未知の場所
風が頬を撫でる。
止めていた息を吐き空気を肺に送り込む。
どうやら、生きていける環境らしいことを確認するとうっすら目を開けた。
小高い丘の上だろうか、わりと開けた場所だ。木々に囲まれた草が生い茂るのどかな風景だった。
「案外、前の世界と変わらんな」
僕がそう呟くと、柊はいや、と答える。
「どうやら、随分昔に神の国とやらは滅んだらしい」
柊が指で指し示した場所を見ると、丘の下に街がひろがっていた。陽国では考えられなかった高層の建物が見える。ただそれらは酷く劣化し蔦や木々、草が所々に生えているのだろう事がこの位置からでも理解できるほど荒涼としている。
柊は双眼鏡を取り出し、それらを双眼鏡で観察する。
「いつごろかはわからないが、随分昔にうちすてられた都市みたいだな。これほどの都市が復興なされぬままとは、滅んだとしか言いようがない」
「さて。案外他はそうでもないかもしれないぞ。何かが原因で長らく捨てられた都市なのかもしれん。ここがそうだからと言って他が同じ様な状況とは限らんだろう」
「そうかも知れないが……。この世界にはこれだけの都市を作れる何かがいたということだけは確かということか」
「まだそいつらもピンピンしてるかもしれん。何事も決めつけては実情はわからんぞ」
柊は双眼鏡を覗くのをやめて、空を仰ぎ見た。
「しかし、あの廃墟がなければ異世界に来たなどと信じられないな」
確かに、と僕も思う。どんな世界が待ち受けているのかと思ったが拍子抜けするほどに僕らの世界に似ていた。
「もしもこれで、知的な生き物が何も居なければ私と君は国作りの神話の男神と女神みたいだな」
国作り神話は僕も知っている、誰も人のいない大地に男神と女神が地上に降りたってまぐわい、子をなし、そうして陽国の元を作ったと。だが大事なことを忘れていないだろうか。
「気持ちの悪いことをいうな、男二人でどうやって子をなすんだ阿呆め。増えることがない」
そこまで言って柊がなんだか変な顔をしたと思うとサッと顔を青ざめさせ、次の瞬間には顔を真っ赤にして踞った。
「しまった……」
柊が小さくこぼす。今更男しかいないことに気がついたとでもいうのか、阿呆か。
「なぁにがしまっただ、最初からわかっていたことだろう。死ぬまで男二人旅だ、気楽にやるしかない」
「……ちがう」
「何が違うんだ」
柊は顔を真っ赤にしたまま僕の方を睨み付ける。
「私は女だ」
は、という言葉がついて出た。
「まて、首都大学は女性では入学できんだろう。何を突然言い出す。お前、心は女だとか言い出すんじゃなかろうな。流石にそうなっては僕も付き合いきれんぞ」
僕がそう言うと柊はこれまた怒ったようなそれでいて困ったような何とも言えない顔をする。
「君とここに来る前に説明しようと思っていたのだが。いや、その説明をすっかり忘れていた。言ったつもりになってた私が恥ずかしい」
「なんのことだ」
「私は男として育てられた。私が皇居に訪れた際、陛下の隠し子は女児だと複数人に知られていたからな。死んだことにせねばならなかった都合もあり、柊家に預けられた時に男として生きることを強いられた」
「はぁ、何を馬鹿げたことを」
「馬鹿げてなどいない! 皇位継承権がないのは女だからだ。この左腕の装置は女の体系を誤魔化すものだ」
「ちょっと待て。本気で言ってるのか」
「本気だ、見ていろ」
柊は左腕を触り時計に見える何かを外すとすぐ胸元を開いた。確かにそこには女性らしき乳房がある。
「冗談きついぜ」
僕がそう言うと、柊ははぁとため息をつく。
「君も君だ、何も気がつかなかったのか」
「少し気持ち悪く感じていた、男色家かと思ってたくらいだ」
「察しが悪いな」
「無茶いうな。どうやって察しろというんだ。だいたい女顔した男の友人だと思ってたやつが顔通り女でした、なんぞ普段の行いを考えるとどう察せと言うんだ」
柊はまた深いため息を吐く。
「お前が女だと言うことは、ちょっとまて。僕が欲しいとかいうのはお前、いやまさか、部下に欲しいとか唯一の友人だからとかそういうのでは無くて、ひょっとしてあの告白的なあれか」
柊は眼光をさらに鋭くすると、近くに落ちていた石ころを投げてくる。
「痛いんだが、ちょっと落ち着けよ。いたっ 」
「五月蝿い、君は何も聞かなかった。いいな」
「いやしかしだな」
「いいな」
顔を真っ赤にしながら怒気をはらんだ声で言うものだから、僕も閉口するしか無かった。
「いろいろだ、その、しくじりはしたがまぁ良い。これからよろしく頼むよ三笠」
「はいはい、どうせいく宛もないし、元皇女様の面倒見係りとして頑張りますよ」
じろりと柊の目がこちらを向く。頬を膨らませていじけた顔をするから思わず笑ってしまった。
「笑うなよ! わ! ら ! う! な!」
「いつも余裕たっぷりなしたり顔ばかりのお前がそんな顔をするものだからな。笑うなという方が無理というものだ」
「くそぅ、恥ずかしすぎて死にたくなってくる」
柊は踞って顔を手で覆い、うんうん唸り始めた。
踞る柊をよそに、僕は先に投げ込んだ荷物を集めていた。どうやら同じところに繋がっているらしく、荷物は僕たちの近くにあった。
出てきた位置は何もない、鏡はやはり一方通行らしい。
まったく知らない土地に降りたって、その最初がこんな柊のお気楽な悩みから始まるとは、なんともまぁ気の抜ける話だと思う。
しかし、確かに僕達は来たのだ。まったく未知の場所にこうして二人で。
一旦ここまで書き上げましたが、あまりに適当な所が多いので一度加筆修正して一部に全てまとめてしまうかもしれません。