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女王の国  作者: 結花
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泣虫の先に


第二話です。



―お昼頃、だろうか。空は晴れていて、雲一つない。

庭園の中に、若い両親と、小さな娘が一人、たのしそうにいた。

「おとうさまーおかあさまー」

娘は、きゃははと笑いながら、両親を丸で囲むように走り回っている。

「はは。美空は本当に元気だなぁ」

父親が笑いながら自分の前に来た娘をひょいと抱き上げる。そしてそのまま肩車した。

「本当に。あなたの小さいころにそっくりだわ」

肩車されたことがうれしいのだろう、娘はきゃあきゃあ騒いでいる。そんな娘を見ながら母親が言った。

「子供は元気なのが一番だよ。なぁ美空」

今度は娘を方から下ろし引き寄せて抱きしめる夫と娘を、母親は愛おしげに見つめている。

「ふふ。美空に言ってもわからないでしょう」

そういって娘の頭をよしよしと撫でる。

「あなたは私たちの宝物。いつもあなたが幸せでありますように」

微笑んで、母親が娘のほほに軽く口づけた。

「あなたも」

妻に言われるがままに、父親も娘の反対側のほほに口づけた。

「これからも、ずっと一緒よ」

「ああ…。ずっと、三人一緒だ」






「…-ま、姫様」

誰かに呼ばれている気がして、目を覚ました。

ぼやぁとした目を、瞬きしてよく見えるようにする。目の前で顔を覗き込んでいるのは伽耶だった。

「ああ、やっとお目覚めになられました。ご気分はどうでいらっしゃいますか?」

伽耶や莉奈たちは、侍女であるとはいえ、いつもは部屋の外で待っている。なのに、今日は起こしに来ていた。

「え…あ、大丈夫……」

なぜここにいるのか、聞こうとしたら向こうから言ってきた。

「昨日あんなことがありましたからねー何が起きるかわかりませんし、今日は一日お側におります」

昨日、曲りまがっても義父であり、女王の夫という逆らえない人間に逆らってしまった。王女といえど、何をされるかわからないから一緒にいて、安全であることを約束させる気なのだろう。

「ええ。でも、大丈夫よ。いくらあの人でも、王女の部屋に入ってくることはないと思うし。それより莉奈は?」

いつもなら伽耶よりも近くにいるはずの、莉奈の姿がない。

「陛下のご命により、すこし外出されているようです。すぐ戻ると思いますわ」

莉奈は、母に恩があると昔言っていた。王女付きの侍女でありながら、女王直々の命を受けているというのは、そういうところからだろう。

「わかったわ…ねぇ、伽耶はここにきて何年だっけ?」

「わたしですか?わたしは今月で丁度、五年目になります」

とくに知りたかったわけではないが、なんとなく気になった。莉奈と伽耶が、いつから自分のそばにいたのか。

先ほど見ていた光景―夢に出てきた少女は、美空、と呼ばれていた。ひょっとして―

「―ありがとう。わたし今から着替えるから、下がっていいわよ」

「かしこまりました。外におりますから、何かございましたら、すぐおよびくださいませ」

そう言って、素直に下がってくれたことに感謝する。

「ふぅ…」

一人になって、どこか心軽くなる。夢のことについて考えようとしていたら、後ろから突然、声が聞こえてきた。

「あの…さっきのお姉さんのことお嫌いですか?だからあんなこと聞いたのですか?」

「!?」

後ろを振り返っても人はいない―

「上です、上」

言われるがままに、上を見ると、ちょうど真上。一人の少女が寝台のカーテンの端から頭を出して、こちらを見ている。

まさか、わたし見えるの…!?

