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念土遊戯  作者: 東雲長閑
6/11

空樹の町6

 一フロアぶち抜きの魔法タワー食堂は、昼食時とあって、多くの魔法士達で混みあっていた。二人は、奥まった所にある予約席に腰を下ろした。

 魔法長がシェフのおすすめランチ、ガシンがBランチを注文する。ウエイターが下がると、魔法長はグラスの水を飲みながら、窓の外へ目を遣った。

「塔都空樹は着々と大きくなっているな。」

満足そうに微笑む。

「ガシン君。塔都空樹建造の本当の目的は何か知っているかね。」

「ラジオ放送のための電波塔だと聞きましたが。」

「それも一因ではあるがね。ガシン君。魔法連合が各地の都市国家から次々と自治権を奪っているのは知っているね。」

「ええ、先日も大都が併合条約に調印したと聞きました。」

魔法長は声を低くした。

「大都に展開していた在大魔軍が移動準備を始めている。次の標的は塔都だ。」

ガシンは飲んでいた水をこぼした。

「塔都の防衛兼監視を行う在塔魔軍の兵力が300。対する塔都魔法士は40。魔法士補を入れても100。塔都魔法士には強力な魔法士が多いから何とか均衡を保てているが、向こうに在大魔軍の300が加われば、情勢は一気に傾く。在塔魔軍司令官のガデンは強引な男だ。建前上は武力併合はしないことになっているが、何をするか分からん。」

「つまり、塔都空樹は隠された機能を持つ、塔都防衛の切り札だと。」

魔法長は黙って微笑んだ。

 食事が運ばれてくる。ウエイターが下がったところで、ガシンが口を開いた。

「しかし、だからといって、市民から家を奪い、幼子の命まで奪っても良いものでしょうか。」

魔法長はステーキを切り分けようとしていた手を止めた。

「何のことかね。」

ガシンがキドのことを話すと、魔法長の顔に怒りが浮かんだ。ベルを押してウエイターを呼ぶと、電話を持ってこさせる。静かな声で命令を発すると、受話器を置いた。

「せっかくの食事が冷めてしまう。ガシン君は食べていてくれ給え。」

だが、魔法長は食事に手をつけようとしない。ガシンもナイフとフォークを置いた。

 気まずい沈黙が訪れる。魔法長は目を閉じ、微動だにしない。

 やがて、メッシとキンキが息せき切って現れた。魔法長の横に立ち、敬礼する。

 魔法長が目を開き、メッシを見上げた。

「塔都空樹の材料に付近の民家から念土を徴収しているというのは本当かね。」

メッシはガシンにちらと視線を走らせると、唇を噛んだ。額に見る間に汗が浮かんでいく。

「それは民衆の噂でして・・・・・・」

「ならば聞こう。塔都空樹の念土はどこから調達しているのかね。」

メッシは何度か口を開きかけたが、言葉が出てこない。魔法長は鷹の様な目でメッシを見据えていたが、ゆっくりと首を振った。

「ただいまをもって、メッシ君の空樹長の職を解く。後任が決まるまで、副長のキンキ君が空樹長を務めることとする。以上だ。」

魔法長はナイフでステーキを切り分け始めた。メッシはその場で肩を震わせている。

「以上だと言っただろう。早く下がり給え。」

「・・・・・・空樹は一ヶ月に十メートル成長させるというノルマがありました。他にどういう手段がありましたか。」

「君はこれ以上私に恥をかかせる気かね。」

魔法長はコップの水をメッシに浴びせた。

「さっさと下がれ。貴様の顔など見たくもない。」

メッシはキンキに引きずられるように、食堂を後にした。魔法長は、

「不愉快な想いをさせてしまったね。さあ、食事を楽しもうじゃないか。」

と微笑んだ。

 ハンバーグはもうすっかり冷めていた。ガシンは何気なく窓の外に目を遣り、意外な人を見つけた。エンリだ。エンリがタワー前の広場に立って、こちらを見上げている。何かの陳情だろうか。

「午後の試験だが、ガシン君には塔都魔法士補の職員と対戦してもらう。キンキ君が相手をする予定だ。彼女は実務は優秀だが、戦闘能力はそれほどでもない。塔都魔法士試験も惜しい所で不合格になっている。普段どおりの力が出せれば勝てるはずだ。」

