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念土遊戯  作者: 東雲長閑
11/11

空樹の町11

「何じゃありゃあ。」

 イチカの難民キャンプ。石舞台に座って塔都の方を眺めていたイチイは、泡を食って階下のみんなに異変を知らせに駆け下りた。

 一分後。戻ってきたイチイ達が見たものは、川向こうにそびえ立つ、壁だった。壁は塔都をぐるりと囲むように連なり、どんどん高さが増している。

「ユイガの『魔界降臨』が発動したんだ。」

メッシが青ざめた顔で告げた。

「『魔界降臨』は塔都全体を巨大な人間スキャン機に変え、街ごとスキャンを行った後、生き埋めにする魔法。あの壁は人間スキャン機の外壁だ。」

「オンコ達はどうなっちゃったの。」

アンシャが泣きそうな顔で訊ねる。メッシは腕時計に目を落とした。

「『魔界降臨』の完成までは、まだ、一時間ある。それまでに、魔法を止めるか、壁を乗り越えて脱出できれば――」

「大丈夫だ。」

イチイが成長を続ける壁を睨みながら言った。

「オンコが三人揃って戻ってくるって約束したんだ。あいつが俺らとの約束を破ったことがあったか。俺達はあいつを信じて待つしかねえ。」

四人の子供と一人の大人は目を合わせ、頷きあった。



 ユイガは元の展望室で、ガシンを待っていた。

「投降しろ。もうお前に勝ち目はない。」

「何を言い出すかと思えば。」

ユイガは失笑した。

「エシャを呼び出す前、優勢だったのは俺の方だぜ。おまけに君はエシャと戦って満身創痍。どこに俺が負ける要素があるんだ。」

「お前では、俺の魔法具を乗っ取れない。それだけで、俺が勝つには十分だ。」

ユイガはにやりと口元を歪めた。

「君がエシャと戦っている間、俺がぼんやり指をくわえているとでも思ったのかい。これだけ時間があれば、新たに乗っ取り魔法を開発することなど朝飯前だ。」

ユイガは粘土を走らせ、自分の魔法具をガシンの魔法具と接続した。

「終わりだ。ガシン。」

その途端、ユイガの魔法具の画面に奇怪な呪文が走った。ユイガが猛然と操作盤を叩いているが、呪文は止まらない。やがて、画面に漫画チックなエシャのキャラクターが現れ、全ての操作が効かなくなった。

「エシャがくれた逆乗っ取り魔法。自分だけは乗っ取りを食らわないと過信していたのがあだになったな。」

ガシンは操作盤を叩いて、ガシンの魔法具に侵入。『魔界降臨』魔法を止めようとする。

 ユイガは自らの魔法具を叩き壊そうと振りかぶったが、ガシンの『蔓』が絡めとって防いだ。

 ユイガは舌打ちをすると、エレベーターで逃走した。ガシンは追いかけて足を止めた。現在時刻は十一時二十三分。『魔界降臨』を止める方が先だ。

 ガシンは操作盤を叩き始め、じきに手を止めた。独学で魔法を学んだガシンは、魔法の操作には長けていても、魔法の解析には不慣れだ。誰か、魔法大学で研究をしていたレベルの奴じゃないと――

「ガシンさん。ユイガはどこです。」

エレベーターが開いて、キンキが現れた。両手には手錠がはめられ、そこから鎖でつながった鉄パイプを引きずっている。ガシンは魔法で手錠を念土に戻すと、魔法具をキンキに渡した。キンキはしばし画面を凝視した後、猛然と操作盤を叩き始めた。

 十分後、キンキは手を止めた。

「『魔界降臨』魔法を止めるためには、パスワードが必要です。」

「力ずくであらゆるパスワードを試すことはできないのか。」

「二回連続で間違えると停止出来なくなります。ユイガからパスワードを聞き出すしかありません。」

 二人は頷き合うと、エレベーターでユイガを追った。第二展望台に、ユイガの姿は既にない。どうやら保守用階段で上へ向ったようだ。

 非常口から外へ出た二人は言葉を失った。眼下に広がっていた街は殆どがむき出しの地面へと変わり、一面の荒野と化している。

 建物は念土に還り、とうとうとした流れと化して、塔都の外周へと向っている。流れは壁に至り、壁は塔都を覆いつくすように聳え、空の大半を覆い尽くしている。

 塔都の東端。シンコにそびえる壁に生成されつつある、横幅十キロはあろうかという直方体を見たガシンは、思わず声を上げた。三日前に受けた人間スキャンで、ガシンの体の上を走り回った箱にそっくりだったのだ。ユイガはあの箱を塔都をドーム状に覆いつくす壁に沿って走らせ、塔都全体をスキャンするつもりだ。

