空樹の町8
薄暗い部屋の中で、キンキは目を覚ました。頭には厳重に包帯が巻かれ、ベッドに寝かされている。まだ後頭部に痛みはあるが、動けない程ではない。
顔を傾けると、椅子に座った男が目に入った。ユイガだ。キンキの心臓が大きく跳ねた。ユイガは目を閉じてうつらうつらしている。チャンスだ。
立ち上がろうとしたキンキは、左手の手錠を引かれ、動きを止めた。手錠から伸びた鎖は窓枠につながっている。目一杯手足を伸ばしても、ユイガには届かない。
キンキ配下の空樹守備隊二十三名はどうなったのか。塔都魔法士の反撃はまだか。気になることが多すぎる。
突然、ユイガがうめき声を上げ、キンキは慌ててベッドに戻った。ユイガは険しい顔で両手を握り締めていたが、
「エシャ、エシャ! 」
と喘ぐような声を上げると、宙に向って手を伸ばし、目を開いた。額にはびっしりと汗が浮かんでいる。
ユイガはしばらく荒い息を吐いていたが、キンキに見られているのに気づき、顔を顰めた。
「ユイガ先輩、魔法言語の習得に苦労していた私に、分かりやすいテキストをメールで送ってくれましたよね。あれ、すっごくうれしかったんですよ。」
「黙れ。」
「研究室で飼ってた亀が死んだ時、先輩、隠れて泣いてましたよね。そんな先輩が、何故――」
「涙など忘れた。」
ユイガは眉根を寄せて立ち上がった。部屋を出て行く。
キンキは机の上に、ユイガが聞いていたのだろうラジオが残されているのに気がついた。手を伸ばして掴み、スイッチを回す。ラジオでは、知己の魔法士達の名前を読み上げていた。それが、魔法タワー崩壊の犠牲者であると知った時、キンキは顔色を失った。
塔都の中心に広がる深い森。その一角に、塔都を統べる王の館があった。
「入るがよい。」
玉座に涼やかな声が響く。ハジャ魔法長は大広間に入ると、平伏した。
「そう畏まらずともよい。ここにはそちとわらわしかおらぬ。もっと近う。」
ハジャはいざって十メートルの距離を縮めた。
「もっと近う。」
「恐れながら、私の身分では、これより先に参ることはなりません。」
「ほんにハジャさんは真面目やなあ。」
御簾が開いて、緋袴の少女が現れた。足早に進んで、ハジャの目の前に腰を下ろす。
「この度は、十三名もの部下を亡くされたとか、ほんにお悔やみもうしやす。」
わずか十二にしてこの都を統べる王。タキ女王はハジャの前で頭を下げた。
「勿体のうございます。」
ハジャは体を震わせた。
「こんな時にお呼び立てしたのは他でもありません。在塔魔軍が塔都空樹を攻撃しはるいう話、ハジャさんはご存知でっしゃろか。」
ハジャは思わず平伏していた顔を上げた。
「やはりご存知あらしゃいませんでしたか。」
タキは立ち上がると、部屋の脇の障子を引いた。窓の向こうには木々が広がる。その向こうには空樹の先端が覗いていた。
「臣下の中には、魔法連合の支配下に入った方が良いと言う者もおります。わらわには、何が正しくて何が間違うているのか、ちっとも分かりませんのどす。」
タキは月光を背に振り向いた。燭台の灯りが、タキの肌を紅く照らした。
「ハジャさん。この都はどうなってしまいますのやろ。」
先代の王がみまかられる直前まで案じておられたのが、遅くして授かった一人娘、タキのことだった。陛下はハジャを枕元に呼び寄せ、おっしゃった。タキを頼む、と。
ハジャはがばと平伏し、腹の底から奏上した。
「ご心配には及びません。この都はハジャが命に代えてもお守り申し上げます。」
翌朝、ハジャは馬車で、塔都の西、ジョージに駐屯する、在塔魔軍の基地を訪れた。
在塔魔軍は塔都も加盟する魔法連合配下の部隊で、立場上は友軍である。ハジャは魔道具一式を携帯したまま、基地内へと入ることができた。
