たとえあなたが神の使いでも(起)
置き去りになっていた、里緒の”特許申請”の結果は・・・。
あ~~んもう、ホント頭にくるんだから・・・。
バスを待ち切れない里緒は、部活が終わると直ぐに”第27部 そ地区羊役場”へ向かって、ペース配分も考えずに猛ダッシュ。
何で、おじいちゃんも、一持さんも肝心なこと知らないのよ。
危なく、私の大切な”特許権”がなくなるところじゃない。
ホント、使えないんだから・・・。
もし、間に合わなかったら、一週間は口を聞いてやるもんか!
塩南先生から教えてもらった”特許申請”の情報は、”今日中に千乃工口が申請した第27部 そ地区羊役場で登録を済ませなければ、自分の権利が無効になってしまう”と言うものであった。
ただ、”今日中”なので、ゆっくりと役場に向かっも全く問題ない時間ではある。しかし、それでも里緒は急がずにはいられない。焦る気持ちは止められないのだ。
世の中には、万が一と言うこともある。それに、決して塩南先生の話を疑っている訳ではないのだが、気が急いでしまうのを止めることは出来ない。
「はー、はー、はー」
殆ど歩いているのと変わりない速さになっても、気持ちは全速力で走り続けているつもりだ。
「よ~し、後もう少し。この頑張りで一生が変わるかもしれないんだから・・・。ファイト!」
里緒は自分にムチを撃つ・・・。
★☆ 第17話 ★☆
☆★ たとえ ♂ ☆★
★☆ ♀あなたが ★☆
☆★ 神の使いでも ☆★
こうやって里緒と学校からの帰りを共にするのは、俺がこのAV界の高校生として”へ高”に通い始めた初日依頼のことである。けっこう懐かしい感じがする。
とは言っても、実際はあれから長い様でまだ2週間しか経っていないと言う事実がある。それは、いかに俺の過ごして来た日々が濃厚であるかの証しではないだろうか。
俺はこの僅か2週間の間で、自分自身も気付かずにいた”臨機応変”、”柔軟性”、”小さいことは気にしない”と言う技を発揮して、見事にAV界に適応してしまっている。
それに、柔軟体操部では何故か?何もせずとして部員の信頼を集めている。
一体、これはどう言うことなんだろう?
運なのだろうか?
今となっては元の世界で、その実力が発揮出来なかったことの方が不思議に思えてしまう。
AV界と言う異世界とは言っても、少々世界の仕組みがエッチに変わったと言うだけで、それ以外は俺の元の世界とそれ程違いは感じられない。それなのに、俺は元の世界とは異なり、世間の中心の方に存在している実感がある。
もしかすると、運では無く、その”エッチ”と言う、その微妙なさじ加減が、俺に取って重要な要素だったのだろうか?
ホントにそうだとすると、多少、自分の本質に微妙な意識をしてしまうのだが・・・。
元の世界に戻る確固たる術の無い今、過ぎ去った18年間に今の実力が発揮出来ず、さっぱり芽が出なかった謎を振り返って見ても、俺の脳裏に不思議ちゃんが数人出没するだけで、結論に達しないのは既に分かりきった話しである。
それであれば、変にその原因を追究せず、この相性の良いエッチな世界で生まれ変わった自分?を存分に信じ、己の才能を賞味するべきなのではないか!
元々、俺の生誕18年の悔いはそのエッチ近辺の”もやもや”にあるのだし・・・。
それに、何と言ってもAV撮影大会での快挙だって運だけでは片付けられないはずだ。
きっと俺には、元々天性のエロ才能があったのかもしれない!
