駆け引き
残業を終え駅から歩いて帰宅途中、街灯のない小路に入った瞬間だった。
「手を上げろ」
強盗とおぼしきその男はY氏の背中に拳銃を突きつけ小さな声で言った。
だが、Y氏は「本当に手を上げてもいいのか?」とさほど動揺もせずに聞き返した。
「は?何言ってるんだお前、状況がわかってるのか?おとなしく言う通りにしないとお前の心臓に風穴があくぞ?」
「だから本当に手を上げてもいいのかと聞いてるんだ。状況がわかってないのはお前のほうじゃないのか?」
「はぁ?何わけのわからないこと言ってんだよ!今すぐ両手を上げろ!本当に撃つぞ!」
「やれやれ、よく聞けよ?私が着ているこのスーツは強盗撃退用スーツといって両手を上げると、スイッチが入りスーツに仕込まれた複数の小型拳銃から弾丸が飛び出すという仕組みだ。今すぐ死にたいというのなら、両手を上げてもいいが、本当にいいのか?」
「強盗撃退用スーツだと?ふっ、そんな嘘に騙されるわけねえだろ。嘘も休み休みに言いやがれ」
「よ~く考えてみろよ?私は今、いきなり背中に拳銃を突きつけられたんだぞ?仮に嘘だとしたら、こんな嘘をとっさに思いつくと思うか?だが、お前が信じないのなら、両手を上げるしかないな。あの世で恨まないでくれよ?じゃあ、今から両手をあげるぞ」
「ちょっ、ちょっと待った!両手はそのままでいい!上げるんじゃない!」
「ん?上げなくていいのか?私の言うことを信じるのか?」
「ね、念には念を入れただけだ。お前が両手を上げなくても俺が有利な状況は何一つ変わってないからな」
「ふっ、それも違うな」
「何、強がってやがる!俺の銃口はお前の背中にくっついているんだぞ!」
「しょうがない。特別に教えてやるよ。この強盗撃退用スーツの機能を」
「スーツの機能だと?」
「そうだ。特別に教えてやる。まず、このスーツは特殊繊維を編み込んだ防弾スーツだ。お前が引き金を引いたところで弾は私の皮膚まで届かない。そればかりか着弾によりお前に向けて銃弾が発射される。これが2つ目の弾丸発射スイッチだ」
「ぼ、防弾スーツだと?」
「ああそうだ。撃ってみろよ?しかも撃った瞬間被弾するのはお前のほうだがな」
「黙れ!スーツじゃなくて、頭をぶち抜いたらいいんだろっ!頭をぶち抜いてやる!」
「動くな!動いたら、3つ目のスイッチを押すぞ!」
「3つ目・・・だと?」
「そうだ!今、私が両手を突っ込んでいるスーツのポケットの中にもスイッチがあるのだよ!そのスイッチをいつでも押せる状態だっ!少しでも動いてみろ、撃つからな!」
「くっ、撃っても駄目、撃たなくても駄目、俺の負けということか・・・」
「やっと理解したか。その通りだ。私がこの強盗撃退用スーツを着ていた時点でお前に勝ち目などなかったのだよ」
「そうみたいだな・・・なあ、そのスーツ、どうしたら手に入るんだ?普通に売ってるのか?」
「ほ、欲しいのか?」
「ああ。ちょっとな。でも高そうだな。一体いくらするんだ?」
「値段はまだ決まってないんだ」
「えっ、値段が決まってない?」
「ああ。実はまだ試作の段階でね。こうして試作品を自ら着用してるんだよ」
「ってこたぁ、あんたの会社で作ってんのか?」
「ああ。私の会社で開発中の商品だ。会社といっても小さな町工場だがな。ちなみに私が社長だ」
「マジかよ!やっぱ社長さんかよ!どうりで金持ってそうに見えたんだよな。でもまあ、なるほどな。そのスーツ着てたから拳銃突きつけられても顔色一つ変えなかったわけだ。ほんと良い商品だと思うぜ。治安の悪いこの国なら飛ぶように売れるだろうよ」
「そうなればいいが、現段階では何とも言えないよ。何しろ、両手を上げても着弾しても発射しないし、まだまだ改良の予知だらけだから・・・」