今まで見たことなかったが、そういう類も見えるようになったのか、と驚いていると、少女は笑って言ってきた。

「あ、幽霊じゃありません。ただの人間です」

そしてそのまま、すっと宙に身を乗り出すと、すたっと、目の前に綺麗に着地した。

「あの…」

声をかけようとすると、少女は目の前で膝まついた。

「王女様、はじめまして。わたしは、翔太の妹・珠です。今日より、王女様の護衛として、この身を捧げます」

「翔太の妹…」

綺麗な茶色の髪に、くりくりの大きな瞳。

確かに、よく見れば、翔太に似ているような気もする。

少女は元気に頷いて、それから少し、にやけたようになった。

「はい!お兄ちゃんってば、昔から王女様にゾッコンなんですもの」

ゾッコン、の意味がよくわからなかったが、苦笑いで通す。しかし、珠は止まらない。

「それでね、王女様の事守りたいって、ずっと言ってたんですよ。だから私が来たんです」

「は…はぁ」

話についてゆけず、ただただ見ていると、珠は微笑んで、頭を下げた。

「これから、命を懸けてお守りします。よろしくお願いします、王女様」

こうして、美空と珠の奇妙な主従関係が出来たのである。



―同刻。女王の執務室では、女王が一人、部下も護衛もつけず、文字通り一人で机に向かっていた。

「れーいーこっ」

元気のよい声で入ってきたのは、玲子がよく知る女性だった。美しい黒髪に整った容姿。

「胡蝶!どうしてここにっ…」

胡蝶と呼ばれた女性はここにいるような人ではない。なぜなら、彼女はただの一市民だからだ。

「うふ。ひまだから来ちゃった。なによ、女王様は、身分違いに私に会いたくない?」

胡蝶は、今は、城下にて店を営んでいる。

彼女は少しワケありな人生を歩んできたから、相当な苦労をしているはずなのだが、玲子と会うときはいつもこうしておちゃらけているのだ。

「そういうわけじゃなくて…」

「ならいいわよね。久しぶりに、王宮の豪華さみたいなのが見たくなっちゃって。相変わらず派手ねー」

頭をまわして部屋を見渡しながら言ってくるので、玲子もうなずいた。

玲子たちの周りはそこまでだが、壁の横など、部屋隅には豪華なツボやら皿やらたくさんある。

それらはすべて、女王である玲子宛てに貴族たちや、隣国などの王たちから送られてきたものである。

「調度品とかそのままにしてたらもったいないでしょう?よかったら少しおすそ分けするけど」

「やーよ。急にこんな高そうなものもって帰ったらみんな不審に思うでしょ。あたし目立ちたくないもの」

冗談ではなく本気で、胡蝶は断った。

何度も言うが、胡蝶は今、城下で働くただの一市民だ。そんな彼女がいきなり豪華な壺やら皿を持ってきたら、みんな不審に思うからだろう。

「そうだったわね。あ、そういえば、ゆかりちゃん…だったかしら?元気にしてる?」

「元気よ。とてもよく働いてくれてるわ。あーいう健気な子、あたし大好きよ。それより玲子、美空はどうなの?下町にはなかなか情報が来ないのよ」

「あの子は…ね。それより、聞いてくれるかしら?私の話」

「ええ、勿論よ。そうじゃなきゃ、あたしがここにいる理由なくなっちゃうもの」

胡蝶は微笑んで、玲子の机を挟んですぐ前に椅子を置き、腰かけた。





「あのね、一応、私にも衛兵はいるのよ?さ、三人だけど…で、でも、大丈夫だから!それに、私よりもあなたのほうが守るべき対象なのよ」

自分よりも年下の少女に守ってもらうなんて。そう考えると、全力で否定した。

「王女様って呼ぶよりお名前で呼ばさしていただいたほうがいいですよね。あの、失礼ですが、王女様のお名前、お教えいただきませんか?」

ふいに、予想外のことを聞かれて、戸惑った。

「私の…名前?」

「はい!私みたいな平民には王女殿下の名前なんてとても存じ上げられなくて。ですがこれからはお名前、存じ上げてもよろしいかと…い、いけませんか?」

「違うの…びっくりしただけ。わたし、今まで名前で呼ばれたことがなかったから」

「えっ…」

「侍女たちは『姫様』『王女様』。貴族たちには『殿下』。お母様―女王陛下からは『あなた』……、誰も、名前で呼んでくれなかったもの」

ふと、無意識のうちに涙がしたたり落ちてきた。

「王女様…?」

珠がおろおろとした様子で顔を見てくる。

困らせているのかと焦りながら、慌てて答える。

「う、うれしいの。私のこと、名前で呼んでくれるのが………みく。私の名前は美空よ」

自己紹介なんかしたことがなかった。名前で呼ぼうとする人なんていなくて。

「美空様…これからは、そうおよびいたします」

微笑んで答えた珠に、美空もまた、微笑んだ。




ありがとうございました。

誤字、脱字などがあればコメントなどで

教えて下さると幸いです。

まだまだ未熟者ですが精一杯頑張っていきますので、

宜しくお願い致します。

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