俺は元の世界では羞恥心の余り、エロを影に隠し過ぎたのである。きっと・・・。
そう考えると、俺自信、自分の謎の才能に溺れてしまいそうであるが、一方、本当に鵜呑みにしても良いのだろうか?と言う気もする。
今や、初演の破格なアクセス数はG1トップクラスをも超越しようとしている。まだ、入金はされていないが、俺の元には多額の印税的な収入があることは間違いはない。
世間のあちこちでは俺の噂が囁かれ、新人AVスター現る等と言われていることなのだろう。
”だろう”と言う想像を脱しないのは、AV大会での俺は、銀髪カツラに赤いアイマスクの”エロン棒様”に変身していたので、日々の生活関しては特に変化はないし、周りに騒がれたり、人の視線が気になる訳では無いからだ。
多少、存在する世間の不自然な”視線”等は、俺がこの世界に来た時から継続していることで、恐らく自分では気付いてはいないが、何かしらこの世界の人達とは違ったところがあるからだろうと思われる。
例えるなら大した話ではないが、俺みたいに真っ黒な髪の毛をしている人は、見た事が無い気がする。 大概は黒系の髪の毛であっても光にかざすと、青、赤、黄等の混色を見ることが出来る。
最近まで余り気にしていなかったから、気のせいかもしれないのだが、多分そうだ。
あ~、でもAV撮影大会で相方を務めてくれた里緒は俺と同じ真っ黒であるから、少ないだけなのかもしれない。
んっ? いや、もう一人居る。そう言えば、あいつもそうだった・・・。
そのAV撮影大会で相方であった里緒の方はと言うと、彼女は、演者名は本名のままだし、素顔の撮影であったから、言うまなく一週間前のあの俺との初演依頼、今やそこそこに有名人に成って来ている。
近寄ってまでは来ないが、行き交う人々が里緒に向けて来る視線の熱さは尋常ではない。この先、特許申請のことが知れ渡ってしまうと、もう、こんな風に里緒と並んで歩くことも出来なくなるのかもしれない。
この世界のミーハー度が何ぼのものかを掴んだ訳ではないが、この世界のAV撮影に対する思いを考えると、恐らく間違いないことは安易に予測出来てしまう。
だから、だからだ。
俺は今日の日の偶然を少しだけ楽しみたいと思っている。
家で俺の帰りを待つ、、”まほまほ”ではなく、ラミア改め、ミラミには申し訳ないが・・・今日は少し帰りが遅くなりそうだ。
好物のカップラーメンでも食べていてくれとお願いする・・・。
と、言う事で、俺、千乃工口は、先ほどからずっと千逗里緒の笑顔を楽しんでいる。
それも、もしかすると塩南先生の計らいなのではないかとも思ってしまうが、それは考え過ぎなのだろうか?
幾らなんでもそこまで先が読めてしまうような”不思議な力”を持ってしまっていては、先生自身が不幸過ぎる気もする。自分の人生を楽しめなくなってしまう恐れがあるだろう。
どう見てもあの先生は俺の知る限り、AV界で人生を一番楽しんでいるのではないかと思えてしまう。だから、当然今回の先生のタイミングの良さも、ただの偶然なのであろうとは思う。
それでも、その偶然を引き寄せる塩名先生の運勢はやはり常人ではないのかもしれないとは正直思ってしまう。まあ、どちらにしても、先生のお陰でこんな機会を手に入れることが出来たので良かったのだが・・・。
と言うことで、今こうして里緒と一緒なのは、部活の終了時に塩南先生から、迂闊な行動についての指摘をしてもらったお陰である。それに、先生は既に里緒にその事のフォローもしてくれたのだ。
今は役場の外は昼夜の境を終えようとしているが、俺はその”事”の成り行きを知りたくて、今から2時間は前になるだろうか、俺は取り急ぎ”第27部 そ地区羊役場”のJRAV会窓口に向かったのだ。
もちろん、その”事”とは、”特許の保留申請”に向かった里緒の状況のことである・・・。
俺が”事”の成り行きを直ぐにでも知りたくて、慌てて柔軟体操部の練習場”第一スタジオ”を飛び出し、急いで役場に来て見ると、驚いたことに何故か里緒が窓口の内側でのんびりとお茶をすすっていたりしていた。
おい、お前は何を・・・してんだ?
