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念土遊戯  作者: 東雲長閑
10/11

空樹の町10

 塔都空樹第一展望台。晴れた日には、塔都一円はおろか、東の千都や南の横都まで見渡すことが出来る。だが、今朝は雪のせいで、せっかくの眺望も空樹周辺に止まっていた。

「それで、話というのは何だい。」

窓辺に張り付いているガシンに、ユイガが訊ねた。

「そうそう。景色を見てる場合ではなかった。」

ガシンはユイガに向き直った。

「ユイガ。お前がやったことは大量殺人で、釈明の余地はない。だが、計画自体は一考の余地がある。飢えや苦しみから人を救うことは、人類の長年の夢だからな。」

ガシンは景色を見ながら、展望室を時計回りに歩き始めた。ユイガも後を追って歩き出す。

「だが、一つ分からんことがある。どんな物もいつか壊れるだろう。『魔界』の寿命はどれくらいなんだ。」

ユイガが足を止めた。

「なかなか鋭いな。確かに『魔界』の寿命は永遠じゃない。計算上、百年程度だ。」

ガシンは展望台を歩き続ける。一周して、反対側からユイガの横に現れる。

「百年経ったらそこで終わりか。」

「百年では不服か。肉体に囚われている限り、殆どの人間は百年は生きられない。百年も生きられれば十分だろう。」

ガシンはゆっくりと頭を振った。

「お前の計画は未来につながらない。」

まっすぐユイガの目を見て続ける。

「この世界は、色々な人間の色々な想いが、次から次へと別の人間に受け渡されて出来上がっている。お前の計画では、何億年前から受け継がれてきたありとあらゆるものが、百年後にぶっつりと断ち切れちまう。そんなのは駄目だ。」

ユイガは壁をどんと叩いた。

「全くお前らはつながりつながりと! そんなものは社交的な奴らの思い上がりだ。俺の想いを継ぐ者がどこにいる。そんな奴はいない! どこにもいない! 」

「いや、いるさ。今まで生きてきた以上、必ず、お前の想いは誰かにつながっている。」

ユイガは据わった目で、魔道具を起動した。

「話し合いは決裂だ。さあ、俺をぶちのめしてみろ。」

ガシンはため息をつくと、魔道具を起動した。

「行くぞ。」

最後の戦いが始まった。


 ガシンは『槍』を連続生成。ユイガが攻撃を払うタイミングを見計らって、連続して放ちながら距離を詰める。一方のユイガは『盾』で攻撃を受け止めながら、じりじりと後退する。ガシンは『剣』を生成。盾の上から猛攻をかける。押し込まれているのに、ユイガの顔には余裕が浮かんでいる。

「捉えた! 」

ユイガの声と同時に、ガシンの魔法具に奇怪な文字列が走る。ユイガの乗っ取り魔法。だが――

 ガシンは『剣』でユイガに切りかかる。ユイガはガシンの『剣』に解体魔法を放つが、反応がない。慌てて盾をかざすが――

 ガシンの指が魔法具の上を滑る。剣の先が四方に分かれ、盾を回り込んで攻撃する。その内の一本が、右足に突き刺さり、ユイガはうめいた。

 なおも追撃をかけようとするガシンに、ユイガが叫んだ。

「軟盤使い如きが調子にのるな! 」

ユイガの『蜘蛛巣城』が発動! 四方からガシンに迫る。ガシンはバックステップで攻撃をかわしつつ、『剣』で窓を破壊。整備用通路のある外へ飛び出す。続けて、展望室の全ての窓が砕け散った。慌てて攻撃を止めたユイガに、ガシンが挑発する。

「確かに今のお前は超高速魔法具『魔界』を自由に使える。もし大平原で戦っていれば、俺に勝ち目は無かっただろう。だが、この狭い空樹で『魔界』をフルスペックで使ってみろ。たちまち空樹は崩壊だ。『魔界』を空樹のどこに隠しているのか知らないが、空樹が崩壊して無事で済むわけがない。手詰まりだな。」

「ほざけ。貴様を倒すのに、『魔界』をフルに使う必要などないわ。」

再び『蜘蛛巣城』が動き出す。だが、さっきまでの爆発的速度ではない。これならガシンにもかわせる。

 ガシンは整備用階段を上って逃れた。ユイガは『蜘蛛巣城』に加え、上の階から『天竺津波』で迎撃した。狭い階段。ガシンに逃れる場所はない。

 ガシンは『管』を生成。『天竺津波』を空樹の外へ受け流す。だが、圧力を支えきれず、『管』ごと壁に叩きつけられる。このままでは圧死だ。

 ガシンは空樹の壁の固化魔法を解除して念土を生成。『管』に再構築。分岐させた『管』の先は展望室だ。

 展望室に『天竺津波』が流れ込む。ユイガは舌打ちをして『天竺津波』を止めた。代わりに無数の剣を降り注がせる『血風剣雨』を発動。だが、ガシンは止まらない。攻撃を紙一重でかわしながら途中の部屋に飛び込み、『魔界』が無いか探しつつ、さらに上へ。


