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念土遊戯  作者: 東雲長閑
7/11

空樹の町7

     第二部


 ユイガ逃走から一夜明け、魔法タワーは普段通りの姿を取り戻しつつあった。ユイガ以外の囚人は全員牢に戻され、壊れた建物も、魔法によって既にほとんどが修復済みだ。魔法省の業務は、塔都の治安維持や土木工事から、魔法の研究開発まで多岐に渡る。魔法タワー勤務の魔法士や配下の職員百名は、その朝も粛々と、デスクワークに励んでいた。

 午前十時十七分。魔法タワーに激震が走った。タワー最上階の執務室にいたハジャ魔法長は、衝撃で椅子から投げ出された。

「何事だ。」

館内通話機を取って管制室へ問い合わせる。

「砲弾が三階の道場に着弾しました。」

オペレーターの声が上ずっている。

「魔法タワーが何者かに砲撃されました。あ、また来ます。西方から飛来物。五秒後に着弾! 」

魔法長は執務室を突っ切ると、窓ガラスを蹴破って外へ飛び出した。自由落下をしながら、前方を凝視。砲弾を発見。距離百メートル。

 ローブを翻らせながら、魔道具を起動。タワーの外壁を解体して念土を生成。再構築してワイヤーを生成。体を支えつつ、もう一端を走らせて砲弾に絡み付ける。渾身の力で引いて砲弾の軌道を逸らす!

 砲弾はタワーの側面をかすめて、無人の広場に着弾。爆発した。

 魔法長はワイヤーを縮めて執務室へと帰還すると、再び内線電話を取った。被害状況を確認していったん通話を切り、医務室へと電話をかける。

 十コール目で、不機嫌そうな声が応答した。

「せっかく気持ちよく寝ていた所を叩き起こした不埒者はどこのどなたかしら。」

「勤務中に寝るんじゃない。」

「あら、魔法長じゃない。わざわざ電話をかけてくるなんて珍しいわね。性病でも、うつされた? 」

魔法長は電話を叩き切りたくなるのを堪えた。

「現在、魔法タワーは何者かの砲撃を受けている。発射先は西方、シンジ地区周辺だ。シュチ君には現場に急行して、発射先にいるテロリストを叩いて欲しい。」

「えー。そんなの魔法警察の連中か、チョトツにでもやらせなさいよ。」

「魔法警察の面々は、ユイガの捜索で出払っている。チョトツ戦士長は先ほどの砲撃が直撃して重症だ。」

「全く、こんな時しか役に立たないのに、真っ先に戦闘不能になるなんて、使えない男ね。それにしたって、医局部の私よりも適任がいるでしょう。」

「これはシュチ医局部長ではなく、シュチ魔法副長へ頼んでいるんだ。」

深々としたため息に続いて、

「やれば良いんでしょ、やれば。」

という声と共に、通話が切れた。魔法副長は性格に問題があるが、魔法士としては優秀だ。例えユイガが相手でも、互角に戦えるだろう。

 魔法長はワイヤーを使って屋上へ飛び移ると、西方を睨んだ。再び飛来した砲弾を、絡め取り、広場の人がいない場所へ叩き落す。

 『斬鉄舞線』。左手の高速魔法具操作と、右手のワイヤーコントロール。二つが合わさって初めてできる神技だ。

 魔法長は断続的に飛来する砲弾を叩き落し続ける。だが、やがて、その顔に疑念が浮かんだ。魔法タワーを本気で落とすつもりなら、攻撃が単調すぎる。砲弾に気を取られている隙に、突入をかけてくるつもりかとも思って、気を配っていたが、その様子もない。まるで、魔法タワーを落とす気はないような・・・・・・

 魔法長は振り返って塔都空樹を見た。屋上の電話を取って管制室へ繋げる。

「メッシを塔都空樹に向わせろ。」

受話器の向こうで慌しく確認の声が飛び交った。

「メッシ前空樹長は現在休暇を取っておりまして、連絡がつきません。」

「それならせめて、空樹に警戒を強めるよう連絡しろ。」

「――つながりません。オシア地区付近の電話回線が何者かに切られた模様です。」

魔法長はガシャンと受話器を置いた。飛んできた弾丸を上空に打ち上げ、念土の塊をぶつけて爆破させる。魔法長の周りに火の粉が舞い散った。


 同じ頃、塔都空樹に一人の来訪者があった。エンリだ。門番はすげなく追い返そうとしたが、エンリは空樹長と会うまで帰らないと、柱につかまって抵抗している。根負けした門番が、キンキ空樹長代理に連絡を入れ、キンキが飛んできた。その場で話を聞こうとするキンキをエンリがにらみつけた。