心配で、息を切らして急いだ俺との状況の差異に面喰ってしまう。
と、思いつつ近づいて行くと、俺の思い込みが全く的外れであることが里緒の様子から痛い程伝わって来た。
里緒は俯いたままの顔を真っ赤にして、ハンガーの様にいからせた肩を金棒の様に硬直させており、それに1ミリの緩みもなく両膝を揃えている。
きっと、あの膝何ぞに挟まれでもしたら、生乾きの雑巾あたりなら、水滴の一滴や二滴は床に落とすことは可能であるだろうと思う。
およそ凶器とも言えそうな内転筋群の力だが、そんな膝に挟まれたくないかと言えば、試しに挟まれたい気もするのは、俺が既に何かしらの”里緒病”を患っているからかもしれない・・・。
その里緒の内転筋群に力の源、いや、緊張を与えている根源は、紛れもなくテーブル挟んで向かいに座っている住民課の窓口担当のいつものレンズ無しメガネのお姉さんと、その隣でやたらべたべたとした愛想を里緒に向けている、頭と顎鬚に疎らに白さが見られる人物である。
そんな、これっぽっちも威圧の感じられない二人を前に遠慮なく緊張をしている里緒に、一瞬、めまいを起こしそうになるが、こんな余裕の思考が出来るのも、あの猪突猛進の里緒がこれだけ緊張していると言うことは、恐らくは”特許保留の申請”が間に合ったのではないかと予測されるからである。
であれば早く事実を確認して、この緊張状況から救出してやることが今後の里緒との親交には大切であると思われる。と言うより素直に助けてあげたい。ここは、いいとこを見せなければならない。
それにしても、彼は確かこの役場の役場長のはずだが、俺の印象とは随分と異なっているのだが、元々こんな人物だっただろうか?
俺の彼の記憶と言えば、俺と里緒の初演”第27部 第一回 サラ18歳新人大会”で、この役場での大会宣言をした時のみではある。
短い時間だったとは言え、その時のイメージとは可なり違ってる気がする。
確かにあの時も、優しそうには見えたのだが、今はそれどころか”へなちょこ”に近い位に一本通った筋みたいな物が感じられない。ナマコみたいに感じられる。
なんだろう?あの”でれー”っとした鼻の下は・・・。
まさか、子供の頃から露出を見慣れたこのAV界で。高校生の里緒に欲情しているわけじゃあるまい・・・。
それとも、AV大会の成績がもたらした副産物なのだろうか・・・?
どちらでも良いが、あれで役場長が務まるのだろうかと心配されてしまう・・・。
俺が彼らの最寄りの窓口に近づくと、いつもの住民課の窓口のお姉さんが一番先に俺に気付いてくれた。
振り向く姿のヒップラインの丸みが堪らない・・・・が、ここは里緒の前だ。視野を広くとって視界の右下片隅で楽しむとしよう。
「あら、工口くん、いらっしゃ~い」
この親しい感じが嬉しい・・・。続いて、隣のヘナチョコじじい、失礼、恐らくは役場長だろう人が、
「これはこれは千乃さま。ではありませんでした。今日は俳優としていらしゃっているのであれば、福山さまと呼ばなければなりませんね。申し訳ございません。ようこそお越し下さいました」
この腰の低さと愛想笑いが気持ち悪い上に、この丁寧な言葉遣いも見た目にしっくりこない。
因みに”福山様”と言うのは、俺が自分の俳優名を”福山回春”と安易に名付けたからだ。
それにしても、この役場長、俺に対してもへなちょこな愛想を振り撒くと言うことは、バイセクシャルじゃ無い限り、やはり俺たちの”特許申請”が原因としか思えない。
まだ申請の段階なのに、”特許”とはそんなに効力のあるものなのか?
