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萬のエロはしその香り   作者: 工口郷(こうこうごう)
第3章 三校合同AV祭
60/73

一持握編(呆気ないその裏で)

 千乃工口の特許申請は呆気なく終わったが、その裏では攻防があった。

 一持握が動く。萬香出の想い出を胸に・・・。

 そして、僕は春休みの二週間を第26部の第3児童養護施設”羊が丘園”のボランティア活動で過ごした。


 それ自体も僕のその後の人生において、意識の上で何らかの影響を与えたことは間違いのないことではある。しかし、それも彼女との出会いで変えられた人生の為の一要素でしかないのは否定出来ない。

 それからの僕の意識は、全ての事象を”そのこと”一つに結び付けてしまうのだから・・・。


 ・・・彼女、萬香出よろずかおで

 あの時、彼女と会うことが出来たのは、結局、初日のたった一日、それも2~3時間だけのことであった。

 一生の長い時間に対してはホンの僅かな時間である。


 それでも、僕の人生変えるには充分過ぎる時間であったのは、それだけ彼女の口から出て来た話が、僕にとって驚くべき真実の連続であったからなのである。

 当時16歳の僕にさえも、このAV界の危機的状況を感じさせてしまったのだ・・・。


 とは言っても、一学生には知っただけではどうすることも出来ない大きな話なのだ。だから、彼女から話を聞いただけであれば、僕の意識上の問題で終わるのが関の山である。


 だけど、僕の人生は大きく変わってしまった・・・。


 それは、別れ際でのふとした彼女の思いつきが、僕に大き過ぎる武器を与えたからなのである。


 あの時・・・。



「あっ、そうそう。ちょっと待ってて」

 

 それは、施設の皆との昼食の後ことだ。施設の玄関を出たところで、皆で彼女を送っていた時のことである・・・。


 香出さんは元々園長とその奥さんに”ある”話を伝えに来ただけであり、本当は話が済んで直ぐに帰る予定であったらしいのだ。それは、彼女にとっては心の痛い話であったことだろう。


 ところが、彼女が直ぐに帰らなかったのは、施設で人気者である彼女を一人の女の子が強引に引き止めたからなのである。

 そこで香出さんは、せめてその子の気持ちを少しでも受け止めよと、昼食を一緒に取ってから帰ることに決めたと言うことらしいのである。


 確か、園長の奥さんが、「どうしても路里ろりちゃんが、かお姉ちゃんと一緒に遊ぶって聞かないのよ」

 そんなことを言っていたのを覚えている。


 僕と彼女が施設の庭で会ったのはその直後のことであるので、もし、その路里と言う子が強引に彼女を引き止めていなければ、僕は彼女に出会っていなかったことになってしまうのだから、僕の人生もエラく平凡なものになっていたことと思う。

 更に、その路里と言う子が、今・・・なのだから巡り合いとは不思議なものである。

 

 その時、香出さんは皆が見送る中、手を振りながら門を出ようとそていたところだった。それなのに、いきなり小走りで戻って来て、皆の目の前を慌てて通り過ぎ、そのまま施設の中に入って行ってしまったのである。

 

 皆が、どうしたのだろう?と驚く中、数分後彼女は施設の中から少し息を荒げて戻って来たのだ。


「忘れ物しちゃった」


 茶目っけたっぷりにそう言う彼女は、確かに先程まで持っていなかった紙袋を手にしていた。

 わざわざ取りにまで戻った忘れ物なのだ。大事な物に違いない。しかし、


「これ、あなたにあげるわね」


 その取りに戻ったと思われるものを僕に差し出して来たのである。


「えっ、あ・・・、有難うございます」


 呆気に取られた僕は、反射的にお礼だけを言って受け取ったものの、袋の中を見るべきなのか悩んでいた。

 重さと感触からは、中身が本であることは想像出来てはいたのだが・・・。


「え~と・・・」


 僕の意思のはっきりしない言葉に、彼女から


「どうぞ」


 と言って僕に体を寄せて来た。そして、小声で、


「他の人には見えない様に開いてみて」


 そんなことを僕に言うのである。


 一体、どう言うことだろう?

 と思いながらも、言われた通り体で隠しながら紙袋から取り出して見る。すると、その本は表紙が女性の裸と言う見た事もない雑誌であった。


「何の本ですか?」


「開いてみて」


 僕の問いに彼女は小声で僕に囁いた。


「は、はい」

 

 ちょっとドキドキしながら最初のページを開いてみた。そして、僕は危うく大声をあげそうになってしまったのを必死に飲み込んだ。 


「凄い・・・!!」


 叫ぶような勢いで呟き、思わず次々とページをめくってしまっていた。


 衝撃が、頭を貫いた。

 恐ろしさを感じた。

 体の力が抜けていく。


 それは、奇跡の本だったのだ。


 そこには、AV撮影大会でまた見た事のない技が繰り広げられており、更にビンビンと本能に訴えてくるのである。


「君の役に立てばいいんだけど・・・」


 そう言い、首を傾げて僕に向かって微笑みを浮かべた。


「これ・・・、これどうしたんですか!」


 驚きの声を心の中で上げていた。もちろん口にする声は周りの人に聞こえない程度の声で喋ったつもりではある。


「あれっ?もしかして、気に入らなかったのかな。うそ、ごめんなさい・・・」


 僕の驚きの声が、彼女には喜んでいる声には聞こえなかったのだと思う。彼女は失敗した様な顔をしているのだ。


「気に入らないなんて、そんな・・・。

 こんな凄い本何処で手に入れたのですか」


 僕は慌てて、否定した。


「それって、喜んでくれてるのかな?」


「も、もちろんです!もちろん過ぎます!!」


 彼女は嬉しそうに、


「な~んだ、良かった。

 これね元の世界の物なんだけど、私がこの世界に来た時にね、何故かカバンに入っていたの。

 恐らく、私の父の”エロ本”だと思うのよ。ホント、父さんはエッチな趣味なんだから・・・」


 聞きなれないことばを僕に告げたのだ。


「エロ本?」


「あはっ、ごめんなさい。この本の呼び名なの。 

 何で私のカバンに入っていたのか不思議なんだけど私、この本のお陰でAV撮影大会で随分と助かっちゃったの。

 だから、きっと君の助けにもなると思うわ。

 ずっと、施設の中に隠していたんだけど、隠してるだけじゃもったい無いから、君にあげようと思って・・・。

 前途のある君にね。

 だって、有名な男優に成りたいわよね」

 

