初接触
音がどんどん近づいている。この道を何かが移動していると考えて良いだろう。
「柊、起きてるか」僕が問うと、あぁと天幕から返事が帰ってきた。
「車の音に似てるな。この世界にも車があるのかな」
また間の抜けた事を言う。
「何かあったときのために弾の装填だけはしておけ」
僕がそう言うともうとっくに、とだけ返事があった。
音が随分早く近づいている、思いの外移動速度が出るものらしい。厄介事になるのはごめんだが、今近づいているのが、かつてこの地に来た人の末裔であればこの危険極まりない生活から抜け出せる可能性もある。
勿論、死に直面するような厄介事になる可能性もある。どちらにせよ、これに賭けるしかなかったのだ。この先この世界で生きるには知識が必要だった。
生唾を飲み込む、明らかに人工物とわかる光が見えた。あれだ、間違いなくあれが音を発している、機械音と移動音が大きくなる、内燃機関らしい音はしない。
それがはっきり見えてきた、車だ。一瞬、その見た目から戦車かと思った。砲や履帯こそないものの厚い装甲板に守られたその姿は戦車のそれにとても似ていた。
意を決して車の進行方向に立ち、手を降る。僕を確認した車が速度を落として停車した。
心音が大きくなり脂汗が背中を流れるのがわかる。
車の扉が開いたと思うと女性が降りてきた。欧州系の顔立ちに似ている、高い身長と黒い外套、切れ長の少し大きめの目、どうみても人間だった。
彼女は武器を、恐らく拳銃だろう物を向けている、何事か言葉を発しているがさっぱり言葉がわからない。
「僕は陽国というところから来たものだ、敵意は無い、助けてほしい」
通じないとわかっていても言わずにはおれない。
言葉を発してすぐ、手に持っていた軍用銃を地面に置き、両手をあげる。
彼女は言葉をまた発する、が勿論理解はできない。恐らく向こうも言葉は理解できていないのだろう。助けてもらいたいと言うことをなんとかして理解してもらいたいが、体で表現するにしてもどうするべきなのか判断がつかない。
車の反対側の扉が開く音がする。長物の銃を持った男が降りてきた。
「こんなところで何をしてるんだ」
男が発した言葉は陽語だった。一瞬呆気にとられる。
「僕は陽国と言う、ここと違う世界から来ました。数日前にここにきて何もわからないんです。助けて頂けないでしょうか」
ぽかんとした顔を男はする。
「そうか、神隠しにあったのか。珍しいもんと出会ったな」
男は煙草らしきものを取り出すと火をつけて吸い始め、女に二三わからない言語で言葉を発すると、僕に近づいてきた。
「確かに野盗ってわけではなさそうだな。しかしまぁ、こんなとこで漂流者に出会っちまうなんてなかなか面白いもんだ。ちょっとばかし面倒見てやろう、同じ陽の血が流れてるよしみだ」
僕がぽかんとしていると男は僕の銃を持ち上げてまじまじと見る。
「あの、連れもいるんです」
僕がそういうと、男は構わんよと告げる。
「俺は学者でね、かつてのこの世界の文明について調べてる。漂流者についてもその関係で調べててね。言葉がわかる漂流者の話を聞くのはやぶさかではないってわけさ」
男は銃を僕に返す。
「さっさと荷造りしよう。ここら辺も危険が多い」
僕は頷くと、天幕に近づいて柊に声をかけた。