勝手にやらせとけばいいのだが、さすがに揉み手だけは、他の職員や役場に来ている人の手前、止めては欲しい気がする。しかし、折角の好意を無に出来ない。ここは、早く里緒の申請の事実関係を確認して、とっとと里緒を救出するとしよう。
里緒は俺を見つけると、ホッとした顔を俺に向けてきた。
それに俺は彼女の言葉も聞かずに安心をしてしまう。彼女の3.5倍はホッとした自信がある。
彼女の様子から特許申請に間に合ったことが、想像から確信に昇格したからだ。
因みに半端の0.5は、G3食堂で、ラミア改め、ミラミが里緒よりも先に俺とキスをしたと言う衝撃の事実を、暴露した事に対して、里緒が俺に対して怒っていないと確信が持てた分である。
「いえ、呼び名は”千乃でお願いします」
演者名の”エロン棒様”以外であれば問題は無いが、極力、演者名から遠い方の本名が無難なのは間違いない。
「そうでございますか。それでは、これからそう呼ばせて頂きます」
役場長の何かゾクッとさせるご丁寧な揉み手の後、直ぐに申し訳なさそうに”いつもの住民課の窓口のお姉さんが、待ちきれない様に口を開いた。
「受領書は、まだ出来て無いの。
遅くなってご免なさい。でも、無事特許申請手続きは進んでますから、安心してくださいね」
なんて、聞いてもしないことを丁寧に説明してくれる。
やっぱ、特許は申請だけで凄いのか・・・?
もちろん、自分の申請について自分できっちりと手続きを行っているので特に不安などは無い。それより、分かり易い里緒の様子からは想像がつくが、今、ここに来た事の目的、里緒の申請の結果を確認せねばならない。
「受領書のメッセージは、子機で確認しました。明日なんですよね。
それより、里緒、いえ千逗さんの申請は間に合ったんですよね?」
「ああ、そうそう、それなの。
今、千逗さんにもお詫びしてたところなの。何せ特許申請なんて初めて扱ったものだから、私もすっかり舞い上がっちゃってしまて・・・本当に、ごめんなさい。千逗さんの手続きも無事完了しましたから安心して下さい」
やはり、直に聞くと、すっきりする。
しかし、あの時彼女が、そんなに舞い上がっている感じはしなかった。いやいや、それどころか何時もと同じ落ち着きであった記憶がある。俺の緊張とは裏腹に、呆気なく手続きは終了したはずなだ。
どちらかと言うと、今日の方が特別過ぎるだろう。
それとも、あの時も窓口業務担当として平然を装っていただけなのだろうか?
彼女も役場勤めをしているからには、AV撮影大会でそれなりの成績を修めた女優であることは間違いない。あの落ち着きも、実は演技だと言うのだろうか?
まあ、そんな疑問はどうでも良いことだ。それよりも、ホント良かった。
「いいえ、無事保留申請が出来たのなら良かったです。
お聞きしなかった僕も悪いですから・・・。無事、保留申請が出来て良かったです」
と、迂闊に喜んでしまったが、果たして当の里緒が俺を許してくれているのかどうかと、横目で顔色を窺ってみる。
すると、あれ?何だか、そわそわしているぞ。
すると、この様な初めての場に極端に弱い里緒に代わり、
「あ~ら、保留じゃなくて一緒に”特許申請”したわよ。ねえ、千逗さん」
と言って、いつもの住民課のお姉さんが里緒に向かって満面の笑みを向ける。
そこに、いつもの俺に対しての強気が影を潜めた里緒が、話の隙を狙って控えめに割り込んで来た。
「く、工口君、あの~私、工口君と一緒に特許申請することにしたの」
真っ赤な顔から湯気でも出しそうに、そんなことを言ってくれる。
いや、それはそれで嬉しいが、いいのか?
