千逗里緒
ここは何処だ?
何で怒ってるの?
高校から帰宅中、バスの中で仮初めの出会いと思っていた極上の少女は、実はこの俺、千乃工口≪ちのくぐち≫をAV界に勧誘することを目的に接近して来たスカウトであった。
彼女の名前は”ララカー・ミラミ・アポストロ ”。本人の要求する愛称は”ラミア”である。
ただ、本人は何故か嫌っているのだが、俺の中では既に”まほまほ”と言う名前で落ち着いている。
俺と彼女の間には、初めて会ったバス中から自分の部屋の中に至るまで、色々な出来事があったのだが、結局俺は彼女の胸に抱かれ、AV界を目指し天に向かって登る破目になってしまった。
そんな訳の分からない最中である。
俺は不覚にも、不注意によりあっさりと気を失ってしまったのだ。
俺が連れて来られたのは、雲を突き抜ける高い山の山頂近くの洞窟。
気を失った俺は、彼女から肝心な説明を何も聞けずじまい。
しかし、彼女は充分に説明をしたつもりで、俺を置いてけぼりにして満足げに去って行ってしまった。
独り残された俺が洞窟内を探索すると、中にあるのは3つの扉だけ。
どうやら、その一つを選択しなければ、一生そこから抜け出せないようである。
そこで、俺は何の予備知識もないまま彼女が別れ際に残した言葉のみを信じ、”AV”と言う扉を思いきって開けてみたのだ。
すると、どうだろう。
扉の中からは突然と物凄い吸引力が発生したのである。
俺は当然、物凄い勢いで吸い込まれてしまう始末で、なんとこの日二度目となる気を失ってしまったのだ。
そして、俺が目が覚めたところは・・・。
★☆ 第 2 章 ★☆
☆★ 第 1 話 ☆★
★☆ ♂千逗里緒♀ ★☆
人、人、人・・・。
俺は人間に対する恐怖を生まれて初めて感じていた。
テレビで観た事があるイナゴの大群な中に一人飛び込んだ様な感覚である。
どんな事があると、こんな大勢の人が血相を変えた表情で走り回る事になるのだろうか。
戦争か内乱か?
しかし、それを思わせるには物理的要件が俺の感覚器には伝わってこない。
何かの災害でも起こったのだろうか?
いや、それも上記と同じ理由で却下だ。
じゃあ、本当に前代未聞のバーゲンセールだろうか?
それにしては、動く方向がランダムではないか。
俺は不覚にも一瞬の叫び声を上げてしまったその後は、身動きを取ることが出来ずに、暫くその場で思考のみを働かせていた。
すると、急速に人口密度が低くなっていく。
よく見ると、男女が組みを成し、去っていくではないか。
次第に霧が晴れて来たように見晴らしが良くなり、辺りの様子が分かってくる。
外壁は石に煉瓦、それにカラフルな塗り壁。屋根は素焼の瓦の三角屋根。どこかヨーロッパを思わせる街並。その並を二つに仕切るかの様に縦長に存在する石畳の広場。
広場と言うよりも果てしなく長い直線の道路と言った方が正確かもしれない。
幅は100m程度だが、長さの一方は少し先にある、山の様に雲を突き抜けた真っ白な近代的な塔までで。しかし、もう一方は地平線と”T”の字を作っている。遥か彼方だ。
この、恐らくは道路。
今は歩行者天国なのか、初めから道路ではなかったのか、道路と言う使われ方はしていない。
イナゴの大群の住みかだ。
本当に俺は何処に来てしまったのだろうか。
そんなことを茫然と考えている間にも、血眼の男女が対になって掃けて行く。
しかし、残された人々の目付きは、一層鋭さを増している。
恐ろしい。本当に恐ろしい顔付きだ。
絶対関わりたくない。
そう思っていた時であった。
「あの~すみません。わ、私と組んで下さい!お願いします」
多少噛んではいるが、はきはきとした大きな声である。
俺はその声に振り向くと、声の主は下げていた頭を上げた。
目の前に立っているのは、俺と同じ年齢位の女の子であった。
利発そうで清楚な顔立ちに、細身ではあるが陸上競技をやっていそうな引き締まった体躯。
本来活発なのであろうが、今は顔から首まで素肌の出ているところ全てが真っ赤で、極度の緊張状態が伺える。
服装は、行き交う人達の色目かしい格好から比べると、至って質素である。
年齢も周りの人達よりも少し若く見える。と、言うことは俺もこの場では俺も若い部類になる。
そして、目付はこの場に全くそぐわない。おどおどしており完全に踊ってしまっている。
俺は彼女を見た瞬間から、俺の不安はたちまちの内に何処かに飛んでいった。
それは、スケベ心からではない。
彼女のその緊張感が俺の不安を遥かに上回っていたからである。
「お、お願いします」
再び、低姿勢に俺に向って頭を下げて来た。
ナンパか?
