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念土遊戯  作者: 東雲長閑
3/11

空樹の町3

 十分後。キドの容体が安定し、一同は安堵の息を吐いた。キドが寝ている部屋は、ストーブが置かれていたが、天上に大穴が開いており、応急処置のダンボールの隙間から寒風が吹き込んでいた。

 ガシンは魔法具を取り出すと、端子を穴の縁に差し込んだ。軟盤を差し替え、『壁』を起動。見る間に穴を塞いだ。

 孤児院の子供達が感嘆の声を上げる中、ガシンは黙々とそこら中の穴を塞いで回った。さらには、壁を二重壁にして断熱効果を上げた。その効果はすぐには分からなかったが、いくら炭をくべても薄ら寒いままだった部屋が暖まり、暑いくらいになるに至って、一同、大いに感心し、ガシンを賞賛した。

「ただいま。あれ、お客さん? 」

丸眼鏡の女性が部屋に入ってきた。年の頃はガシンの母親くらい。肩まで伸びた髪はぼさぼさだ。

「こちらはガシン殿。孤児院の修繕をして下さった。」

オンコが紹介すると、女性は目を見開き、まじまじとガシンを見た。

「初めまして。」

ガシンが挨拶すると、女性は戸惑ったように微笑み、

「初めまして。院長のエンリです。」

とお辞儀を返した。

「それで、キドの人間スキャンの件は・・・・・・」

エンリが首を振ると、一同、ため息をついた。

「心配すんなって。俺はそう簡単にはくたばらねえよ。」

いつの間にか布団を抜け出していたキドがガッツポーズしてみせる。キドはたちまちよってたかって布団に押し戻された。

 人間スキャンは大戦前に確立した技術で、言葉通り、体中、脳の隅々までスキャンし、対象者の体型から人格までを丸々保存する高等魔法だ。塔都国民は希望すれば無料で受けられることになっているが、死ぬ前に受けて人格だけでも生きながらえようという希望者が多く、数年待ちの状態が続いている。エンリはキドの容態悪化を理由に順番を早めて貰えるよう、魔法省に嘆願にいったが、窓口でけんもほろろに追い返されてしまったのだ。