「空樹長は遺族との話を立ち話で済ませるおつもりですか。」

キンキは顔を曇らせた。ユイガの脱獄以来、各施設の警備は強化されている。民間人を空樹内に入れるのは好ましくない。

 だが、空樹長は決して空樹から離れてはならぬという命令も受けていた。有無を言わさず追い返すこともできる。でもこんな時エシャ先輩なら――


「ねえ、キンキ。魔法士の仕事で一番大切なのは、魔法の技術でも強さでもない。住民と誠実に向き合うことだよ。キンキはきっと良い魔法士になれると思う。」


 キンキは心を決めて頷くと、話を聞くためにエンリを空樹内へ招いた。

 塔都空樹は三層の防壁によって守られた、堅牢な要塞だ。外側に堀をめぐらせ、その後ろには高さ百メートルの堅固な外壁が控える。キンキはエンリを伴って、堀にかけられた跳ね橋を渡り、跳ね橋が上がりきるのを待って、外壁の扉を開け、中に入った。ボディチェックを受け、厚さが三十メートルもある外壁の下を抜けると開けた空間が見えてきた。

 百メートルの幅で、空樹本体を取り囲むように位置する砲撃帯。これこそが、塔都空樹をして難攻不落の要塞と言わしめる最大の要因だ。砲撃帯内には、一切の念土が存在せず、魔法士と言えど、大規模な防壁を築くことが出来ない。空樹本体、及び外壁には、一万の機関銃と千の大砲が睨みを聞かせ、砲撃帯内に、未登録者が侵入するや、自動的に一斉に火を噴くシステムとなっていた。

 砲撃帯の手前で、キンキは足を止めた。傍らの受話器を取って、砲撃帯の警備システムを自動から手動に切り替えさせる。自動のまま進んでしまえば、未登録者のエンリが蜂の巣となってしまう。未登録者を登録できるのは、空樹本体にある人間スキャンシステムだけだ。

 キンキは足早に砲撃帯を歩き始めた。歩くのが遅いエンリとの距離が開いてしまい、キンキは立ち止まった。

 その瞬間、空樹内に警報が鳴り響いた。

「正門付近から侵入者。正門付近から侵入者。総員迎撃せよ。」

続けて、近くのスピーカーからオペレーターの声がした。

「魔法士に外壁を突破されました。自動警備システムへの切り替え許可を願います。」

「待て。」

キンキは叫んだ。今、自動警備システムを発動したら、エンリが撃ち殺されてしまう。

 外壁からロープを使って侵入者が飛び降りてくる。ここから空樹本体まで五十メートル。エンリを運び、ロックを解除している余裕はない。

「侵入者は私が責任を持って食い止める。総員手動で侵入者を狙い打て! 」

キンキはハンドガンを手に前に進み出た。侵入者は二枚の盾を構え、降り注ぐ弾幕を受け止めつつ走ってくる。キンキは膝をついて、盾と地面の隙間を狙って撃った。地面に当たる。二発目。盾に弾かれる。相対距離十メートル。キンキはじっくり狙って三発目を放った。侵入者が体勢を崩す。キンキは脇に回りこむと、侵入者に銃を突きつけた。

「武器を捨てて腹ばいになれ! 」

侵入者が顔を上げる。キンキは顔を曇らせた。

「ユイガ先輩。どうしてまたこんなことを。」

ユイガは薄く笑った。

「キンキ。君はエシャの後継者だったな。」

「それが何です。」

「詰めの甘さがそっくりだと思ったのさ。」

その瞬間、キンキの後頭部にエンリが瓦礫を振り下ろした。キンキは昏倒した。

 ユイガとエンリはキンキを人質に、砲撃帯を突破した。司令官を失った空樹守備隊に、ユイガを止める力は残されていなかった。

 ユイガは空樹本体進入後、わずか五分間で塔都空樹全体を掌握した。


 オンコは孤児院で子供達の相手をしながらも、ずっと上の空だった。

「子供達をお願いね。」

出かける前の、エンリの言葉が繰り返し脳内に響く。

 空樹にキドの死の抗議に行くというエンリに、オンコは自分もついていくと主張した。だが、乱闘騒ぎを起こしたオンコがいては、話がこじれるだけだと言われ、引き下がらざるを得なかった。