「マスターは良いって?」
「お祖父ちゃんなんか関係ないもん。私の事なんだから自分で決める」
「でも、もし特許が取れなかったら、いや取れなくたって申請しただけで、世間から何て言われるかわかんないって・・・」
「それでも、いいの。私、工口君と一緒に申請がしたいの。だって、一緒に演技したんだもん。喜ぶのも、笑われるのも一緒がいい」
ズッキン!と、俺は心臓を一思いに撃たれてしまった。
やっぱり里緒が一番可愛い・・・。
俺は渾身の力で里緒を抱きしめたいが、此処は公共の場である。俺は必死に欲情と戦い、せめてもの反乱として、里緒の座る椅子の背もたれに手を当てる。
そして、満足せい!と自分に言い聞かせる。
金属の冷たさが伝わるが、ここは温かいと錯覚しよう・・・。
本当は、攻めて首筋、いや背中でもいい。無理ならば頭をこの掌一杯で掴むだけでもいい。
直に触れたい。触れたい・・・。触れたいのだが、どうやら他人目の力が俺を寸での所で抑制してくれた。
この状況だけでも満足せねばなるまい・・・。
俺は、必死に色んな身体の現象を内部の出来事として押さえ込む。
この後、このハイテンションにさせられた気持ちが、ちょっと気持ち良くなってしまい、俺は何だかんだと他愛も無い雑談やら、今度開かれる三校合同AV祭の話やらで意外と盛り上がり、役場の閉まる直前まで里緒の救出もせず、長湯をしてしまった。
とは言っても、里緒も次第にリラックスして行き、以外と役場長も気さくな人間であり、里緒も楽しそうにしていたので問題は無いであろうとは思っている。
結局、俺と里緒が役場と言う温い湯船から出たのは、本来のJRAV窓口の女性が現れたからである。 そして、彼女にはかなり脅かされてしまった。
彼女は、俺達に
「穴井主任、たった今、申請が取りけされました」
等と言って近づいて来たのだ。
「取り消し?」
取り消されたって?まさか、俺達の申請では無いだろうな・・・。
と、俺が不吉な寒さを感じていたら、俺達のことを感じ取ってくれたのだろう、
「ああ、それは別の話し。もう、紛らわしいわね~もう、いつになったら一人前になるのやら・・・」
と、住民課の窓口のお姉さんがすかさず否定してくれた。
どうやら俺たちの事では無く、別の件のようだ。いつもは常に優しい口調の彼女が、
「千乃さんと千逗さんの受領書は下りたのね」
なんて、何時にない厳しい口調を向けている。ここも縦社会なのだろうか。それとも、今、初めて名前を知った本来住民課の穴井主任はキツイ性格なのかと疑ってみたりする。
そんな俺の表情に気付いたのか、
「は~い、只今お持ち致しま~す」
と言う、本来のJRAV窓口の女性の返事を聞くと、
「あ~ら、ごめんなさ~い。もう、あの娘はホント・・・」
何て、妙に穏やかに笑って見せる。
ちょっと穴井主任の本来の性格を疑ったりもしたが、受領書を持って戻って来たお姉さんとも、どうやら仲が良さそうである。
恐らくは仲が良いからこその、気兼ねの無い行動だったのだろうとホッとする。自分の知り合いは、皆優しいであって欲しいと願うのは俺だけでは無いだろう。
とにもかくにも、こうして塩南先生のお陰で二人揃っての申請が無事に完了することが出来たのだ。
これから俺達が世間からどう見られ、どう対応するかは俺達の問題だ。
思えば、初めてAV界で会話をしたのも里緒であれば、初めてのAV大会の相方も里緒なのである。
特別な?か・・・。
役場の外は昼夜の境を終えようとしている。里緒のことが心配で後を追って来て、こうやって二人で肩を並べて役場を出ることに、何か分からないが、里緒への特別な思いが胸の中を騒がしているのを感じる。
