織田班直属の忍者。佐助の最後
日ノ本!!!
時は戦国。世は乱世。殿中ですぞもまだ先の話。大艦巨砲主義やドクトリンなどと言う単語も産声を上げる以前。世は剣と槍。そして武士階級お得意の弓芸に極少数の鉄砲。
その頃大陸ではアサシンがクリードし、剣と魔法のファンタジーがベルセルクしていた時代である。そんな時代に生まれた島国大和男は、皆一度は野心を元に王やら一騎当千やら、無双、最強を目指すモノである。
「御意にございます!」
この男、角田佐助もその一人。彼は一騎当千でも三國無双でも狂戦士なかったが、アサシン、忍び、ニンジャであった。
「死して屍拾うものなしだ」
彼が野を駆けながら、そう言って笑う。彼はニンジャ。闇に隠れるは常套手段。暗殺毒殺は大の得意と言うたものである所。今日も今日とて主は織田信長様の指令に基づき、命に従わぬ不届き者を、一人ばかり暗殺する任務の真っ最中である。
「いかに鍛えぬいた武士と言えど、目玉や金的は柔らかく、一匙の毒が有れば血反吐を吐いて死ぬものよ。ああ、奇襲する側の何と楽なことか~!」
彼は闇夜を走り抜けながら、そんな言葉を野山に発する。
この様な事、ニンジャ失格の恥ずかしき行為ではあるが、今の彼にはそれを止めることなどできなかった。
何故ならば、今日この任務を持って彼は大出世する予定だからだ。
「いかに織田信長と言えど、寝込みを襲えばどうという事は無し。蛇の道は蛇!我に入れぬ屋敷などあるものか。それが親方様の屋敷と来れば…………フッフフフッフ!!!」
そう言いながら、佐助は気味の悪い顔でにやける。彼はこのように実働部隊とは聞こえがいいが、最後は屍をさらして死ぬ運命の、忍風情。
いかに主君の敵を屠ろうが、その未来は決まったような物である。
「しかし!!我が秘術が有れば盟主とはすなわち俺になるのだ!!」
そう言って彼は自らの顔に括りつけられた、漆黒の面を外す。するとその顔は、織田信長その人と、寸分変わらぬ姿になっているではないか。
「この顔が有れば、織田信長に化ける事は容易。あとは、我が領主になるもよし。誰かに屈して隠居するもよしだ。フフフフフフフフフ」
彼のこの忍法、自在変化の術が完成したのは、ついこの前の事。のちの整形施術の亜種である。
この技が成功したとき、彼は喜びのあまり、自分の気にくわぬ同僚を、闇にまぎれ二人ほど切り殺したと言う。
そして彼は、織田の忍び。名だたる門番、衛兵を貫き、一人信長の寝所へ出入りする事を可能とする身。(許されてはいない)
今宵の任務が終わった時が、すなわち彼の“エックスデイ”なのだ。
「さーて、今より我は鬼ぞ……」
目的の人間の住む屋敷、とは名ばかりの小屋が見える。
この小屋の主は、剣の腕に優れるが、何故か織田信長の徴集を拒否し、このような難にもない山の中で一人さびしく暮らしている剣豪だ。
(この男、下が寂しくはないのだろうか……?年頃は俺と大して変わらぬだろうに)
彼は御年25(数え)である。その様な若造が織田信長直々に指名され、しかも従わぬからと言って殺されるとなると、たいそうな腕前。天才と呼ばれるに相応しい人物なのだろう。
「(しかし、毒、不意打ち、脅し、絡め手。これが聞かぬ剣士などおらぬわ!!)」
まず佐助は、周囲の風上から秘伝の麻痺性毒を散布する。今宵は風も少なく。これが一番であると判断したのだ。
ちなみに佐助にはこのような毒は通用しない。何故ならば、少量を少しずつ飲ませると言う古くから伝わる荒療治の成果である。更には、息も止めてゆく。完璧だ。
「(さて、人の気配はするな。では罠を仕掛けるか)」
次に佐助は自前の罠を幾つか取り出すと、小屋の周囲に放り投げ始める。
そして最後には仕上げとばかりに、武士の格好にいそいそと着替えると、風上から大声を上げる。
「吉田一心斎殿とお見受けする。わが名は古川佐助!!お主と同じモノノフでゴザル。尋常に勝負なされい!!」
その為の武士の格好。刀一本。相手は正々堂々の勝負だろうと、錯覚するのが常だ。
「何者かと思えば馬鹿侍か。てっきりどこぞの忍びかと思うたわ」
忍びはそんな言葉ではうろたえない。