魔法長は立ち上がり、ガシンの肩を叩くと、

「君には期待しているよ。」

と言って、食堂を後にした。


 ガシンは午後の試験が行われる三階の道場へ向った。エレベーターの使い方が分からないため、三度も三階を通り過ぎてしまい、たどりついた時には、一時前ぎりぎりだった。

 道場ではメッシとキンキが待っていた。対戦相手のキンキに向って礼をする。だが、キンキは困ったような顔で、メッシに視線を走らせている。

「おいおい、ガシン君。君の相手は私だよ。」

メッシが戦闘準備万端整えて立っていた。

「対戦相手は塔都魔法士補だと聞いていたが。」

メッシは一瞬顔を引きつらせたが、

「それなら問題ない。私は魔法士補出身のたたき上げだから。」

皮肉な笑みを浮かべた。

「メッシさん。入省三年以内の若手が相手を勤めるのが慣例です。地区長級の幹部が相手をしたことなどありません。」

「それならなおのこと、空樹長であらせられるキンキ様では相手にふさわしくありません。ただの一職員たる私めが相手を勤めさせて頂きます。」

絶句するキンキに、メッシは卑屈な笑みを浮かべ、ガシンに振り向いた。

「よお、ガシン。俺は昔っからお前のことが気に食わなかった。お前に社会の厳しさってやつを教えてやるよ。」

「同感だ。お前がキドやオンコにした仕打ち、謝ってもらうぞ。」

二人は至近距離でにらみ合うと、道場の両端に分かれて構えた。

「始め! 」

キンキの声が響いた。

 メッシの目の前に『巨人聖掌』が立ち上がり、ガシンに襲い掛かる。ガシンはとっさに『巨人聖掌』を生成し、メッシの掌を迎え撃った。

 二つの掌が激突し、がっしりと組み合う。中央で押し合っていた掌は、ガシンの側に動き始めた。1400MFのガシンの魔法具に対し、メッシは51200MF。じりじり動いてガシンの目の前に迫る。

「押しつぶせ! 」

メッシが叫んだ。瞬間、轟音と共に大量の粉塵が舞った。ガシンの掌がメッシの掌を握りつぶしたのだ。ガシンの掌はそのまま猛スピードでメッシへ殺到する。メッシも掌を再生成し、迎撃するが、ガシンの掌に一瞬で握りつぶされた。ガシンがメッシの『巨人聖掌』魔法の穴を発見し、解体魔法を構築したのだ。

 メッシは掌の突進を食らって十メートルも吹き飛んだ。

 とっさに大量の綿を生成。後ろに敷き詰めて衝撃を殺す。だが、すぐさま迫ってきた掌が襲い掛かる。メッシは盾を生成。横に転がってかわしたが、横なぎの攻撃を食らってまたもや吹き飛ばされる。メッシは防戦一方に追い込まれた。

 幾度目かのガシンの攻撃で、メッシは左肩から床に叩きつけられた。脱臼した肩にギブスを生成。無理やり押し込んで固定させる。

 業を煮やしたガシンは銀盤の大魔法容量を生かし、二つ目の掌を生成。左右からメッシを襲った。動きを封じてしまえば、ギブアップが取れなくてもガシンの勝ちだ。倒れたままのメッシに逃げ場はない。

 だが、二つの掌がメッシを飲み込まんとした刹那、動きが止まった。いくら攻撃命令を送っても、何かに絡め取られてしまったかのように動かない。

 掌を乗り越えて、薄く白いものが広がってくる。それはどんどん広がり、道場の大半を覆い尽くした。

 掌の向こうで、メッシが立ち上がる。その顔には余裕の笑みが戻っていた。

「塔都魔法士でも魔法長と俺しか使えない技、『蜘蛛巣城』だ。大量の蜘蛛糸を生成するのに時間がかかるのが難点だが、一度発動すれば、あらゆる攻撃を封じ、敵を侵略しつくす、攻防一体の要塞の完成だ。ギブアップするなら今のうちだぞ。」

メッシが魔法具を叩くと、蜘蛛の巣の先頭が前進した。三方からじりじりとガシンに迫る。

 ガシンは足元に魔法砲を生成。立て続けに拳大の弾を放つ。その全てが盛り上がった『蜘蛛巣城』に絡め取られた。ガシンは魔法砲を一列に展開し、一斉射撃をかけたが、長大な防御網を破れない。蜘蛛の巣の進行を遅らせるのが精一杯だ。