基地の兵士達はユイガによる反乱を受けて慌しく動き回っていた。屋外では大型の魔道具を積んだ荷車が行き交い、屋内ではそこかしこで電話が鳴り響いている。ハジャは案内役の兵士数名に付き添われ、基地の奥にある赤絨毯を進んだ。
兵士の中に、見覚えのある顔を見つけ、ハジャは声をかけた。
「君は、ウカ君だね。お父様にはいつもお世話になっているよ。」
ウカの父は塔都の大物議員だ。したたかな狸親父で、いつも手を焼いている。
「はっ。どうも有難うございます。」
ウカは満面の笑みで頭を下げた。息子の方は狸ではないようだ。
突き当たりの部屋に入ると、頬に銃創のある、いかつい顔の将校が立ち上がった。在塔魔法連合軍司令官、ガデン中将。軍人にしては小柄だが、でっぶりとした腹と何よりその眼光が威圧感を振りまいていた。
ガデンはハジャのことを面白そうに眺め、椅子を勧める。自らもどさりと長官椅子に体を沈めた。机の引き出しからウイスキーのボトルを取り出し、掲げる。
「駆けつけに一杯どうかね。」
「いえ。」
ハジャが手をかざすと、自分のグラスだけを取り出し、注ぐ。
「して、今日の用件は? 」
ハジャは身を乗り出した。
「在塔魔軍が塔都空樹を攻撃すると伺いましたが、本当でしょうか。」
「ああ、その通りだ。友軍が攻撃を受けたのに、黙って見ているわけにはいかんだろう。」
「中止して頂きたい。」
ガデンは片頬を吊り上げた。
「塔都政府から内諾はもらっている。」
「塔都の防衛に関しては、私が全権を有しております。私の同意なく、貴軍が塔都国境を越えるのは、魔塔条約違反となります。」
「そう主張するのはご勝手だが――」
ガデンはウイスキーをあおった。
「違反だからどうすると言うのかね。」
ハジャは絶句した。
「魔塔条約を破棄し、魔法連合から脱退するか。止めはせんよ。魔法連合軍本体を相手に、君達が何日持つかな。」
「つまり、貴殿には、魔塔条約を守る意志がないということで宜しいな。」
ハジャはガデンを射殺しそうな目で睨んだ。周囲の魔法士達が一斉に、魔道具に手をかける。ガデンは手を上げて周りを制した。
「そうは言っておらん。わしは、政府の承認があれば、君の同意は必要ないと解釈しておる。過去に君の同意を求めてきたのは単なる慣習にすぎん。つまりだ、この件はいくら話しても水掛け論だということだ。」
ガデンは二杯目の酒をコップに注いだ。
「こういう時、事態を解決する良い方法をわしは知っておる。」
ガデンは魔道具に手をかけ、
「トップ同士が直接やりあって決めるのよ。」
起動させた。これで、ガデンは、いつでもハジャを殺すことが可能だ。
「津波のガデンと斬鉄のハジャ。どちらが強いか、白黒はっきりつけてみんか。」
部屋から一切の音が消え去った。ハジャは動き始めた右手を握りこんで止めた。
「冗談だ。」
ガデンは魔道具の電源を落とした。
「我が軍は本日午後五時をもって、塔都空樹に『天竺津波』をしかける。これは決定事項だ。それまでに、住民の避難誘導をお願いする。」
「それでは急すぎる。せめて――」
「早く戻って避難誘導を開始しないと、間に合わなくなるのではないかな。」
ガデンが津波の予定進路図を差し出す。ハジャは感情を押し殺して受け取ると、席を立った。靴音を響かせて廊下を急ぐ。在塔魔軍の攻撃は八時間後に迫っていた。
ジョージの在塔魔軍からオシアの塔都空樹までは約二十キロ。大事を取るならその間の住民を全て避難させるべきだが、そんなことは不可能だ。
塔都には、そこかしこに、大戦前に整備された『砂利街道』が残っている。そのうち最長のものは、ジョージからシンジやアキハを通ってイチカまで続く、『中央砂利街道』だ。在塔魔軍が立案した津波による攻撃計画は、その大半がこの中央砂利街道を利用したものだ。その間は、『天竺津波』が砂利街道をはみ出さないことを祈るしかない。
だが――
ハジャは地図に目を落とす。