「そうだ。修繕のお礼に、晩御飯を食べていって下さいな。今夜のメニューは白菜鍋ですよ。」

エンリの言葉に、子供達が不平の声を上げる。その理由はじきに知れた。鍋の中身が白菜しか無かったからだ。

 見かねたガシンが荷物から干し肉を取り出すと、子供達の目の色が変わった。

「うおーっ! 肉だ! 」

「一ヶ月ぶりの肉だ! 」

「よし、僕がこの肉を切り分けてやるぜ。」

「お前は信用ならん。オンコに切ってもらおうぜ。」

「よし、これできっちり八等分だ。」

「いや、これだけちょっと大きいぞ。」

「この大きいのは俺がもらった。何故ならお兄ちゃんだからだ。」

「年ならエンリやオンコの方が上じゃねえか。」

「みんな静まれ。この肉はもともとガシン殿にもらった肉。ガシン殿が一番大きいのを取るに決まっているだろう。」

子供達の視線がガシンに集まった。

「・・・・・・いや。俺は遠慮する。」

「ようし、その一番大きいやつを七個に切り分けろ! 」

「ちょっとでも大きさが違ったら駄目だからな。」

ガシンは塩を振りかけた白菜鍋をもそもそと食べた。

「ガシン殿。浮かぬ顔だが、何か悩み事でも? 」

オンコが訊ねた。食事が貧相だからだとも言えず、ガシンは光盤以上の魔法庫が必要なことを打ち明けた。

「それがないとどうなるのだ。」

「二次試験は受けられず、不合格になる。」

「何と! 」

オンコは立ち上がった。

「それは何としてもその光盤とやらを探さねばならぬな。」

「あの、光盤というのは、手の平くらいで銀色に光っている薄い円盤のことですか。」

女の子では孤児院最年長のアンシャがおずおずと切り出した。

「そうだが。」

「エンリさん、それ持ってませんでしたか。」

「本当か。」

ガシンが身を乗り出す。皆の視線がエンリに集まった。

 エンリは視線を落とし、真剣な顔で何か考えていたが、やがて、首を振った。

「ごめんなさい。あの魔法庫は、息子の形見で、人にお貸しする訳には・・・・・・」

申し訳なさそうに頭を下げる。

「エンリは息子がいたのか。」

お調子者のイチイが気楽に尋ねた。

「ええ、形見と言っても、まだ生きてはいるようなんですが・・・・・・ もう五年も会っていません。死んだようなものです。あの馬鹿息子が。」

言葉とは裏腹に、エンリは愛情あふれる目で、遠くを見ていた。


 「おやすみなさい。」

ガシンとオンコは孤児院を出た。底冷えのする寒さにガシンはコートの襟を合わせた。

 道の先には月を背に、建設中の高い塔のシルエットが見える。

「こうして見ると、中々立派な塔だな。」

ガシンが言うと、オンコは顔を曇らせた。

「何が立派なものか。あの塔――塔都空樹の材料が何か知っているか。」

「念土だろう。」

「そうだ、その念土は付近一帯から狩り集められている。この辺の家が軒並みぼろぼろなのは、塔都空樹に念土を引き剥がされたせいだ。」

ガシンは足を止めた。

「そんなことが可能なのか。」

念土を操るには、端子を念土と接触させる必要がある。魔法庫の容量にもよるが、操れる念土はせいぜい数十メートル先までだ。ウカが使っていたような電波を用いた非接触型の魔法具も存在するが、電波の減衰が激しいため、操作できる範囲は端子式魔法具と大差ない。

 一方、塔都空樹から孤児院までは一キロはある。とてもそんな先から建物用に固化魔法をかけられた念土を引き剥がし、引っ張れるとは思えない。

「魔法原理については知らぬ。だが、辺り一体の建物が軒並みぼろぼろになった晩の翌日に、塔都空樹が大きく伸びるのは確かだ。」

オンコは塔都空樹を一睨みすると、玄関の戸を引いて家へと入った。ガシンも後へ続く。入った先は二十四畳程の板張りの空間が広がっていた。床はぴかぴかに磨き上げられ、壁には道着がかかっている。どうやら何かの道場らしい。

 左手の壁には三枚の札が下がっている。「師範代」の隣には「オンコ」の札。「門下生」の横には札はない。

 ガシンの視線に気づいたオンコが苦笑した。

「三年前に師匠が百歳で他界して以来、我が「塔都バリツ」の継承者は私一人になってしまった。かのシャーロックホームズも修めたという由緒正しき武術なのだが。」

「孤児院の子供らは入門しないのか。」

「今の子は武術の修練など好まないようだ。唯一、キドが入門すると言ってくれたのだが、あの体ではな。」

オンコは翳らせていた顔をふっと和らげ、

「寒い道場で申し訳ないが、ガシン殿はごゆるりとおくつろぎ下され。」

と言って、自分は武術の型の稽古を始めた。

「他の部屋はないのか。」

「ない。」

オンコはきっぱりと言って稽古に戻った。繰り返し、繰り返し下段蹴りを繰り出す。オンコは夜半過ぎまで型稽古を続けた。


 翌朝、ガシンが目を覚ますと、オンコが朝稽古をしていた。夜の稽古と違って実践的な動きだ。滑るように道場の床を進んで仮想敵との間合いを詰めると、左足からのミドルキックを出すと見せかけて足払い。体勢を崩した相手に左の裏拳を基点に猛烈なラッシュをかける。

 オンコの動きは鋭いが、隙がないでもない。例えば、今の右回し蹴りはモーションが大きいだけに、相手にすかされる恐れがある。そうなれば背中はがら空きだ。だが、架空の相手では、それを咎めることができない。

 道場を回りこむように逃げる相手を追って、オンコも道場を駆ける。ガシンの目の前に逃げ込んだ敵に向って渾身の右回し蹴りを放つ!

 ガシンの前髪が数本千切れ飛んだ。

「済まない。起こしてしまったようだ。」

オンコが荒い息を静めながら言った。


 道場の奥は土間の台所になっている。ガシンはサンダルに足を通すと流しで顔を洗った。流しの脇にはガスコンロがあり、横に鍋や釜が積み重なっている。

「台所を借りても良いか。」

道場に声をかけると、オンコは苦笑しながら、下りてきた。

「師匠がいる時は、毎日料理をしていたのだが、最近はご無沙汰でな。」

見れば、コンロには蜘蛛の巣が張っている。オンコが手ぬぐいで払うと、埃が舞い上がった。

「私一人では、料理などしても甲斐がない。」

つぶやくように付け足す。

 ガス栓を開き、スイッチをひねると、コンロから炎が上がった。

「だが、料理といっても、食材が何もないぞ。」

「パンをトーストにするだけだ。」

ガシンは網で荷物から取り出したパンを焼き、バターを塗ってオンコに差し出した。自らも焼いて口に運ぶ。ずっと冷たいパンしか食べていなかった身には、焼いただけのパンが大したご馳走に感じられた。