 オンコは孤児院を出て空樹を見上げる。エンリが出かけてもう二時間になる。無事でいてくれれば良いのだが。

「オンコちゃん。大変、大変。あのユイガが脱獄して空樹を乗っ取ったんだって。今、ラジオで本人がしゃべってるわよ。」

隣の雑貨屋のおばちゃんが太りじしの体を揺らして駆けて来た。慌てて孤児院に飛び込み、ラジオをつける。

「――歴史上、支配階級は、常に富を独占してきました。しかし、そんな支配者達も、命だけは独占できませんでした。いかに絶大な権力を誇る者にも、日々の糧に欠く貧者にも、死だけは平等に訪れたのです。」

 孤児院の子供達が周りに集まってくる。オンコは子供達に腕を回し、ぐっと抱き寄せた。


「しかしながら、現在、塔都を支配する魔法士達は、魔法によって作り出された魔界によって死後も生きながらえています。それでいて、塔都の大部分を占める庶民には、全くその恩恵を与えようとしません。これは、奴隷制をも上回る不平等ではないでしょうか。」

 在塔魔軍指令官、ガデン中将は執務室のソファーにもたれて呵呵大笑した。

「面白くなってきよったわい。」


「私はこれから三日後に、塔都全体を覆う巨大な人間スキャン機を生成。全塔都国民を対象に一斉に人間スキャンを実施し、共に魔界へと旅立ちたいと考えています。魔界には飢えも貧困もありません。格差も差別もありません。誰もが幸せに暮らせる世界なのです。」

 アキハ地区の魔道具店では、誰もが難しい顔で、ラジオに聞き入っていた。

「それで幸せになれるんなら結構なことじゃないか。」

客の一人が声を上げると、店主がかぶりを振った。

「魔界へ行くってことは要は体は死ぬってこと。あたしゃそんなのは嫌だね。」


「魔法士達は、既得権益を守るため、私の計画を阻止しようとしています。彼らは、自分達だけが良ければいいという、哀れな連中です。今から、彼らを一足先に、魔界へと導きます。」

魔法タワー最上階の執務室で奥歯をかみ締めていたハジャ魔法長は、その瞬間、ラジオ放送に奇妙な高周波が混じっていることに気づき、顔色を変えた。館内通話機を掴み、叫ぶ。

「総員退館! 」

その直後、魔法タワーが大きく傾いだ。左右に大きく揺れ続ける。その様は、外から見ると、まるでこんにゃくがくねくねと動いているかのようだったという。

 魔法長は屋上に上がり、ワイヤーでビルを包み込んで崩壊を食い止めようとした。技術部の魔法士達は、何重もの固化魔法でユイガの攻撃を食い止めようとした。だが及ばなかった。

 十分後、五十四階建ての魔法タワーは崩壊した。


 はるか遠くで、魔法タワーが崩れ去るのを、オンコ達は呆然と眺めていた。

 気づけば、周囲のあちこちから歓声が上がっている。オシア地区には魔法士に恨みを持つ人が多い。中にはユイガの名前を連呼し、称える者までいた。

 傍らに立っていた、お調子者のフワが一緒になって歓声を上げている。オンコはフワの頭をはたいた。

「ビルが崩れたということは、中にいた人が大勢怪我したり死んだりしているということ。人の死は喜ぶものではない。悼むものだ。」

 フワはしゅんとなって、ぼそぼそと謝った。

 ユイガの放送はまだ続いている。

「私は皆さんに、魔界へ行くことを強制するものではない。もし、肉の体に未練があり、魔界へ背を向けるというのなら、止めはしない。塔都魔界化の実行日は三日後、十二月二十五日の正午。それまでに塔都を立ち去ってくれ。以上だ。」

放送が途切れ、ざわめきが広がる。オンコは孤児院に飛び込むと、リュックサックを引っ張り出して、日用品を詰め始めた。

「何してるの。」

孤児院の最年長、十二歳のアンシャが訊ねる。オンコはきっぱりと答えた。

「すぐさまここを出て東の千都に向う。みんな、直ちに、荷造りを始めて! 」


 オンコ達五人が孤児院を出たのは三時ごろだった。住み慣れた孤児院を離れるとあって、皆、表情が暗い。特に、キドの弟分で、いつも後をついて回っていたイチイは、最後まで仏壇に手を合わせていた。

