チョコ1 気になる彼女
窓の外ではまだまだこんなものじゃないぞというように冬風が吹きすさんでいる。だが、教室の中はうって変わって、テストという地獄から開放されたクラスメイトたちが和気藹々と話し出す。
俺はその中からなぜか彼女を真っ先に見つけた。テストが終わった直後、今なら普通に話しかけられるかもしれない。そう思って立ち上がり、慎重に心を落ち着かせながら近づいていく。
しかし――
「よお! どうだったテスト?」
隣の席のやつに話しかけられてしまった。
「!? お、おう……あー、まあまあかなーなんて」
話しかけられた瞬間、こっちの視線に気づいたのか彼女がこっちを向いた気がする。
俺はとっさに視線を友人に逸らす。
「ん? お前さっきどこ見てたんだ?」
ぎくっとしたが「あはは……なに言ってんだよ」と誤魔化した。
「ふーん、まあ別にいいけどよ」
そう言って隣のやつは席に戻っていった。
ったく、ふざけんなよ。心臓爆発するんじゃないかってまじで思ったぞ。と、そこまで思ってからはっとして彼女の方を振り返る。
彼女はもう教科書などを鞄に詰めて、教室を出て行くところだった。
「…………」
俺は無言で自分の席に戻るしかなかった。
テスト最終日は放課後にきっちり部活がある。だから、きっと下校のときにまた会えるだろう。
だが、おそらくそのときには友達も一緒だろうから話しかけづらい。
くっ……惜しいチャンスを逃した。
ふと、もうすぐ2月だということを思い出した。2月の14日といえばバレンタインだ。できれば、「彼女にチョコもらいたいなあ」などと考えていると、
「チョコをもらいたいの?」とドアの方から声が聞こえてきた。
視線を送るとそこには、部活に行ったはずの彼女の姿があった。
今度は心臓が飛び跳ねた気がした。
「ふぇ? チョ、チョコ?」
自分でもびっくりするくらい緊張しているのがわかる声が口から出た。
ドクン、ドクン、
心臓の鼓動が彼女に聞こえてしまうんじゃないかと思うほど速く大きくなる。
「う、うん……そう言ったように聞こえたけど?」
また心臓の鼓動がはやまる。どうやらいつのまにか声に出していたようだ。
「もうすぐバレンタインだもんね。やっぱり一個くらいほしいとか思うの?」
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、
お、落ち着け俺! なな、なにをこれしき。ただ、話かけられたくらいじゃないか。
「あ、うん、やっぱり一個はほしいかなー……なんて」
え、なな何言ってんの!!? やばい、ちょうはずい! なんか彼女の顔が愛想笑いみたいになってけど!? え、もしかして引かれた?
彼女の視線が冷ややかなものに感じられてしまう。
で、でもこれは単に俺がネガティブなだけって可能性も…そんな俺の心の葛藤に気づくことなく、彼女は口を開く。
「ふ、ふーん。そうなんだ……」
なんか微妙な反応だった。
え? ちょ、やばくないですか? この反応。
俺が再び考え込もうとすると、彼女は突然思い出したように自分の席に駆け寄る。
机の中から筆記用具を取り出し、それを鞄にしまうと、
「ごめん! 急いでたんだった」と残し教室から去っていった。かと思えば、戻ってきて「チョコもらえるといいね!」と言ってまた走り去る。
彼女がいなくなると教室は静寂に包まれた。俺はしばらく顔を赤くしてボーーとしていた。
いつのまにか俺が考え込んでいる間に騒がしかったクラスメイトも担任の先生もいなくなっていた。一人、俺だけが席に座ってなにかを考え込んでいる。普通におかしな人みたいだ。
だが、重要なのはそこじゃない。つまり、さっき彼女と俺は一対一で話していたということだ。俺はきっとこの日の事を一生忘れないだろう。まるで俺がヘタレみたいだな……否定はしないけど。
聞き慣れた5時を知らせるチャイムが鳴る。
ここで俺はなにか大事なことを忘れているような不安に襲われる。
そういえば、彼女は美術部だったはずだ。あー、なるほどだから筆記用具をとりにきたのか……ん? 部活?
「あ!」
そうだった。テスト最終日の放課後には容赦なく部活がある。そしてそれは俺も同じ……。
俺は鞄に机の中のものを適当に詰め込むと、部室に向かって走り出した。
ふと脳裏を『廊下は走らない!』の張り紙がよぎった。
こういうときにばっか思いだすんだよなあ。余計なことを考えながら走っていたせいか気づくのが遅れた。部室の前にたどり着いてからやっと思い出した。そうだよ。今日は部活の活動曜日じゃないじゃん。なにこの二重の罠。
「……はぁ……はぁ」
そのときの俺は息切れしていたのと自分に対する呆れで何も言えなかった。こんなんで彼女と話せるようになるのだろうか。その前に誰かにとられちゃったりして……。
不安を吐き出すように深いため息が口から漏れた。