 遂に蜘蛛の巣の先端がガシンの足元に迫る。ガシンは馬鹿でかいシートを生成。蜘蛛の巣の上に覆いかぶせ、その上に飛びのいた。

 盛り上がった蜘蛛の巣がガシンに襲い掛かる。ガシンは杭を生成。壁に突き立てよじ登る。迫りくる蜘蛛の巣を剣で切り裂いて必死に撃退する。

 だが、前方に巨大な波が立ち上がった。メッシが全蜘蛛の巣をガシンに殺到させたのだ。道場の隅に追い詰められたガシンに三方から蜘蛛の巣が迫る。逃げ場はない。

「終わりだ。ガシン。」

メッシは叫んだ。

「ああ、終わりだ。」

ガシンの声と共に、天井から巨大なものが落下した。それはメッシの『蜘蛛巣城』にぴったりと覆いかぶさり、押さえ込む。先端がメッシを飲み込み、壁に磔にした。

「確かに、生成に時間がかかるのが難点だな。」

ガシンの言葉にメッシは目を見開いた。

「馬鹿な、『蜘蛛巣城』だと。この術式は我が巽家、秘中の秘。お前が使えるはずが――」

「『蜘蛛巣城』などとご大層な名前をつけても、所詮は粘性のある糸を大量に生成するだけの技。似たようなことをやるのはそんなに大変じゃない。」

メッシが射殺しそうな瞳でガシンを睨む。ガシンは静かにメッシを見返した。

「天国のキドに懺悔して詫びろ。」

「・・・・・・塔都空樹を一刻も早く完成させなければ、塔都は魔法連合の餌食になってしまう。あれはやむを得ない犠牲だった。」

ガシンは蜘蛛の巣でメッシを締め上げた。メッシがうめく。

「止めて下さい。勝負はもうついています。」

蜘蛛の巣の塊から顔を出したキンキが叫ぶ。ガシンは大きく息を吐くと、攻撃停止の命令を送った。

 だが、『蜘蛛巣城』の動きは止まらなかった。縦横無尽に動き回り、衝突を繰り返す。ガシンは魔法具の操作盤を必死に叩いたが、何の反応も無い。画面には膨大な文字列が疾走している。魔法具の暴走だ。

 ガシンは魔法具に強制終了命令を叩き込む。利かない。ガシンはバッテリーを引き抜いた。だが、魔法具は内部電源で数分間は稼動する。その前に暴走を止めるには魔法具を叩き壊すしかない。

 ガシンが躊躇する間に、『蜘蛛巣城』は遂に壁に大穴を穿ち、外へ出た。廊下から悲鳴や怒号が上がる。キンキが必死に館内電話で何か叫んでいる。

 ガシンは魔法具を振りかぶり、壁に向って振り下ろした。だが、魔法具が衝突する寸前、蜘蛛の巣が殺到して魔法具を破壊から守った。蜘蛛の巣はそのままガシンを押さえ込み、魔法具から引き剥がす。

 ガシンは驚愕に目を見開いた。今の動きから察するに、『蜘蛛巣城』を暴走させている魔法術式は、自己防衛本能を持っている。そんな高度な術式は聞いたことがない。そんな術式を組めるとしたら、今の塔都ではハジャかあるいは――

 魔法具の残存電源が切れ、ガシン達は『蜘蛛巣城』の拘束から開放された。館内通信を聞いていたキンキが叫んだ。

「地下牢の扉が開いて、受刑者達が脱走を始めているそうです。援護をお願いします。」

キンキは部屋を飛び出していった。だが、メッシは放心したような瞳で動かない。

「使わないのなら借りるぞ。」

ガシンはメッシの魔法具を拝借すると、キンキの後を追った。階段を下りる。一階のロビー付近は、脱走した受刑者と魔法士が入り乱れて大乱戦になっていた。混乱に乗じて魔道具を奪った受刑者がいるらしく、激しい戦闘が行われている。ガシンはロビーを見渡したが奴の姿が見当たらない。