アキハの東、リョーゴの町から、予定進路は砂利街道を外れ、街中を北東へ突き進む。家も学校も病院も関係なし。リョーゴ、オシア間の二キロを太い直線が蹂躙していた。
ハジャは馬車を飛ばして城壁を越え、塔都の西の果て、オギクの町に入った。オギク砦の司令官室へ乗り込み、驚く一同への挨拶もそこそこに、全部隊へ命令を発した。
「オギク、シンジ、及びその他の西塔都に展開する全部隊は、ジョージ―リョーゴ間の中央砂利街道を通行中の住民の排除に当たれ。一人たりとも中に残すな。
それより東に展開中の全部隊は、リョーゴに集結せよ。」
馬車へと戻ろうとするハジャに、魔法士が声をかけた。
「魔法長、国境警備にはいかほどの兵を残しておきますか。」
「ゼロだ。」
ハジャの答えに魔法士は絶句した。
「奴らが本気で塔都を落としに来たら、警備兵の二十や三十など、いてもいなくても変わらん。」
ハジャは馬車で直接リョーゴへと向かい、住民立ち退きの陣頭指揮を執った。
塔都住民には大戦の英雄、ハジャ魔法長の威光が染み渡っている。大半の住民は、ハジャが立ち退きを要請すると、平身低頭で受け入れた。だが、中には、柱に体を縛り付けたり、油をかぶって焼身自殺をするぞと脅したりして抵抗する者もいて、手間取らされた。
「あら、随分お疲れのようね。昨晩頑張りすぎちゃったのかしら。」
場にそぐわぬ艶っぽい声に、ハジャはこめかみを引きつらせた。
「シュチ副長。今頃お出ましとは良い身分だな。」
「お葬式の後飲み過ぎちゃって。だって飲まなきゃやってらんないじゃないの。」
ハジャはそれ以上の叱責を控えた。シュチもまた、医療部の部下を何人も失っている。
「魔法長こそ大丈夫? 弔問だ、部隊の再編成だ何だで、ろくに寝てないんじゃないの。」
シュチが赤字ででかでかと「スッポンドリンク」と書かれたビンを差し出す。ハジャは眉をひそめつつも、「疲労回復」の文字に惹かれ、受け取った。
「・・・・・・肉体よりも、精神的にな。素直に立ち退いてくれた住民も、物陰から、憎悪のこもった視線でこちらを見つめている。やりきれんな。」
ドリンクを飲み干し、ハジャは顔を顰めた。
「苦い。」
同じ頃、在塔魔軍ジョージ基地では、最高幹部だけが極秘ミーティングを行っていた。
口火を切ったのは参謀長だ。
「先日の魔法タワー崩壊の首謀者はユイガ以外に考えられません。魔法タワーに使用されていた総念土容量は50000MC。ユイガはこれだけの念土を操れる魔法速度の魔道具を有していると考えざるを得ません。塔都の誇る超大魔道具『魔界』は、魔法タワーに設置されているというのが定説でしたが、極秘裏に塔都空樹に移されていたのかも知れません。『魔界』の魔法速度は64000MFですから、ちょうどつじつまが合います。」
MFは1秒間に1MCの念土を100m直線的に動かせる魔法速度を表す。1MCの念土を自在に動かすには、概ね1MFの魔法速度が必要とされる。
「ジョージ基地に貯留されている念土は45000MC。もし参謀長の言うとおりなら、我々の『天竺津波』は、計算上ユイガに受け止められてしまいます。」
「しかも、塔都の魔法士共が市民の避難誘導を始めたことで、ユイガが我々の計画に気づいた恐れがあります。やはり、昨晩のうちに奇襲攻撃をかけるべきでした。」
重苦しい空気が流れる。その空気を、ガデンの笑い声が打ち破った。
「お前らは足し算も出来んのか。ユイガが持つ『魔界』が扱える念土が64000MC。なら、それ以上の念土をぶつければええ。48000MPの『聖戦』に在塔魔軍の全魔道具を合わせれば108000MPぐらいにはなるだろ。」
「しかし、肝心の念土が45000MCしか――」
「念土ならここにあるだろうが。」
ガデンが指揮棒で地図を叩く。全員が息を飲んだ。
