思う。

「俺だけではない、他にもそういう思いのものが沢山いる、公家の中にすらだ。産まれで決まって良いものではない。実際に露国では我が国との敗戦後、共産主義の革命が起き国が変わった、一部の権力者からすべての人間が解放され、労働者階級に統一されたのだ。なぜ陽国でできないはずがない」

遠藤は拳に力をいれながら熱弁する。なるほど共産主義かぶれか、それならば最下層の僕を誘ったのも頷ける。

しかし、僕は共産主義者にかぶれるつもりは毛頭なかった。共産主義は僕も個人的に調べた時期がある。確かに理想的な言葉が羅列されていた。確かに実現すれば素晴らしいだろう。だが、それには大きく欠けている部分がある。

性善説、性悪説とあるが僕はどちらも信じていない。善も悪も人が決めた取り決めでしかない、もしも人が常識や社会の枠を外れればどうなるか、それはきっと酷いものになるに違いない。

人が人を納める社会で完璧などということはありえない、その点がどうにも胡散臭いのだ。同じ階級でありながら人が人を納めるなどと、絶対にどこかで誰かが富や権力を得るだろう。真の平等などと言うものは政府が人を納める限り不可能だ。かといって無政府主義になったとしたらそれこそ政府なしで誰が人を御すのだろうか。

「お気持ちはわかりますが、僕は参加できません。下手をうって国家転覆罪で捕まるわけにはいかないのです。僕にはお世話になっている人が大勢います、その期待に答えるのが精々なのです」

遠藤はハッとしてなにか言いたそうな顔をする。

「ご安心ください、他言はいたしません。飯の恩義だと思うて墓までもって参りますから。僕とて不満がないわけでは無いのです。ただ、立場上お仲間になれないだけです」

先手をうって保身的ではあるが僕は言った。

「そうか、また気が変わったら是非考えてはくれまいか」

共産主義者がこの国で告発されれば憲兵が飛んでくるだろう、皇族や公家ならまだしも豪族ならば家にも大きな禍根を残しかねない。遠藤は危ういところを歩いている。

僕は共産主義者に巻き込まれたくなかった、だからといって遠藤の気持ちがわからなくもない、だからこそ黙っておくという方法をとったのだった。

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