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芋虫のゆりかご

芋虫の憂鬱

作者: haru

 「それではちょっと確認させてくださいね。」

 私より若いであろう看護婦はそう言うと私の肛門に指を入れてきた。入れてきた、と言っても感覚は殆どない。脊椎損傷の特徴、と医師は言っていた。腸の中をまさぐられる嫌な感覚があるだけである。前立腺との関係で、肛門に何かを入れると勃起する、という話であるが、勃起する様子もない。それも脊椎損傷の特徴であろうか。恥ずかしさと申し訳なさとを感じつつ、頭の隅にもたげる奇妙な快感を否定しながら、糞を掻き出されている。

 「はい、終わりました。ありがとうございます。」

 何がありがたいのだろう、と思いながら、私も、はい、と反射で答える。

 五月二三日。体調が安定してきている今、私はなぜ生きているのだろうかと思う。死がもっと身近に感じられた二月のころは、しきりに死にたくないと思った。それが、体調が元に戻ってくるにつれて別の思いが頭を支配してくる。なぜ生きているのか。友人の一人は、幸運に感謝した方が良い、と言った。そうなのだろうか。

 少なくとも、歩道橋から落ちた時は、半年前に亡くなった妻を追ったつもりはなかったが、やはりそうはいっても後追いという事になるのだろうか、とも考える。彼女の死後、私は彼女を思い何度も涙を流した。彼女の好きだった服、好きだった花、好きだった歌、好きだった私。何度も何度でも涙は流れる。だがそれが何だというのか。

 「和君、ある程度体が動くようになって良かったわ。転院前なんて・・・」

 付き添いをしてくれている母が言う。確かに、体は前より動く。寝返りを打てる。コルセットをしなければいけないが、自分でベッドから起き上がれ、車いすにも乗り移れるようにもなった。だが、それが何だというのだろうか。生きていく上で、それで出来ることなど何もないというのに。

 事故扱いで、高額医療費扱いとなり、月一〇万程度で済んでいる入院費も、母が払ってくれている。会社から出る傷病手当だけではそれには足りず、彼女の年金を崩してもらっている状態なのだ。こんな体では今後返済できるあても無い。勤めていた会社の会長が見舞いに来た時に、「時間があるんだったら通信教育で資格でも取ればいい」などと言っていたのを思い出す。少なからず憂鬱になってしまう。

 それでも母は、死ななくてよかった、と言ってくれている。そうなると、自殺を図るのも申し訳ない話なのだろうか。私の尿量を記載するためのボードが目に入る。そのボールペンの先ならばあるいは、と思う。

 明日は、病院に決められている風呂の日だ。確かなのは、風呂の前にまた感覚のない尻の穴から糞を掻き出されるということだけである。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 特殊な状況下の特殊な出来事なので興味深く読ませて頂きました。 シリーズ前作の『芋虫の産声』では「看護師」という表記でしたが、 今回の冒頭では「看護婦」という表記になっている所、 細かい部分…
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