午後四時五十分。ハジャ達は塔都空樹の西、西オシア地区の封鎖を完了した。シュチ率いる別働隊は、住民達をイチカの難民キャンプへと誘導している。ハジャ率いる部隊は空樹とは川を挟んだ対岸に位置する詰め所から、事態の推移を見守っていた。各々魔道具は起動させてある。もしユイガが逃げ出してきたら仕留める腹積もりだ。
五時一分。オギク砦から津波確認の一報が入った。高さ四十メートル。幅十メートル。ジョージ基地の全念土を使った攻撃。概ねハジャの予想通りだ。
五時六分。今度はシンジ分所から連絡が入った。高さ、幅、共に変わらず。詰め所内に、期待と不安が入り混じった、じりじりとした空気が流れる。何人かの魔法士が立ち上がり、歩き回るが、ハジャは空樹を凝視したまま動かない。
だが、五時七分。砂利街道が大きく南へ曲がるセンダ付近で警戒に当たっていた魔法士から、緊急連絡が入った。カーブを曲がりきれなかった津波の一部が砂利街道からあふれ、南方へ流れています、と。
「いかん! 」
ハジャが立ち上がり、叫んだ。
「ロッポ付近で警戒中の全魔法士を急行させ、ガイエ通りから通行人を排除せよ! 」
ハジャは歯噛みして続けた。
「やつらは魔法タワーの残土を津波に加えるつもりだ。」
五時九分。魔法タワーの跡地の念土は、在塔魔軍魔法士の操作によって流れ出し、逃げ遅れた通行人を巻き込みながらガイエ通りを猛スピードで北上。アキハ付近で先行していた津波に追いつき、膨れ上がった。
そして五時十二分。
オンコは塔都空樹のわずか東に位置するオシア病院の廊下を歩いていた。
ここにたどり着くまでは長い道のりだった。メッシに地図を書いてもらったオシア地区の充電スポットでフル充電にしたオンコは、ガシンを探すべく、ロッポ地区の病院へ向った。どの病院も魔法タワー崩落の怪我人で満杯だ。だが、先に入院したはずのガシンの姿は見当たらない。ベッドを空けるため、容態が安定していた患者の幾人かが転院させられたらしい。
ようやくガシンが最初に入院していた病院を探し当てたオンコは、転院先を聞いて脱力した。ガシンが転院したのは、オシア病院だという。そこは昼前までいた、オシア地区の充電スポットだった。
オンコは階段を上がる。病院にも関わらず、受付には誰もいなかった。それどころか、今まで、医者や看護士はおろか、患者の姿すら見かけない。ユイガの宣言を受けて、早めに避難したのかもしれないが、ロッポ地区には、まだある程度人の姿があった。この人のいなさは異常だ。そういえば、ここへ来る途中で魔法士が警戒線を引いていた。塔都空樹近くは危険なので、魔法士達が避難させたのかも知れない。
オンコはスリッパをぺたぺた鳴らしながら、病室を見て回る。ある部屋では、机の上の病院食が食べかけのまますっかり冷めており、ある部屋にはカルテが散乱していた。
最後に覗いた西向きの病室で、オンコはベッドに横たわったガシンを見つけた。体のあちこちに包帯が巻かれ、右腕には点滴の管が刺さったままだ。口元を確かめると、呼吸はしている。だが、オンコが呼びかけても反応がない。
その時、窓から差し込んでいた西日が陰った。窓の外を見る。オンコは数秒間、自分が見たものが理解できなかった。
塔都空樹の半分ほどの高さの黒い壁がこちらに向って突進してくる。
オンコはへなへなと床に座り込んだ。速さ、高さ、幅から計算して、オンコがどの方向へ全力で逃げても逃げ切れないのは明らかだった。
オンコは静かな気分でそのことを受け入れた。念土人形の自分は、毎月エンリにバックアップを取ってもらっている。体がここで壊れても、また復元してもらえば良い。
オンコが椅子に腰を下ろした時、手首の桃色のハンカチが目に入った。
「必ず帰って来てね。」
みんなの声が再生される。それに対し、自分は何と言った。
「二人を探し出して、明後日の十二時までには、三人揃ってここに戻ってくる。」
