鏡の中へ
「整理はできたのかい」
幾分落ち着いた声で問いかけられる。
「酷い話だ。どちらを選んでも最低最悪だ」
全てを捨てる覚悟がいる。選択は既に決まっている。
「一点不満がある」
「不満か、君の立場なら不満しか残らない話だとは思うけれどね」
それはそうだ、納得できるものか。どうやって死ぬかと問われているようなものだ。可能性の話なら選んだ方のが多少マシかもしれないといった程度だ。
「それはそうなんだが。そういう話ではなくて」
意味がわからないといった感じで柊は眉根を寄せる。
「自分で選んでおきながらなんだが、お前と心中する可能性があるっていうのが不満なんだ」
皮肉たっぷりに言ってやったつもりが、柊のやつは腹をかかえて笑いだした。
「光栄に思ってくれよ。そういう意味では世界で唯一私が選んだ男なんだぞ」
「阿呆、なんでお前なんぞとって思いが強いぞ」
「そう言ってくれるなよ」
「お前の掌の上を転がされてるようで腹立たしい、あぁ腹立たしい」
「そう拗ねないでくれよ」
ふぅと息を吐く。最期の光景がこんな薄暗い部屋になるかもしれないなら、もっと外の景色を目に焼き付けておくんだったなと後悔する。
「思ったより晴れやかな顔をしているな」
「全部捨てると思ったら案外軽いもんだ。親に挨拶の一つくらいはしたかったが。まぁそれも仕方ない」
「君は変なところで思いきりが良いな」
「お前に言われるとムカッ腹にくるな。追い込んだ張本人のくせしやがって」
「また自己正当化してるんじゃないのか、これが生き残る可能性のある唯一の方法だ、とか思って」
柊の頭に拳骨を軽く一発お見舞いしてやった。
「どっちかっていうと諦めの境地だ。どっちにしろ死ぬなら可能性がちょっとでもありそうな方を選ぶ。片道切符の飛行機に乗って敵艦にぶつかりに行くよりかはマシかなくらいだ」
「名誉は良いのか」
「名誉なんぞくそ食らえだ。いろいろ考えた結果死んじまったらなんの意味もないとしか思えなくなった」
「君は単純なのかややこしいのかわからんな」
「少なくともややこしすぎるお前よりマシだ」
「徴兵から逃げ出して山か何処かに隠れすむとか私の後ろ楯使って生き残るって手もあるんだぞ」
「えぇい煩い奴だ。逃げ出してもどのみち見つかっちまうのが落ちだろ。お前の後ろ楯も使わせる気もないのによくもまぁぬけぬけと。お前、一緒に行ってほしくないのか本当は」
「いや、ありがとう。私のせいでとか言われても困るからね」
「ふざけるなよ。お前のせいには変わらないからな。異世界に行った途端死んだらあの世でお前をもう一度殺してやるからな」
「おぉ怖い怖い」
ケラケラ笑う柊につられて僕も不思議と笑っていた。
柊と二人、いくつかの荷物を鏡に投げ込むと、背嚢を背負い込む。
「三笠、これもだ」
軍用銃を渡される。
「実包は背嚢に入っている。短剣と回転式拳銃もベルトについている。何かあったときのためのものだ」
「いきなり獣に襲われて死んだ、では話にならないからな」
一応銃器は戦中なのもあり何度か訓練で触らせてもらっている。まぁなんとかなるだろう。
「準備はいいか」
「まぁな」
柊が突然僕の手を握る。
「なんのつもりだ」
「飛び込んだはいいものの別々の場所に出るかもしれない、一応だよ」
柊はもしや男色があるんじゃないのかと思わないでもない。手を握られるのは些か気分が良くはない。
柊が先陣をきって鏡に右足を入れる。吸い込まれていく柊の手に引かれるように僕は鏡の中に吸い込まれていく。思わず鏡面が顔に触れる瞬間目をつむり息を止めた。