 そんな中、お気楽なフワだけは、ピクニック気分で喜んでいる。塔都の向こうはどんなかな、という歌を即興で歌い始めた。皆でその珍妙な歌を声を合わせて歌っているうちに、だんだんと気分が上向いてきた。

 大通りに出ると、東へ向う人たちで、ごった返していた。リヤカーを引いている人も多く、あちこちで押し合いへし合いになり、言い争いの声が飛び交っている。オンコ達はしっかりと手をつないで、じりじりと前に進んだ。

 塔都と隣国、千都の間には、三本の川が流れている。西川、中川、東川だ。一行が最初の川、西川に架かる橋の手前まで来たところで、人の流れがぴたりと止まった。十分経ち、二十分経っても人波は動かない。

「よし、俺が見てきてやるぜ。」

イチイが街路樹にするする登って身を乗り出し、降りてきた。どうやら、橋の手前で、荷馬車が壊れ、道を塞いでいるようだ。

 早くしないと日が暮れてしまう。オンコが代わりの道を思案していると、アンシャがポケットから地図を取り出し、指差した。

「ちょっと南に行くと、千都まで続く砂利街道があるよ。リヤカーが通りにくいから、すいているかも知れない。」

オンコ達は脇道を通って、砂利街道へ出た。土手の上を十メートル幅の道がまっすぐに続いている。砂利といっても、粒の大きなごつごつした石で、とても歩きにくい。こんな石を敷くくらいなら、土がむき出しな方がましだ。だが、今はそれが幸いし、混み具合は北の街道の半分以下。オンコ達はずんずん歩いて最初の橋を超え、歩き続けた。

 だが、中川に架かる橋が近づくと、またもや人の流れが淀んできた。困り顔の人たちをかき分け、前に出ると、橋の袂で、ガラシャツを着た十人あまりのチンピラがバリケードをつくって立ちふさがっていた。

「そこで何をしておるのだ。」

オンコが訊ねると、極彩色のモヒカンを逆立てた、長身のチンピラが寄ってきて、手を差し出した。

「ここを通りたいなら、通行料を払ってもらわんとな。」

チンピラが告げた額は、普通の勤め人の月収近い。とてもオンコ達に払える額ではない。

「何の権利があって、お主らが、通行料を徴収しておるのだ。」

オンコが問うと、チンピラはああん? と声を高めた。

「魔法士のやつらがいなくなっちまったもんでな。誰かがこいつら民衆をびしっと統制とってやらにゃあならんだろう。橋に人が押し寄せて、誰かが落ちでもしたら大変だ。」

チンピラはぽんぽんとオンコの肩を叩いた。

「よく見りゃあ、お前さん、中々の上玉じゃねえか。金がねえんだったら、体で払ってくれても良いんだぜ。」

その瞬間、チンピラの体が消え、一拍遅れて川から大きな水しぶきが上がった。

「体で払うとはこういうことか。」

オンコが訊ねると、激高したチンピラが一斉に襲い掛かってきた。

 立て続けに十本の水柱が上がり、大歓声が上がった。

 オンコ達は橋を渡り、砂利街道を歩き続ける。だが、ここまで黙々と歩き続けてきた、最年少の女の子、マフが遅れがちになってきた。靴を脱がせると、足に出来たマメがつぶれ、血がにじんでいる。一行は、砂利道の中に島のように現れた、石造りの建物で休憩することにした。

 その建物は、やたらと細長く、縦は百メートル以上あるのに、横幅は十メートル程しかない。子供の背丈程もある石造りの台座に、広々とした天井。地下へ降りる階段も見たことがないほど立派だ。

 一方、屋根は粗末なトタン製で、方々に穴が開いており、普通の家のような山型ではなく、V字型をしている。さらに奇妙なことに、この建物には壁が無かった。吹きさらしになっているせいで、柱にはさびが浮き、椅子も汚れてしまっている。建物というよりは石舞台といった様相だ。

 マフの足に包帯を巻き、水筒のお茶を飲んで休憩したオンコ達は、再び砂利街道に降りて歩き出した。だが、休んでいるうちに、すいているとの噂を聞きつけた人たちが押し寄せ、砂利街道はかなり混みあってしまった。その混雑は、東川にかかる橋で最高潮を向かえた。広い河川敷を横切ってかかる橋は、手すりもなく、慎重に進まざるを得ない。オンコ達は、身を寄せ合って圧力に耐えていたが、橋も終わりに近づいた頃、端を歩いていたフワが押された弾みにバランスを崩し、川に転落した。