 『魔界降臨』発動まで一時間。それより先にガシンに『魔界』を見つけられれば終わりだ。圧倒的攻勢を仕掛けながら、ユイガは追い詰められていた。

 エレベーターの電子音が響き、扉が開く。中からエンリが現れた。その肩に背負ったものを見て、ユイガは口角を上げた。

「ガシン。今度こそ君は終わりだ。今度の敵は絶対君には倒せない。」

ユイガはガシンに対する攻撃をオートに切り替えると、作業を始めた。


 『血風剣雨』『闇地吹雪』『粉塵爆発』。通常の魔道具では計算量が多すぎて発動できない、高位魔法を立て続けに食らい、ガシンは満身創痍。だが、その目は爛々と輝いている。ユイガが猛攻を仕掛けてくるということは、『魔界』が近い証拠。あと少しで、ユイガの野望を打ち砕くことが出来る。

 ガシンは遂に、第二展望台まで到達した。と同時に、あれだけ激しかった攻撃がぴたりと止む。ガシンの背に悪寒が走った。だが、これは好機。歩みを止める理由はない。

 展望室の中央へと歩を進める。その時、電子音がして、エレベーターの扉が開いた。

 そこから出てきたものを、ガシンはしばらく認識できなかった。それは、ガシンを見ると、前と寸分違わぬあの心とろかす表情で、にっこりと笑った。

「あっ、ガシンだ! すごく久しぶりだね。」

五年前にユイガに殺されたガシンの恋人。エシャが立っていた。

 ガシンは魔法具を取り落とした。最初の数歩はたどたどしく、やがて転がるように走る。

 エシャの胸に飛び込んだ。エシャ、エシャ、エシャ。狂ったように呼び続ける。エシャの手が頭を撫ぜる。ガシンの目から堰を切ったように涙があふれた。今なら死んでも良かった。

 ガシンは五年分の空白を埋めるように、エシャに抱きつき続けた。


 ガシンの嗚咽が収まった頃、エシャが切り出した。

「それで、ここは一体どこで、どういう現状なの。何だか随分激しい戦いが行われていたみたいだけど。」

ガシンははっと我に返った。ユイガの計画について説明する。エシャは苦しげな表情で、聞いていた。

「なるほど。それはユイガ君を止めなくちゃだね。あれ、でもそうすると、ユイガ君は絶対正しいという前提と論理矛盾が生じるよ。おかしいなあ。」

「エシャ? 」

エシャは目を閉じて少考してから目を開いた。

「どうやら『魔界』から私の人格をコピーする時に、『ユイガは絶対に正しく、ユイガの命令には必ず従う。』という項目を最優先するよう書き足したみたい。結構ひどいことするよね。」

言って、エシャは困った顔で笑った。

「今、ユイガ君から、ガシンを攻撃して倒せという命令が届きました。色々へ理屈をつけて誤魔化しているけど、三分間が限界。だから、それより後に、私がひどいことを言っても、本心じゃないから、気にしないでね。」

言葉を失ったガシンをよそに、エシャは言葉を紡いでいく。

「ガシンにお願いがあるの。ユイガ君を止めてあげて。彼はきっと私を誤って殺してしまったことで、ずっと苦しんでいる。彼がこんな計画を実行に移したのは、私を殺した罪から逃れたいからじゃないかな。みんなが魔界の住人になれば、私が死ぬ前と同じ状態になると思ったのかも知れない。そんなはずないのにね。」