受領書を受け取った里緒は俺の錯覚で無い限り、俺の隣で嬉しそうに微笑んでいるに違いない。
横目で覗く微かな表情から、勝手に想像するにはだが・・・。
結局、塩南先生の計らいで、特許申請は上手く納まったのだった。
全く塩南先生はフワフワして掴みどころが無い先生だが、勘なのか計算なのか要所を外したところを俺は見たことが無い。
一見、俺は見事にAV界に適応し、柔軟体操部の部員達に信頼されているのであるが、これも俺の才能では無く、塩南先生のお陰なのかもしれない。いや、何か俺の勘がそう言っている。
やはり俺は才能がある等と溺れてはいけないのだ。
きっと、それは錯覚で、謙虚に生きてこそ周りの人達から貰える運なのだ。冷静に考えてみれば分かることだ。俺は幸運にも色んな人に助けられているだけなのだ。
勘違いをしていては、きっとこの後しっぺ返しが来てしまうんだ。
そうだ、工口。人生は、溺れてはいけないのだ。
心とケツの穴は締まっていこうぜ・・・。
俺が改めて括約筋に力を込めると、里緒が話し掛けてきた。
「ねえ、工口君。
私ね、クラス担任で、部活の顧問が塩南先生で、本当に幸運だったと思ってるの。
私、塩南先生が大好きなんだぁ・・・。
先生がいなかったら今頃は部長どころか、きっとね、下級生よりも校内ランクが下だったと思うの。
全て先生のおかげ・・・」
どうやら、里緒も塩南先生のことを考えていたようだ。
「もちろん、俺も塩南先生が大好きだよ・・・」
先生のことを考えていたせいで、その想いが恥ずかしげも無く口をついてしまった。が、ここは、さらりと流すのが自然だ。
「・・・つかみどころが無くて、それでいて頼もしくて、優しくて。
本当は凄くスタイルが良くて、綺麗で、それでもって物凄くエロくてね」
エロでごまかしてしまったが、それは事実である。
先生との濃厚なキスの感触は今も頭から離れはないでいる・・・いやいや、余計な想像は身体に余計な緊張をもたらしてしまう。ここは、気を紛らわすとする。
「工口くん、先生って、あの”エロ”なの?
そうよね、先生がエロでない訳ないわよね。
やっぱり、凄いエロなのよね」
やはり、里緒もエロには拘り続けているらしい。
「ねえ、私ってエロい?
やっぱり、まだ私ってエロくないの?」
「・・・・・・」
おいおい、いきなりそんなことを言うな里緒。応えず辛いだろう!
幾ら、我が柔軟体操部で”エロ”と言う言葉が、褒め言葉の代表格であっても、俺が子供の頃から植え付けられた習慣からは、面と向かって女の子に”エロい”とは言い難い。
言葉に詰まる俺に、里緒は容赦なく問い掛けてくる。
「私って、やっぱりダメなの?」
そんな切なく甘えられても・・・。
しかし、ここは柔軟にこの世界の感覚に合わせて、相方の彼女に賛辞を送らなければならない。
えい、気合だ!
「いや、エ、エロいと思うよ」
「ホントに?」
「も、もちろん、充分・・・」
その言葉に里緒は瞬時に反応する。里緒の顔が真っ赤なバラの花に包まれた様に煌めく。
それに、自分の放った言葉で手に汗を掻きながらも、俺は満足だ。
役場の玄関で、こんなエロ青春の1ページのやり取りも良いのではないか・・・。
何て思っていると、俺達の横を凄い威圧感のある一人の初老の男性が通り過ぎていく。
変な威圧を感じる。
誰だろう?と言っても、もちろん考えるまでも無い。知らない人間だ。
しかし、俺の方を見向きもしなかったが、睨み付けられた気がする・・・。
「どうしたの」
里緒が聞く。
「いや、何でもない・・・」
あの男は一体誰なんだろうか?
<つづく>