「ユイガはどこだ。まだ、牢内にいるのか。」

ガシンの声に、キンキが答えた。

「ユイガは現在行方不明です。ただし、一階の表玄関と裏口は魔法長と副長が抑えており、事件発生後に出た者はいません。館内にはいるはずです。」

ガシンは思案に沈んだ。常に人の裏をかいてくるユイガが、警備の集中する一階から逃走しようとするはずはない。他の出口へ向ったはずだ。

 そうしている間にも、上の階から、続々と増援の魔法士が降りてくる。階段を上って逃げようとすれば、必ず魔法士と鉢合わせになるはずだ。

 ガシンはロビー中央のエレベーターに目を留めた。その扉には使用中止の紙が張ってある。

 ガシンはワイヤーを生成。エレベーター前へと飛び降りた。扉をこじ開ける。エレベーターは現在、屋上に止まっている。

 ガシンは成長する柱を生成。上に飛び乗って一気に上昇する。エレベーターの床を突き破って扉をこじ開けると、屋上に出た。強い風が吹き付ける。屋上のてすり付近に、ユイガがハンググライダーを手に立っていた。

 傍らの電話に手を伸ばす。管制室へかければ、ビル中の魔法士が殺到し、ユイガを捕らえるはずだ。

 ――そして復讐の機会は永遠に失われる。

 ガシンは伸ばした手を止めた。

 ユイガに目を遣る。まだ、こちらには気がついていない。

 ガシンは『神速聖槍』を生成した。エシャの体を貫いた神速の刺殺技で今度はお前の息の根を止めてやる。

 ユイガは屋上のフェンスを乗り越えようと、足を上げた体勢。もらった!

「ユイガ! 」

ガシンが『神速聖槍』を打ち出す刹那、屋上の反対側で、女性の声がした。ユイガが身を屈める。『神速聖槍』はユイガの囚人服を引きちぎって飛び去り、塔都郊外へ落下して砂煙を上げた。

 ガシンは舌打ちをして、声のした方に視線を走らせた。だが、女性は給水塔の陰に隠れてしまい、姿は確かめられない。

 そんなことよりユイガだ。『神速聖槍』は生成に時間がかかる。ガシンは通常の槍を放ったが、ユイガが生成した盾に弾かれた。

「何だ。ガシンじゃないか。」

ユイガは余裕たっぷりに微笑んだ。

「脱走へのご協力感謝するよ。協力ついでにここは一つ、見逃してくれないかな。」

「ふざけるな。」

ガシンは槍を放つが、再び盾に弾かれる。

「これは、君にとっても悪い話じゃない。何せ、俺の計画が成就した暁には、好きなだけエシャに会えるんだからな。」

ガシンが生成していた魔法砲が念土に還った。

「何だと。」

「俺の計画はな、魔法タワー内の中央魔道具『魔界』に、塔都全体を再現することなんだ。そうすれば、塔都内の誰もが病からも飢えからも開放され、好きな人と安楽に暮らすことができる。もちろん、君だって大好きなエシャといつまでも一緒に暮らすことができるんだ。夢のような話だろう。」

「だが、それは現実じゃない。魔道具内で起きている幻想にすぎない。」

「何を言ってるんだ。君だって、『魔界』内のエシャに会うために魔法士試験を受けたんだろう。どこが違うんだ。」

ガシンは何か言い返そうと口を開いたが、言葉が出てこない。世界がぐるぐる回った。

「たとえそうだとしても。」

ガシンは搾り出すように叫んだ。

「エシャを殺したお前を見逃すことなど出来ない。」

「どうして人は合理的に判断できないのかねえ。」

ユイガはやれやれという風に首を振った。

 ガシンは会話の間に生成を終えていた『蜘蛛巣城』を発動。三方からユイガに襲い掛かる。だが、ユイガの足元一メートルのところで、蜘蛛の巣先端の動きが止まった。波が凍りつくように、蜘蛛の巣全体の動きが止まっていく。

 ガシンはしきりに命令を送っているが、反応がない。

「『蜘蛛巣城』。この技はハジャが使っているのを見たことがある。一度見た技なら、乗っ取ることなど簡単なものだよ。」

ユイガが指を鳴らすと、『蜘蛛巣城』は大波となってガシンに襲い掛かった。ガシンは防壁を築いて防ごうとする。だが、津波のような蜘蛛の巣の前では、紙切れ同然だった。

 屋上に叩きつけられ、ガシンの意識は途絶えた。


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