選択する事
「神の国へ行く、か、簡単に言ってくれるな」
一呼吸おくと、少しばかり身体から力が抜ける。思えばずっと気をはりつめていた。
「簡単に言ってるわけではないのだけれどね。君にはそう聞こえても仕方ないかもしれないな」
冗談で言っているのではないということは百も承知だ。無論、柊は既に行くつもりであるということも疑うつもりは無い。
「何故だ。何故こんな結論に至った。お前にはこちらの全てを捨てる意味があるのか」
「私には産まれてこのかた居場所がない。死ぬはずで産まれてしまった命だ。この戦争に敗ければただの人として生きれるかもしれないと思ったこともあった。だけどね、どんなに望んでも産まれは変わらない。この世界に生きる限り陽国の皇帝家を認知する人は消えない。何かの拍子で私の産まれが明かされる可能性も捨てられない。私は皇族の血の呪縛から逃れる術がない」
「がんじがらめに自分を縛っているのはお前自身ではないのか。そうやって自分を特別だからと未来を生きる可能性を捨てている」
「それを君がいうか。産まれの身分によって多くの事を諦めている君が。まして、徴兵され死にに行くかもしれない君が」
嫌になってくるな、こいつは僕の事を多分誰より理解している。そうだ、僕は諦めてきた、それは間違いない。最近なんてもっと酷いものかもしれないな、やけっぱちになっている所は確かにある。
「そうだ、僕は近々死ぬだろうさ。運だけで歩んできた人生だ、ここらでその運もつきたのかもしれないな。いつも諦めてきた。いっそ国や郷里や家族のために死ぬのも良いかもしれんと思えてきたほどだ。だが、これは僕の解決できない問題でお前のそれとは違う。お前は戦争の混乱に乗じて出奔でもすれば良い。お前の母のように」
柊と視線がぶつかる。僕は知っている、あの目は揺るがない目だ。もう決めた目だ。死ぬことを覚悟した徴兵に向かった若者の目と同じ目だ。それでもこいつに考え直させなければならないと僕は考えていた。
「それではダメなんだ。きっと私は皇族の話を聞くたびに耐えられなくなる。この戦争の責任は誰にある?若者を戦地に送ったのは誰だ?」
「全て時流だろう。お前とて戦争がどうしておこったかくらいわかっているはずだ。誰が悪かったと聞かれれば全てだ。理不尽な世界全てだろう」
「それは君だから言えるんだ。この国の最高責任者は皇帝で、私がその子であることにはかわりない。責任を問われるのは私の一族だ。それだけが理由じゃない、私には産まれてから母と居たときくらいしか自由がない。ただの人として生きていきたいんだ。私の産まれを気にしない所で自由に」
何を言ったところで無駄だと言わないばかりの二つの目が僕を射ぬく。
「神の国だかなんだか知らないが、そこに行って生きていける保証はあるのか。こちらの理屈がまったく通じないかもしれない。水もなければ食べるものもないかもしれない。空気すらだ。その先が理想郷などという可能性がどれほどある」
「その時は死ぬだろう。だが、それに何が問題があるんだ。このままここで生きてたところで可能性に蓋をするだけだ。死ぬのと何が違う。いや、私にとってそれは死んだ方がマシだ。もうこの世に未練というものがない」
「そこに僕を巻き込もうとしているのはこの世への未練なんじゃないのか。お前にとって僕がどういう存在なのかは知らないが、友人を連れていくというのは、お前にとって僕が未練なんじゃないのか」
柊がほんの一瞬少し目線を伏せる。動揺を誘えたのかと思ったが、次の瞬間には突き刺さるような視線が返ってきた。
「その通りだ。私にとって君は特別だ。そして君に死んでほしくない。かといって私の知らないところで生きる君もいてほしくない」
無茶苦茶だ、こいつは何を言っているのかわかっているのか。僕の人生を奴の人生に縛り付けたいと言っているのと同義だぞ。
「お前は僕を奴隷にでもしたいのか。僕にお前と心中しろと言っているのか」
顔をしかめる奴はそれでも視線をそらさない。
「君が欲しい。そうだ、私は君が欲しい。君に戦争で無駄死にさせるくらいなら私のために共に生きてほしい」
いかれてやがる。
「冷静になれ。いかれた発言ばかりしやがって。僕の死に場所は僕の自由だ」
僕も引き下がれない。こんな馬鹿げた話にのってやる謂れはない。
「君こそ冷静になれ! 生きることを諦めるな! 何が国のためだ、何が郷里のためだ、何が家族のためだ! 君に自分があるのか! 君はずっと誰かのためにしか生きてこなかったじゃないか。いや君はそれすら気づいていない。あたかもそれが君の歩むべき道であるかのように錯覚している! 誰かの望みを受け入れるための存在じゃないんだぞ君は!」
「僕が僕のために生きていないというのか!」
「そうだ! 生きる可能性を捨てるんじゃない! 私と共にくれば確かに多くのものを捨てることになる。でも、死ぬことより生きることを考えるなら私と共に来るべきだ!勝手に諦めて自分の中で死ぬことすら正当化するんじゃない!」
否定できない、生きることを諦めた。誰のためにだ。国のためにか、郷里のためにか、家族のためにか、いや違う。違うぞ、僕はいつのまにそんな理由を作り上げた。やけっぱちになっていたのは確かだ。だが、いつだ、いつそんな事を考えだした。なんのために生きることを諦めた。僕は実は生きたくないのか。
「酷い顔をしているぞ。また君は自分を騙していたんだ。正当化して、まるでそれが当たり前であるかのように思い込もうとしていたんだ」
思い込もうとしていたのか、どうせ死ぬならと。誰かのためになると思い込もうとして、そうして死ぬことを受け入れようとしていたのか。
「そんな欺瞞捨ててしまえ! 私と共に来てくれ! そして選んでくれ私と共に生きる未来を!」
頭の中が混乱する。そうだ、確かに生きることを諦めないならば、僅な可能性に賭けるならば奴と共に行くべきだろう。
だが、名誉の戦死とやらでこの国に生きる若者と同じ道を選ぶこともできる。
死ぬ事もまた僕が選ぶ自由だ。
奴と共に行ったところで生きていける見込みはあるのか。死にに行くのと何か違いがあるのか。
僕を見る柊の目がふっと力を抜いた。
「すまない、私も君を追い込むつもりは無かったんだがどうするか選ぶのは君だ」
思い返してみれば理不尽な話だ。奴は僕が奴と共に行く選択を選ぶ事を確信している。奴の目が僕に問いかける、生きたくないのかと、抗わないのかと、流れに身を任せていいのかと。
ようやく冒頭に返ってきました。
ぱぱっと異世界に行く方が話が動きますし良いのかと思ったのではありますが、三笠が選択するに至る理由がしっかりと欲しいなと思っていたらこんなことになってしまいました。
どちらを選んでも生き残る可能性というのは少ないと思うのですが、みなさんならどちらの選択をするでしょうか。
自己正当化することで自分を取り繕っている三笠ではありますが、彼も国民の一人であり、無意識に死ぬ事を選んでいたわけです。
思想洗脳とはちょっと違って彼の場合は自己正当化していることもありますが、敗けると全て失うという先入観が強いんです。良くも悪くも面倒くさい主人公ですが、どうぞ今後もよろしくお願いします