オンコは立ち上がった。自分にはあの大津波を止めるすべはない。だが、ガシンなら、塔都魔法士試験で二次試験まで残ったガシンなら――
「ガシン。目を覚まして! 」
オンコはガシンに取りすがって揺さぶった。ガシンの容態がどうだろうが関係ない。このままではどうせ二人まとめて死ぬのだ。それならばやるだけやって死んだ方が良い。いや、生きるんだ。
「見たこともない大津波がこちらに迫っている。何とかできるのはガシンだけだ。」
ガシンは目を覚まさない。心が折れかける。まだだ。まだ、津波の到着までは数十秒あるはずだ。
「お願いだ。目を覚まして一緒にみんなの所に帰ろう。」
オンコは渾身の力でガシンを揺さぶった。
「ガシンーーーーー! 」
塔都空樹から西に二十キロ。在塔魔軍司令官、ガデンは、その様子を、中庭に設置された巨大スクリーンで眺めていた。大戦前の投影魔法だ。両手は操作盤の上をめまぐるしく動き回り、崩れかけた波を整え、最高のダメージを空樹に与えられるよう調整する。
空樹の直前。ガデン率いる三百名が操る超大津波魔法『天竺津波』は一際高くその鎌首をもたげ、空樹の喉首へ襲い掛かった。
「小賢しいテロリストめ。砕け散れ! 」
ガデンは吼えた。
その瞬間。『天竺津波』の動きが止まった。塔都の誇る高速演算魔道具、『魔界』が『天竺津波』の一部の支配を奪い取ったのだ。未だ、在塔魔軍が押さえている念土との間で押し合いが始まる。
「基地内の全魔法演算能力を『天竺津波』につぎ込め。魔道具がいくつ焼き切れても構わん! 」
ガデンが全軍に指令を送る。
50mプールの中央に置かれた『聖戦』がうなりを上げた。魔法演算によって発する熱で、プールに浮かべられた氷が見る間に融け、湯気が立ち上る。
たちまち増強された演算が、中央砂利街道を光の速さで走って『天竺津波』へと到達する。均衡が崩れ、『天竺津波』の先頭が空樹の柱にのめりこむ。
「押しつぶせ! 」
ガデンは勝利を確信した。
その瞬間、ガデンの魔法具が画面上に奇怪な文字列を流し始めた。同時に、通信機に、部下達の混乱した声が飛び交う。
「何だこれは! 」
「魔法具が乗っ取り攻撃を受けています。」
「魔法具の制御が利きません。」
「電源、落とせません。」
ガデンの両手にどっと汗が吹き出た。
魔法具の画面に不敵な笑みを浮かべた男が現れた。
「在塔魔軍司令官、ガデンさんに一つ確認したい。在塔魔軍の兵士の皆さんは、全員人間スキャンを受けていますよね。」
「それがどうした。」
「それは良かった。」
画面の向こうの男――ユイガは胸に手を当てた。
「心置きなくあなた方の肉体を滅ぼすことが出来ます。」
画面からユイガが消える。と同時に、物見台の兵士が叫んだ。
「大津波がこちらに向ってきます。信じられない速さです。今、アキハを通過! ああっ、もうシンジに迫っています! 逃げろ! 」
兵士が持ち場を離れて転がらんばかりにはしごを降りる。中庭に集まっていた兵士達はパニックになった。我先にと正門へと殺到し、方々で将棋倒しになる。
ガデンは司令官室へ戻ると、棚からウイスキーを取り出した。階段を下り、中庭へ向う。
中庭はもぬけの殻になっていた。ガデンはやれやれと首を振る。
「馬鹿な奴らだ。どうせ逃げても間に合わんものを。」
中庭の片隅に、一人の新兵が腰を下ろしていた。腰が抜けてしまって動けないのだ。ガデンはその新兵――ウカの前に腰を下ろすと、杯を握らせた。ぶるぶる震える杯に、ウイスキーを流し込む。自分の杯にも注ぐと、グラスを合わせた。
「貴殿は運が良い。こういう時のために取っておいたとっておきだ。」
ぐっと飲み干すと、喉が鳴った。
「実に愉快な戦だった。最期にこんな、ひりひりする大戦が出来た。」
耳を聾する轟音が迫る。ガデンは口角を上げた。
「本望だ。」
ユイガの放った大津波は、在塔魔軍ジョージ基地を飲み込み、壊滅させた。