襤褸を着た一心斎が小屋から出て来る。この段階からもう術中だ。佐助は素早く移動すると、一心斎の前に無言で現れる。
「お前か。強そうには見えんな。かと言って弱くもないようだが」
「……抜かれよ」
「クックック、まあそう焦るなよ。この月夜にお前の顔を覚えねばならん。これから殺す顔はなるべく覚えておくようにしておるのだ」
「笑止。御覚悟!!」
そう言って佐助は剣を上段に構えると、にじり寄る。
「踏む。独特の構え。もしかしたらもしかして、お前は強いのか?」
「強いも弱いもあるかバカめ。もう遅い。体を動かしてみよ。秘伝の毒が聞いてくる頃よ」
「なに?この臭いまさかとは思ったが……」
そう言って一瞬隙が出来たと感じたのか、佐助は一心斎を切りつける。
「アマイ!!」
一心斎はそれを難なく受け止めると、横向きに弾いた。
「俺を舐めるなよ。忍び風情が俺に勝てるか。体がマヒしても五分にもならんわ」
「フフフ。そうか。ではこれはどうだ?」
そう言うと、佐助は当時は高級な煙幕を投げる。
黙黙黙黙。煙る。
明日から領主になるのである。今更装備品をけち臭く節約する意味などない。
「目くらましなんぞ無駄じゃ!!」
一心斎は跳躍と共に一気に躍り出ると、佐助のいる方向へ跳躍し、彼の影を切り裂く。
「グッ!?」
「当たりじゃ!!」
佐助は負傷した。軽傷だがそれと同時にこけて膝をついている。
「大したことはないのう~」
そう言って一心斎は佐助に近寄る。
「ぐ、ここまでか」
佐助は悔しそうにそう言うと、自身の面を取る。それこそ、彼の秘儀。
同時に煙が晴れ、彼の顔が露わになった。
「……儂の顔に見覚えはないか?のう、一心斎」
そう言って膝を付き、楽しそうな顔で彼を見上げるのは、客観的には織田信長その人。当然声色も同じである。
一心斎は一瞬考えるようにその顔を見ると、驚いて二歩下がる。
「お、お前は信長公!!何故こんな場所へ!?」
「フフフ。お前の実力を身に来たのよ」
「野武士同然の儂を自らの手で腕試しするなど、うつけ者どころではないだろうが!?」
そう言われると、信長(偽)は、にやりと笑う。
「儂はお前がどうしても欲しかったのよ。それに、周囲には忍者を幾人か隠しておるわ。もっとも命あるまで待機以外、命令はしていないがな」
そういうと、佐助が用意した偽の案山子が周囲でなびく。月夜では十分なのだ。
「……まったく貴方と言うお人は……そうまでして」
「お前のその腕。ますます気に入った。俺の元へ来い!」
「……それがし、ただの野武士で御座る。信長様にそこまでされては使えぬとは言えませぬ……」
「そうか、儂に仕えてくれるか!」
信長(偽)は、そう言うと、立ち上がって彼の手を握ろうとする。
これは西洋式の握手だ。こういう舶来な行為を好むところまで、信長らしいではないか。
「どうした?手を握れ。南蛮ではこれが挨拶なのだ」
「……はッ!」
信長(偽)の手を、一心斎が握る。そう、強く。
「握ったか。良し!!前は今から俺の配下だ!!そうと決まれば帰って宴じゃー!」
そう言って周囲の案山子が風に揺れると、信長の顔がほほ笑んだ。無論悪い顔で。
「ピュッ!!」
その時、信長(偽)の口から二本の細い針が飛ぶ。
そしてそれは寸分たがわずに、一心斎の両目い突き刺さった。
「グアア!?なんだ!?」
「フン!!」
動揺した一心斎の利き手を、信長改め佐助は、容赦なく切り落とす。
「ギャアアアァ!!」
「喚くな喚くな。先程までの威勢はどうした~!」
「信長~貴様~!!」
そう言って前も見えぬまま、一心斎は左手一本で剣を握ると、四方に向けてデタラメに振り回す。
「剣の天才がそれとは片腹痛いわ!!なんだその剣は~?」
佐助は次に虎の子の手裏剣をすべて投げつける。勿論彼の急所を外して、残った四肢すべてにだ。
「ギャアアア!!」
「痛がれ痛がれ。俺はお前のような才能があるのにそれを隠して、山奥でしたり顔をするええ格好しいが大嫌いなのじゃ!ハハハ、もっと無様に踊れ~!!」
「信長―!!」
目から血の涙を流し、これが剣豪の最後とは。無残。
「フン、信長ではない。俺はただの忍びだ。お前はただの忍びに縊り殺されるのだ!!」