いや、ナンパにしたら見た目も行動も気持ちが良い位に硬派である。
それに、追い詰められた様な行動にも見える。
「お願いって、な、何をでしょうか?」
俺は彼女の姿勢が姿勢なだけに、自然と腰が低くなり、丁重に彼女に訪ねてみた。
この質問が可也まずかったようだ。彼女は赤い顔をさらに赤くして、
「な、何をって、ふざけてんの!」
先程までの低姿勢も何処へやら、一転、俺に向って怒りだした。
・・・ど、どう言うことだろうか?
俺をからかっているのだろうか?
いや、この真面目一途そうなタイプの人間が、そんな器用なことが出来るとはとっても思えない。
「そんな、ことはないです」
俺は両手を正面に出し、手を振りながら一応否定をしてみた。
「わ、私が初めてだからってからかってるのね!あんただって、そう変わらないでしょう」
「い、いや別に、そんな訳では」
次第に強まる彼女の剣幕に俺は気圧されていく。
・・・拙い。何かの誤解が生まれている。だが、解決するにも原因を見つけられない。
どうする、工口。
その時だった、俺は彼女の首から赤い紐でぶら下げられているクリアケースが目に入った。
中には写真付きの名札入れてある。
・・・そう言えば、みんなぶら下げているではないか。
ぶら下げていないのは俺だけである。
俺はそこに誤解の種が埋まっているのではないかと閃いた。
そして、俺は彼女の名札を読もうと目を凝らした。
「224卯年度 第一回 無差別オープン大会 登録許可書 いー1056番
女優コード 01919114 千逗里緒」
と書かれている。
俺の頭に引っ掛かったのは、その中の”女優”と言う二文字である。
・・・女優?
取り敢えず俺は、自分の体にぶら下がっているべく名札の辺りに手をあてて見た。
彼女の名札に視線を置いたままである。
これはいい勘であった。
彼女は”これ以上驚きようがない”と言う顔を俺に見せてきた。
途端、彼女はもじもじとし出し、怒っていた態度も恥ずかしそうな態度に瞬時に変わってしまう。
怒りの赤さが引いて行き、若干の恥ずかしさの赤さに納まり始める。
「えっ、出場者じゃないの・・・」
彼女はそう呟くと、途端、肩を落とし落胆の姿を見せている。次第に顔が青くなっていく。
・・・出場者って、一体何のだろうか。
ここで血相を変えて走り回っていたのは、何かの競技だったのだろうか?
俺は急遽色んなアンテナを張り巡らすが、何も捉える事が出来ない。
いや、唯一感じられたことがあった。
意外に目の前の女の子がスレンダーで可愛いことである。
しかし、この状況で仲良くなれるとは全く思えない。でも、敵は少ない方が良い。
こんな時は状況が掴めなくても取り敢えず、慰めることだ。
そう思い、
「そんな、気を落とさずに、きっと良い事もあるから」
励ましたつもりだ。
つもりだった。それが、彼女の何かに着火してしまった様だ。
何かに気が付いた様な表情で、再び怒り出した。どうやら気が短い様だ。
「何で、出場者じゃないのに、こんなところでウロウロしているのよ」
「ウロウロって・・・」
そんなことと言われても俺も好きでここに居る訳では無い。
「見てよ、もう目惜しい人なんていなくなっちゃったじゃないの。あんあたのせいで!」
凄い剣幕だ。
それには、俺も腹が立つ。
こっちとしては訳も分からずに一方的に引いているわけだ。それに、慰めようとまでしたのだ。
それを、何て言う言い方だ。俺の何処が悪い!
と心では思いながら、
「そ、そんな俺はここに立っていただけで、勝手に声を掛けて来たのは・・・」
控え目に言ってみた。
すると、
「私が悪いって言うの!もういい!」
一応自分にも否があると認めたのだろうか?
ぶつぶつ言っている。
そして、彼女は素早く踵を返すと、
「何でこんなところに居るのよ。普通いないでしょ。参加しない人が・・・・」
抑えきれない怒りを小言に変えて、立ち去って行った。
その頃には、先ほどまでの賑やかさは無かった事の様に、空っ風が石畳の上の砂埃を巻き上げていた。
まばらに通り過ぎて行くのは、僅か数分前まで、血相を変えて血走った目付きであった人々とは対照的な、落胆の目付きの元気のない人々である。
辺りはすっかりに静かになっていた。
それで、俺は我に返った。
そうだ、ここは・・・何処なんだ?
あっ、そうだ。
もしかして、ここがAV界?
まさか・・・。
みんな服を着ているし・・・。
<つづく>