 あの箱が完成し、壁が全天を覆った時、『魔界降臨』は完成する。

 ガシンは『龍』を生成。キンキと共に飛び乗って、螺旋階段を上る。もし力加減を間違えて、防護柵を突き破ったら、五百メートル下まで真っ逆さまだ。時計に目をやれば、十一時四十五分。ぎりぎりの速度で上へ、上へ。

 塔のてっぺんに、いがぐりのような突起をまとった要塞が出来ている。あれはきっと『魔界』を守るための防御システム。『魔界』はあの中だ。

 キンキが『神速聖槍』を生成。『魔界』に向って発射する。その瞬間、要塞から何かが発射された。『神速聖槍』だ。二つの槍は穂先で激突し、甲高い金属音を発して数秒間震えた後、同時に念土に還った。ガシンの放った『蜘蛛巣城』も『蜘蛛巣城』で返され、消滅する。どうやらあの要塞ににはどんな攻撃も通用しないようだ。

 階段のどん詰まりに、ユイガが立っていた。傍らにはエンリ院長の姿もある。

「エンリさん。何故ここに。」

「ガシンさん。こいつはユイガの仲間だ。」

ガシンは驚いてエンリをまじまじと見た。にわかには信じがたい話だが、エンリの済まなそうな表情が、キンキの言葉の正しさを証明していた。

 そうか、エンリさんにもらった銀盤が暴走したのも、ユイガを逃がすための計画通りというわけか。

 ガシンは頭を振って、ユイガに向き直った。

「ユイガ、パスワードを教えてくれ。」

『龍』から飛び降りつつ、ガシンが叫んだ。

「これ以上罪を重ねることないだろう。」

階段に腰かけ、足を組んだまま、ユイガは挑戦的な目で、ガシンを見返した。にらみ合いが続く。ユイガはふうと息を吐くと、首を振った。

「パスワードは全てカタカナで『アラソイノナイセカイ』だ。」

ガシンはキンキと視線を交わした。あまりにあっさりパスワードを教えすぎではないだろうか。

 だが、パスワードを打ち込まないでいたら、魔法が発動してしまう。ガシンは『アラソイノナイセカイ』と打ち込み、何度もミスがないか確認した後、実行ボタンを押した。

 画面にエラーメッセージが現れる。『パスワードが違います。』ユイガが手を叩いた。

「エンリさん。あなたはパスワードを知らないのですか。」

エンリは黙したままだ。

「エンリさん! このままでは塔都が丸ごと無くなってしまうんですよ。」

エンリは静かな目でガシンを見返した。

「あなたに、我が子同然に育ててきた子供を失った気持ちが分かるものですか。」

「確かに分かるとは言えない。だが、あなたのしていることは、第二、第三のキドを作り出すだけじゃないのか。」

エンリは言葉を飲み、視線を外した。

「そもそも、私はパスワードを知りません。ユイガに教えてもらっていませんから。」

ユイガが哄笑して立ち上がった。

「ガシン、お前は俺の想いが誰かにつながっていると言ったな。一体誰につながっているというんだ。俺の気持ちを分かる奴など、世界中のどこにもいやしないさ。」

「それはお前が伝えようとしなかったからだろう。」

「伝えて分かるものか! ろくな努力もせずに、美人の彼女とよろしくやっていたお前のような奴にはな! 」

ガシンの魔法具に、『魔界降臨』発動五分前を告げる、カウントダウン時計が現れた。300、299、298と残り秒数が着実に減っていく。

「ユイガァ! 」

キンキが魔法銃を生成。ユイガに向け、構えた。

「パスワードを言え。さもなくば、撃ち殺す。」

ユイガは余裕の笑みを浮かべた。

「あなたに出来ますかね。エシャ先輩から甘ちゃんな流儀を叩き込まれたあなたに。」

キンキが発砲する。ユイガの髪がちぎれ飛んだ。

「私にはあそこでお前を止められなかった責任がある。ここでまた止められなければ、死んだ同僚に申し訳が立たない。」

キンキは歩を進めた。

「さあ、私が十数えるまでに言うんだ。」

キンキがカウントダウンを始める。ガシンはキンキの腕を掴んだ。

「やめろ、キンキ。こいつを殺してしまったら、パスワードは永久に闇の中だ。」

「黙って待っていて、こいつがしゃべると思うか。」

「ユイガは肉体の死を望んでいる。殺すと言っても喜ぶだけだ。」

「それでも――」

キンキはガシンを振り払った。

「せめてこいつに惨たらしい死を味わわせてやらねば、サンシが、ゴングがトウイが――死んだ仲間達が浮かばれない。」

キンキは銃を構えなおすと、「5」からカウントダウンを再開した。

「4」

キンキが歩を進める。

「3」

ガシンはキンキの言葉に呑まれ、初動が遅れてしまった。今から動いても、間に合わない。

「2」

ユイガが穏やかな笑みを浮かべて目を閉じる。

「1」