「うわあああああああ!!」
もし一心斎が活劇の主人公であれば、この一瞬で佐助という悪は第三の誰かよって退けられ、一心斎は必死の努力により目と片腕を失った異色の剣士として復活を遂げる。そしていつの日か魔王信長として君臨する佐助を殺す勇者の一人として。美しき姫と名誉の回復のため、再び立ち上がるのだ。
しかし、これは冥府に近い忍びがあざ笑う場面である。
佐助は最早動けぬ一心斎を、何のためらいも無く斬首すると、その顔の皮をはいだ。
「こいつは記念に貰っておく。俺は頭蓋骨で酒を飲んだりせぬ。しかし、最後の仕事で出来た顔の皮を取っておくぐらいはイイだろう」
そう言って、佐助はその場から退散する。あとはこれを土産に信長宅へと押し入り、そのまま信長を殺し、佐助を狼藉者として切った、新信長(偽)が誕生するのだ。
「ふっふっふ。あっはっは。あ~はっはっはっは!!」
夜空に佐助の不敵な笑い声。魔王ここに誕生するとばかりの声である。
「愉快愉快!!」
彼は自分の体から気力が漏れ出るのを感じた。今や人生上り調子一直線である。
あとは信長に成り代わりさえすれば、彼は天下人に成れると信じているのである。
「もはや舶来語も勉強し、名物も覚えた。仕草、言葉づかい、全てが織田信長だ!!ファッハッハッハ!!」
信長フェイスの佐助は笑う。そして笑う。獣の気配もないこの山奥で、誰かを気にする事などなかったのだ。
そして彼は、その大声が命取りと感じるのに、実に何千年もかかる事になるのである。
「ん?さっきから妙に明るいと思ったが、今宵は満月であったか?……いや、そんなはずは……?」
佐助はいつの間にか月が満月になっているに気づくと、麻痺毒を調子に乗って吸い過ぎたのかと思い、急いでその場を離れる。
「ん!?なんだこの風景は!!」
佐助は急いで森の中に身を隠そうとしたが、周囲の風景が一周するように、彼が走るといつの間にか元の小屋のある位置へと戻ってしまうのだ。
「何!?さては幻術か!!妖魔か狸か!?ええい、姿をあらわせいぃ!!」
あまりの非現実さ加減に、佐助は逆上し剣を抜く。
彼のもう一つの冷静な忍びとしての精神は、こうなったらもう後は死ぬしかなく、あと少しと言う所で因果応報夢破れて惨死するとは、おとぎ話の様ではないかと笑っている。
しかしそんな深層心理はどうでもよく、戦っているのは体を動かしている方。いくら無様でも勝てばよかろうなのが、ニンジャと言うモノだ。
「hasdihafihapwmfawfpowajmf@awofamo@jfa@ogmog@jagaoivhngaoivgh?」
突如上空から聞こえる不可思議な音。その音の方向を佐助は振り向くと同時に、思わず剣を落としそうになる。
「なんと!?」
なんと、彼が巨大な満月だと思っていた何かが、ゆっくりと彼の元向かってきているではないか。
「馬鹿な!!馬鹿な馬鹿なバカナ~!!」
さすがのニンジャも巨大な動く月と、逃げる事の出来ない結界を前に狼狽しながら、しりもちをつく。
その彼をあざ笑いながら、巨大な月は彼の頭上にまで迫ると、蜘蛛の糸の如き細い光を彼にたらす。
「(おお、これが如来の蜘蛛の糸か……)」
「ギャアアアァアアアアアアア!!!」
佐助は叫ぶ。何故ならば彼の体はその光の意図に触れると一切動かなくなり、そのまま徐々に天へと昇ってゆくのだ。彼の深層心理にある冷静な忍びの心以外の全てが、現状の狂気に狂乱し、涎を撒き散らしながら叫ぶことを命令する。
「(まったく醜いものだな。人の最後と言うのは……)」
ニンジャの彼からしても、もう到底助かりそうもない高さまで持ち上げられ、彼がこの巨大な月を肌で感じることのできるぐらいの距離になると、月の中の一部が割れ、中の伽藍とした暗闇が彼を吸い込もうとする。
「(ハハハ!!化け物に生きたまま食われ、佐助死す、そうきたか。まったく無様だ。碌な物とは考えていなかったが、親方様のように、舞う暇も無しだ)」
「シニタクないぃぃぃ!!!!」
佐助はそのまま暗闇へと吸い込まれる。
彼がイマワの際に見た物。それは、大きな黒々とした目を持つ、頭でっかちな緑色の小鬼の集団であったという……。