エシャは眉間にしわを寄せ、苦しげにあえいだ。

「ユイガ君が必死に違うと言い張っています。彼がそう言うのなら違うんじゃない。何せ、『ユイガ君は絶対に正しい』からね。」

エシャはいたずらっぽく笑ってから、顔を引き締めた。

「そしてこれはガシンには、すごく辛いお願いになってしまうのだけれど――私を壊して。」

ガシンの頭の中が真っ白になった。心臓がうるさいぐらいにガンガン響き、世界がぐるぐる回った。

「この体の制御をつかさどる魔道具は、頭に入ってるから、ここを『槍』か何かで撃ち抜けば、私は止まるよ。」

「そんなこと出来る訳ないだろう! 」

ガシンは叫んだ。

「大丈夫だよ。私のオリジナルは『魔界』にあるし、もともとこの体を使っていたオンコちゃんもバックアップがあるそうだから、後から別の魔道具を入れなおせば、」

「そういう問題じゃない! 」

ガシンは絶叫した。

「君が死んだあの地獄のような夜を、もう一度再現しろと言うのか――俺自身の手で。」

頭を抱えてうずくまる。エシャはガシンの顔を両手で掴むと、持ち上げて、目を合わせた。

「それでも、こんなことを頼めるのはガシンしかいないから。」

エシャがじっとガシンを見つめる。エシャとは長い付き合いだから分かる。この目をしたエシャは絶対引かない。

 ぎゅっと目をつむる。再び目を開いた時、ガシンの心は決まっていた。

 エシャの目を見て、頷く。エシャが泣き笑いのような顔を見せた。

「大好きだよ。ガシン。」

エシャが顔を寄せてくる。五年ぶりの口づけは、涙の味がした。

 エシャの体が跳ね上がる。エシャは両腕を抱いて、必死に自分を抑えている。

「早く、魔法具を。」

ガシンは駆け戻って、魔法具を拾う。その瞬間、塔都魔法士で、ハジャに次ぐ実力と言われたエシャの猛攻が始まった。

 『龍』が出現。突進し、『盾』ごとガシンを壁に叩きつける。続けざまに『掌』が横なぎにガシンを弾き飛ばす。『血風剣雨』が四方のみならず、床からも出現し、ガシンは腿と肩を切り裂かれた。

「ざまあないね、ガシン。」

 エシャの高笑いが響く。エシャは深手を負ったガシンを指差してげらげら笑っていた。

 目からぼろぼろ涙をこぼしながら。

 この瞬間、揺らいでいたガシンの心が固まった。

「行くよ。エシャ。」

ガシンが『龍』を放ち、エシャの『龍』と相打ちになる。大量の念土が舞い上がる中、ガシンはエシャの脇に回りこみ、『槍』を放つ。直前でかわしたエシャの髪が数本ちぎれ飛ぶ。と同時に、エシャがカウンターで放った『槍』が、ガシンの頬を掠めて血の筋を作る。

 二人は一気に間合いを詰めると、『剣』で激しく打ち合った。互いに足元に『槍』や『沼』を出現させつつ、数手先を読み合った、激しい攻防が続く。

 ガシンの打ち込みをエシャが受け止め、つばぜり合いになる。視線が絡み合う。エシャの瞳に色が戻ってきた。

「こうしてちゃんと戦うのは初めてだね。」

「ああ、エシャが何度も誘ってくれたのに、俺が面倒くさがって、魔法を覚えようとしなかったからな。」

「私、何度も夢見てたんだ。ガシンと魔法でやり合ったらきっと楽しいだろうなって。」

「俺も何度も悔やんでた。一度で良いからエシャに稽古をつけてもらっておくんだったって。」

二人は視線を交わして頷いた。

「強くなったね、ガシン。」

「今まで戦った中で、お前が一番強いぜ、エシャ。」

二人は後ろに飛びのいた。双剣を生成し、激突。再びつばぜり合いに入る。

「でも、勝つのは私だよ。ガシンの技はみんな私のノートで学んだんでしょ。私がかわせないわけない。」

「いいや、勝つのは俺だ。」

ガシンは飛びのいた。即座にエシャの攻撃が降り注ぐ。今のエシャには隙が無い。何とか動き回って隙を作らなくては。

 ガシンは得意の一撃離脱方式で局面の打開を図ったが、エシャの防御はほころばない。逆に、カウンターの『天竺津波』を正面から食らって、ガシンは床を転がった。

 ふらつく足をなだめて立ち上がる。窓の外は、こんこんと雪が降っていて、全く視界が利かない。

 この時、ガシンの脳裏に先ほどのエシャの質問が蘇った。

「ここは一体どこで、どういう現状なの。」

ガシンはどういう現状なのかは説明した。だが、最初の質問には答えていない。

 エシャがここがどこか知らないのなら――

 ガシンは足を止めて大きな『砲』を生成した。当然、エシャの『血風剣雨』に狙い打たれる。一本の槍が背中に突き刺さる。ガシンは激痛を堪え、砲弾を放った。

 エシャの『巨人聖掌』が弾を打ち払う。弾は外壁に激突し、穴を穿つ。地上四百五十メートルの突風が吹き込んだ。

 最初で最後の隙だった。

 ガシンは一直線にエシャの元へ走った。カウンターの『槍』をかわし、右ひじを掴む。

 引き手の引き付けは十分に、相手の力を利用して――

 かつて見たことも無い空気投げをかけられ、エシャの体が宙に舞う。ガシンは『刀』を生成すると、体が地に落ちると同時に、エシャの頭に突き立てた。

 魔道具の回線がショートし、火花が飛び散る。エシャの四肢がぐったりと力を失っていく。

「大好きだ。エシャ。」

エシャは子犬のように微笑むと、魔法具を操作して、ガシンの魔法具との間に回線を開いた。

「クリスマスプレゼントだよ。ガシン。」

ガシンの魔法具に一つの魔法が書き込まれる。エシャの頭からウィッグが滑り落ちる。エシャはまどろむように目を閉じると、そのまま動かなくなった。


 ガシンは慟哭した。


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