「フワ! 」

オンコはアンシャに皆を託すと川に飛び込んだ。


 辺りがすっかり暗くなった頃、オンコ達は、千都郊外の町、イチカにたどり着いた。誰もが疲れきっていた。オンコは全身ずぶ濡れで、背負っていた荷物もぐしゃぐしゃだ。フワはイチイの服に着替えたものの、風邪を引いてしまい、足取りがおぼつかない。さらに、アンシャがオンコから預かっていた財布をかつあげされてしまい、所持金は子供達の小遣いだけになってしまった。一同は、再び現れた石舞台によじ登った。辺りは砂利街道が一際広くなっており、二つの石舞台が並んでいる。かつては、多くの人が行き交っていたのだろう。

 石舞台から階段を下りていった一同は、感嘆の声を上げた。石舞台の下はちゃんとした壁のある建物で、広大な空間が広がっていた。太い柱にきれいなタイル。こんな大きな建物を作るとは、製作者はよほどの権勢を誇っていたに違いない。惜しむらくは、建物に窓がないことで、外からの光は、階段から差し込むのみだ。一階の床には大勢の避難民がろうそくの灯りを頼りに腰を下ろしていた。オンコ達も、柱の側の空きスペースを見つけ、腰を下ろす。

 オンコがしょっていた毛布はびしゃびしゃで、何日か干さないと役に立たない。それより前に、夕食を何とかしなくてはならない。しょってきた米を焚くには、まず、薪を確保しなくてはならないが・・・・・・

「オンコ。まずはオンコの服を乾かさないと。」

アンシャが心配そうに見上げていた。

「私のことは大丈夫だ。それより――」

立ちくらみがして、オンコは膝をついた。子供達が驚いて集まってくる。その時、入口付近でドラの音が鳴った。皆の視線が集まる。黒服の牧師が進み出て声を張上げた。

「今から炊き出しを行う。手の空いている者は手を貸してくれ。」

オンコはアンシャに皆を任せると、すぐさま立ち上がり、入口へと飛んでいった。


 炊き出しの握り飯は、難民キャンプにいた者全員にいきわたった。オンコはお握りを握ったり、喧嘩を仲裁したり、鍋を洗ったりと活躍した。

 炊き出しを終え、皆の所へ戻る途中で、オンコは足を止めた。一人のローブ姿の男が、うつむいて壁にもたれていた。髭は伸び放題で、衣服も泥だらけ。先ほどから何度か見かけたが、全く動く気配がない。炊き出しにも来ていない。このままでは死んでしまうのではないか。

「お主、お握りは入用か。」

男がゆっくりと顔を上げた。そのうつろな顔を見て、オンコは顔を顰めた。その男はメッシだった。

 オンコはお握りを引っ込めかけて、思いとどまった。再び握り飯を差し出す。メッシはオンコの顔を認識し、握り飯を認識し、その意味する所を認識して、目を見開いた。

「・・・・・・良いのか。」

「お主のことは嫌いだが、死んで欲しいわけではない。」

メッシは震える手で握り飯を受け取ると、一口一口かみ締めるように食べた。

「済まなかった。」

食べ終えたメッシがぽつりと言った。

「私だって本当は皆の家から念土を奪ったりはしたくなかった。だが、魔法長の命令には逆らえなかった。」

メッシの頭に石の欠片が降り注いだ。オンコの放った拳が、壁面を打ち砕いたのだ。

「じゃあ一体お主は、何がしたくて魔法士になったのだ。」

メッシは言葉につまった。床に視線を落として考える。


 メッシが魔法士になったのは、自分で決めたことではない。物心ついた時から周囲の誰もが、メッシは偉大な父――ハジャ魔法長の後を継ぐものだと決めてかかっており、魔法士以外になるなどと言い出せる状況ではなかった。

 だが、本当に自分はただ周囲に強制されて、やりたくもない仕事をやらされて来たのか。自らの意思で選んだ訳ではないのか。

 メッシが小学生に上がる前。父に連れられて、崩壊前の塔都タワーに上ったことがある。眼下を見下ろす父に、メッシは尋ねた。父さんはどんな仕事をしているの、と。父は答えた。塔都のみんなを守る仕事だ。