 朝食を済ませた二人は道場を出た。ガシンの向う先は塔都一の魔道具街、アキハ地区だ。オンコがいつまでもついてくるので、ガシンは訊ねた。

「オンコもこちらの方に用があるのか。」

「何を言っているのだ。私もガシン殿の魔道具探しを手伝うに決まっているだろう。旅は道づれ、世は情けと言うではないか。」

ガシンは思わぬ頼もしい助っ人の登場に胸を熱くした。

「ところで、ガシン殿が探している光盤というのはどんな店で売っているのだ? 」

ガシンは助っ人の思わぬ頼りなさに天を仰いだ。


 光盤とは、ガシンの使う軟盤より魔法容量が大きく、ウカの銀盤よりは小さい、手の平大の円盤だ。大戦前は、子供でも買えるような価格で大量生産されていたという。だが、大なり小なり魔法庫がそうであるように、光盤もまた、経年劣化が激しい。大戦によって魔道具の生産技術が失われた今では、まともに内部の魔法を読み書きできる光盤は希少になっていた。

 アキハ地区の大通りには、両側にびっしりと魔道具の店が立ち並んでいた。色鮮やかな魔法看板がひしめき、店頭で原色のはっぴを着た店員が声を張上げる。中には、魔法士が念土を使って曲芸を披露している店もある。大勢の観光客がそれらを物珍しそうに眺めながら、散策している。

 ガシン達は『よろず魔法庫』と書かれたのれんをくぐった。光盤や銀盤の箱がぎっしりと詰まれ、店の奥の金庫の上には、『藍盤――時価』という張り紙がある。銀盤の五倍の魔法容量を持つ魔法庫である。一体いくらするのか、想像もつかない。

 それよりも問題は光盤だ。ガシンは光盤の値札に目を落とし、絶句した。

「103200Y。」

オンコが値札を読み上げた。

「ガシン殿の予算は? 」

「10321Y。」

「良かった。買えるではないか。」

オンコはガシンの手を取って、上下に振った。

「残念ながら、零の数が一個少ない。」

「店主。この店で最も安い光盤はいくらだ。」

「99800Yですわ。」

ガシンとオンコは顔を見合わせて、ため息をついた。

「店主。この辺に、ここよりも安い店はないか。」

店主は苦笑していたが、

「裏通りに貸し魔道具屋があるよ。」

と教えてくれた。


 裏通りに入ると、歩く人が変わった。おのぼりさんが減り、この街に通い詰めたと思しき玄人風の人が多い。店の様子も、客に見せることを重視していた表通りの店と違い、どの店も、狭い店内に立ち並んだ棚に、天井までぎっしりと魔道具を詰め込んでいる。大きな地震が来たらえらいことになりそうだ。

 二人は裏路地の、ぼろい店に入った。店先に『アキハ最安価格! 光盤レンタルが何と10000Y!!』というのぼりが出ていたからだ。

 店主は、店先ののぼりを指差すガシンにゆるゆると首を振った。

「10000Yでお貸しすることは出来ますが、それとは別に、50000Yの保証金が必要となります。これは万が一、お客様が魔法庫を破損なさった場合に備えてのものです。」

「そこを何とか。万が一、魔法庫が破損した時は、必ず働いて返す。」

「率直に申し上げて、塔都国外からいらしたお客様が魔法庫を持ち逃げされた場合、こちらとしましては回収のしようがありません。」

「私は塔都国民だぞ。」

「失礼ながら、お客様に、50000Yの支払い能力があるようには見えません。」

二人はがっくりと店を出た。


 二人はその後も何軒も回ったが、芳しい返事は得られなかった。だが、最後の店でしつこく店主に取りすがった所、

「そこまで格安で手に入れたいのなら、バジ屋にでも行くしかないよ。」

という返事が返ってきた。

「バジ屋? 」

「ああ、シンジ地区の裏路地で営業している闇魔道具屋だよ。あそこは盗品などのわけあり品を扱っているし、無許可営業だから税金も払っていない。あそこで買えなければあきらめた方が良いよ。」

二人は複雑な表情で店を出た。

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