問題の確認
ここに来て丸二日、僕たちは依然として生きている。気温、湿度、大気は何ら問題ない。1日は24時間かどうかはまだわからないが、日が登り沈む感覚や重力は陽国と大差ないように思う。
問題は物資だった。多量に保存食を持ち込んではいるもののいずれは尽きる。液体が流れていてもそれが水とは限らない。食事もまた難題だった。動物らしきものをいくつか見た。それらは鹿や兎に似ている、あたかも僕たちの世界の写しのように。だが、ここは僕たちの世界ではない、捕獲したところで食べられるのか、食べられたとして血の匂いに誘われて肉食の大型の獣が現れるかもしれない。植物に至ってはさらにわからない。毒性はないか、我々に消化できるのか、さっぱりわからない。
一応の居住スペースをあの丘から降りたさきにあった土瀝青で舗装された道路とおぼしきところの近くに天幕を張ることで作り上げた。もしかすればここを神々の末裔とやらやかつての追放者が通るかもしれないと考えたからだ。
それに、草原や森の中では毒虫が怖かった、虫がいる事は確認しているが、それらに毒があるのかないのかの判断はつかない。最低限の医療品こそあったが、毒は致死に至りかねない。なにせその毒がなんなのか本当に僕たちにはわからかいのだから。
精神を削り取られる、生きているだけでこれほど難問が大量に出てくるとは思わなかった。何があってもおかしくない、僕たちの常識は通用しない。
僕は今、夜の闇の中で天幕の横に座して干し肉をかじっている。昼夜で柊と交代し見張りをする形をとっている。朝早くだけ二人で行動し、昼に僕は寝て、夜になると柊とかわる。寝ているときの無防備な状態で襲われでもすればひとたまりもない。
そもそもここに肉食の獣はいるかはわからない、はたまた巨大な虫や、僕たちの知らないようなえもいえぬ生物がいるかもしれず、ただまだ出会っていない可能性も大いにあった。
銃だけは持ち歩いているが、これも相手がなんなのかによってどこまで効果があるのかわからない。とはいえ火を一度ためしにつけた時、爆発等おきずに僕たちの世界と同じように燃えたことから、普通に使えるだろうと踏んでいる、無いよりはましだ。
大気が僕たちの世界と似ているならば水がある可能性は高い、が、迂闊に液体を濾過煮沸して飲めるのかと言われれば話は違う。それが水であると証明できるものではない。塩化コバルト紙は持ってきこそすれ、使ったところで水が含まれていると判断しかできない。リトマス紙でもそれがアルカリ性か中性か酸性かの指針にしかならない。
当分は持ってきた分でまかなわなければならないが、それもいつまでもつのかという問題はついて回る。試すという方法で確かめねばならないだろう。
いろいろ悩む僕に反して柊はこの状態が深刻なものであるのにも関わらず楽天的であった。というよりも憑き物が落ちたといった感じだろうか。僕がどうするか悩んでいるのをよそによく笑う。まるで、そんな小さいことで悩む必要なんて無いというばかりにである。どこか楽しげにこんなものを見つけたとかあんなことがあったとか、僕が寝ている時にあったことを話す。それは陽国にいたときの柊とは別人のように快活に陽気に元気に満ち溢れている。本当の柊薫という人間は、あのどこか斜に構えて影のある姿ではなくこちらなのだろう。大胆で自由奔放で天真爛漫といった感じだ。
それを僕はどこか肯定している。柊の我儘に付き合っているという感覚も無いではない。しかしどうせあのままでも死んでいた身の上だ、こいつの我儘につきあってやっても悪くないとどこかで思っている。またそれだけが選択肢だと思い込んでいるのかと考えるときもあるが、どうせなるようにしかならないのだからと元皇女様の下働きとしてそれなりに頑張るというよく分からない結論に至った。
夜目を研ぎ澄まして辺りを見ても何もない。
焚き火をすれば何が起こるかわからず、ただ日が登るまで佇むのも流石に飽きる。
ふっと空を見上げると星空が。
その星空は陽国の星空と似ているようでおそらく全く違うのだろう。生憎星の知識は持ち合わせていない。北極星ですらどれかと問われれば答えられない位なのだから。しかし例え星の知識があったところで役にたたないのでそれはそれでどうでもいい事ではある。
北は方位磁石で確認できた。ここにも地磁気があるのだろう。何ヵ所かで確認したが北を指す向きは大まか一緒だと思う。まぁ方位がわかったところでどうだという話ではあるのだが、この場所が惑星なのだろうという知識には繋がるのではないだろうか。
星はただ空に輝いている。それに星座のように意味を持たせようとして形作ろうとするが、今一思い付かず、ただ星を眺めることしかなかった。