 その時、確かに俺は、父のような魔法士になりたいと思ったのだ。


 何かが倒れる音がして、メッシは顔を上げた。目の前で、オンコが仰向けに倒れていた。瞳孔はうつろに開いたままぴくりとも動かない。

 メッシは驚いて、オンコをまじまじと見た。手首を探っても脈動は感じられない。

 メッシはオンコを抱きかかえると建物を出た。屋外に出ると、人通りはまばらだ。建ち並ぶ廃屋の一つをこじ開け、オンコを中に運び込む。メッシはオンコの体の隅々を撫で回していたが、やがて、服の裾を捲り上げた。

「オンコに何しやがる! 」

メッシは後頭部を押さえて悶絶した。振り返ると、十歳くらいの少年が、木の枝を構えてこちらを睨みつけている。その後ろでは、三人の子供が、鍋やお玉など、思い思いの武装で震えている。先頭の少年が木の枝を振り回したので、メッシは慌てて飛びのいた。

「違う。誤解だ。」

「何が誤解だ。ばっちりHなことしようとしていたじゃないか。現行犯だ。」

「私は、彼女を治療しようとして・・・・・・」

「適当なことを抜かすな。お前、医者じゃなくて魔法士だろうが。」

メッシは木の枝を掴んだ。こっそり治療を終えるつもりだったが、真相を話さなくては収まりがつかないだろう。

 メッシは自分のバックから、魔道具用の充電地を取り出した。それから、オンコの腰のカバーを取り外し、バッテリーを引き出した。


「――塔都の中には、大戦前に整備された念土人形の自動充電ポイントがまだいくつか生き残っていてだな、意識的に充電をしなくても大丈夫なんだ。だが、千都にはそんなシステムは無いから、充電切れを起こして倒れてしまったんだ。」

オンコが目を覚ました時、孤児院の子供達は車座になって、メッシの説明を聞いていた。

「オンコが――」

最初に気がついたのは、マフだった。皆でメッシを押しのけてオンコを取り囲む。

「何で念土人形だってこと黙ってたんだよ。」

イチイの言葉に、オンコは目を伏せた。

「済まない。皆に嫌われるんじゃないかと思うと言い出せなかったんだ。」

「全くがっかりだぜ。」

イチイが盛大にため息をつく。

「俺達がそんなことでお前を嫌うわけないだろうが。」

オンコが顔を上げると、四人の笑顔が取り囲んでいた。

「念土人形なんて超格好良いじゃん。」

「驚きはしましたが、嫌う理由にはならないかと。」

「人間でも念土人形でも、オンコはオンコじゃない。」

オンコの目から、生理食塩水が流れた。


 「バッテリーのことを考えるなら、一度、塔都に戻った方が良い。充電ポイントの側で数時間じっとしていればフル充電される。さもないと、千都まで持たない。」

オンコが落ち着いた頃、メッシが声をかけた。

「しかし――」

オンコが困惑して、皆を見回す。気づいたアンシャが口を開いた。

「私達なら大丈夫だよ。ここなら炊き出しもあるし、持ってきたお米もある。」

「悪者が来たら俺がぶっとばしてやるぜ。」

「そうは言うがな――」

「こいつらの面倒なら私が見よう。」

メッシが立ち上がって言った。驚くオンコに、メッシは視線を逸らしてぼそっと付け加えた。

「お握りを恵んでくれた礼だ。」

「いいや、こんな変態の助けは受けん! 」

イチイが立ち上がり、メッシに向けて指を突きつけた。

「変態ではないと説明しただろう。」

「いいや、オンコの服を脱がす時の目つきがいやらしかった。あれは絶対Hなことも考えていた目だ。」

「この餓鬼が。」

にらみ合っている二人を見て、オンコは肩をすくめた。

「それではお言葉に甘えるとしよう。二人とも、皆のこと、宜しく頼む。」

「「まかせておけ。」」

メッシとイチイは拳で胸を叩いた。

「エンリとガシンがまだ塔都にいる。二人を探し出して、明後日の十二時までには、三人揃ってここに戻ってくる。」

「そうだった。エンリのことよろしくな。」

「必ず帰って来てね。」

マフは黙ってハンカチをオンコの手首に結びつけた。

オンコは深く頷くと、塔都に向って走り出した。


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