エンリがユイガの体に覆いかぶさった。

 沈黙が戻る。聞こえるのは風の音だけだ。

「どきなさい。どかねば、二人まとめて撃ち殺す。」

「そうだ。何故邪魔をするんだ。ようやくこの肉体から解き放たれるというのに。」

「何故ですって。」

エンリがユイガの頬を張った。

「息子が殺されようとしているのに、それを黙って見ていられる親がいますか! 」

キンキはすっかり毒気を抜かれ、銃を下ろし、我に返ってガシンに訊ねた。

「残り時間は! 」

ガシンは慌てて魔法具に目を落とす。残りの秒数は120を切っている。

 ガシンは必死に頭を絞った。ユイガの言葉からすると、パスワードはユイガの内面を表した言葉らしい。だが、文字数も分からず、言い回しも様々な言葉を、一発で当てるなんて不可能だ。

 ガシンが天を仰いだ時、かすかな音がした。鉄板を連続的に叩くような音。その音はどんどん近づいてくる。誰かが保守用階段を猛スピードで上がってくる。

 残り時間が60秒を切った時、そいつが螺旋階段から姿を現した。

 エシャ! いや違う。オンコ? だが、雰囲気が違う。いつもの明るさは影を潜め、無機的な表情をしている。

「オンコ・・・・・・なのか。」

「私はユイガによって造られた、念土人形です。名前はありません。エシャによってこの体中に、バックアップを取られていましたが、中枢魔道具が破損するという起動条件を満たしたため、六年ぶりに起動しました。」

残り時間は30秒。ガシンは一縷の望みを託して、将来オンコになる、その念土人形に訊ねた。

「お前は何ヶ月か、ユイガと共に暮らしていたのだろう。ユイガが良く言っていたこと、口癖のようなものを知らないか。」

念土人形は首を傾けた。

「ユイガが三百十五日で、千三百十六回口にした言葉があります。『さみしくなんかない。』」

ガシンはユイガを振り返る。ユイガは目を見開き、右手を伸ばして、声鳴き叫びを上げている。

 残り十秒。

 サミシクナンカナイ

 誤字脱字はない。残り五秒。

 ガシンは実行ボタンを叩いた。

 永遠のような一秒が過ぎ――

 カウントダウンは003で止まった。

 空を覆いつくしていた漆黒の壁が割れ、光が差し込んだ。壁は見る間に縮み、念土に戻って街へと流れ込む。街のあちこちに家が生成されていく。

 街が元の姿に戻っていく。

 立ち上がっていたユイガが、どさりと金網にもたれ、天を仰ぐ。雲の上のここでは、いつでも太陽が眩しく輝いている。

 ユイガは涙を流しながら、いつまでも狂ったように笑い続けていた。



 キンキに遅れること一時間。ようやく地下室を脱出してきたキンキの部下達が、ユイガとエンリを捕縛し、『魔界降臨』事件は幕を閉じた。引っ立てられていく途中、エンリはガシンの横で立ち止まった。

「オンコのバックアップはこの中よ。」

小型の硬盤を手渡し、引かれて行く。

 塔都空樹のてっぺんには、ガシンとオンコだけが残された。

「さてと。」

ガシンは傷だらけの体に鞭打って立ち上がると、無機質な目で立っているオンコの元へ移動した。電源を切ると、六年前のオンコは、

「また会う日までごきげんよう。」

と棒読みで言って目を閉じ、動かなくなった。

 魔法でねじ回しを生成すると、頭のねじを外し、後頭部を取り外す。自らが刀で貫いた硬盤を外し、エンリから受け取った硬盤を取り付ける。後頭部をはめ、穴を魔法で塞ぐと、電源を入れた。

 オンコが目を開く。

「お主、どこかで会ったか。」

ガシンははっとしてオンコをまじまじと見た。

「――今日は何月何日だ。」

「十二月十七日であろう。おかしなことを聞く奴だな。お主、何者だ。」

エンリがオンコのバックアップを取ったのは、魔法士一次試験の前日。ガシンとオンコが出会う前日だったのだ。

「俺はお前の弟子だ。」

かすれ声で言うガシンに、オンコは困惑した顔を向けた。

「弟子を取った覚えはないのだが・・・・・・」

ガシンは数秒間、目を閉じて喪失感に耐えていた。目を開けた時、ガシンの心は固まっていた。

「オンコ、俺を弟子にしてくれ。」

オンコはまじまじとガシンを見つめていたが、やがてにやりと笑った。

「オンコではない。師匠と呼べ。」

「はい、師匠。」

ガシンはきっぱりと笑った


                              了


中二っぽい能力者バトルものです。

未来の話なので作中の地名が現在のどこにあたるかなどと考えるのも一興かと。


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