 彼女は、お節介なことをしてしまったと心配したのだろうか、再度僕の気持ちを確認してきた。


「はい、勿論なりたいです。こ、これを、本当に僕が貰っていいんですか?」


「ええ」


 彼女はこんな凄い物を渡しながら、あっさりと嬉しそうに言った・・・。


「でも、こんな凄いものを貰える理由が僕には何も・・・」

 

 すると、彼女は、


「充分に、もらったじゃない。アクセスも、お気に入り登録も。

 充分過ぎる位に助けて貰ったのよ。

 本当に・・・。

 初めてのお気に入り登録、それが、私をどれだけ勇気づけたか・・・」


「でも、それは香出さんの演技が素晴らしかっただけで、僕が感謝しています。

 こんな凄い本を貰える理由にはとっても・・・」


 もちろん、僕はのどから手が出る程この本が欲しい。

 しかし、16歳の演技も未熟な僕には過ぎたプレゼントであり、あっさりと受け取れるようなものでは無かった。

 それは誰が受け取ったとしても、一目でG1戦士にまで上り詰めることが出来ると判断出来るだけのものなのである。


「そうね~、どうせならスッキリ気持ち良く貰って欲しいわね・・・。

 ん~そうね~、じゃあ、こうしましょう。

 もし、この子が大きくなって出会う事があったら、私の代わりに気が済むまで助けてあげて。それでどう?」


「お名前は・・・」


「里緒よ。千逗里緒って言うの。いい名前でしょ」


「分りました。絶対に絶対に、全力で里緒ちゃんを援護します」


「ありがとう」


 彼女は嬉しそう微笑んで、抱いている赤ん坊に目を向けた。


「良かったわね、里緒ちゃん。にぎるお兄ちゃんが、里緒ちゃんをたちゅけてくれまちゅよ~」


 僕には、彼女が僕の言葉に心底喜んでくれていた様に見えた。なぜなら、たかが数時間の出会いではあったが、その中で一番の笑顔だと確信をしたからだ。

 そして、その姿は僕の喜びでもあった・・・。


 その後、香出さんは再び、羊が丘園の皆に、てを振りながら帰って行った。


 最初門を出かかった時の少し暗く見えた笑顔が、明るく見えたのは僕だけだったのだろうか?


 この孤児院を資金面で援助して来た香出さんは、この後一度もこの孤児院には現れてはいない。

 彼女がこの時やって来たのは、きっと、その話が目的だったのだと思う・・・。


 そして、僕の手元には彼女からもらった一冊の本が残った。


 ”エロ本”


 彼女がそう呼んでいた写真だらけの異世界の本。


 この本が僕に取って”神話の書”と並ぶ、或いはその次に大切な本となった。本来、そう言うのがこの世界の人間としては当然なんだろうが、僕に取って”エロ本”は他に比べられるもの等、何一つとして無かったと言うのが本音である。

 それは今でも変わらない気持ちである・・・。


 そして、デビュー後、”騎乗位”、”ムチ”、”亀の甲羅縛り”、”ロウソク”・・・。

 今では一般的な技となってしまったが、これらは、僕がエロ本から学んで、AV大会で披露した技である。


 それらの技を駆使して4年前、僕は予想よりもずっと早くレジェンドと言う称号を得るに至った。

 ついに彼女の意思を引き継ぐスタートラインに就くことが出来たのである。


 16年前、香出さんと出会った時に、彼女は僕に「まだ子供だから、間違っていると思うことが出来ない」と言った。

 それは、彼女の”この世界を守りたい”と言う意思から出た言葉だったと思う。

 異世界から来て、ほんの数年しか経っていないにも関わらず、このAV界に愛してくれたからだと思っている。


 だから、僕はその言葉に感動してしまった。

 ただの一ファンから、彼女を尊敬するに至ったのだ。

 彼女のその意思を受け継ぎたいと感じた。


 そして、実際に彼女の意思を引き継いだ。

 以来、全てのことがその言葉を越えることはない。

 僕の行動の根本は、全てがそこから始まったのだ・・・。


★☆ 第14話 ★☆

☆★ 一持 握 編 ☆★

★☆ 呆気ない♂ ★☆

☆★ ♀その裏で ☆★


 窓から射し込む陽射しの眩しさに、僕は我に帰った。


 僕は、一体何を思い出にふけっているんだ・・・。

 

 いつのまにか机の引き出しからあの本を取り出して、香出さんの思い出に浸ってしまっていた。

 

 この本は、僕をレジェンドにしてくれただけでは無い。僕の心の支えであり、気持ちの風化防止の強化剤でもあるのだ。

 心が折れそうな時や、志しが弱くなった時には、時折こうしてこの本を取り出しては眺めているのだ。


 ”エロ本”


 萬香出よろずかおでと言う女優からもらった一冊の本。

 この本はいつも僕に不思議な力強さを与えてくれるのである。


 しかし、今日はそれよりも香出さんのことを懐かしく思い出してしまっていた。


 それはきっと、千乃工口ちのくぐちと言う男優が、あの時の香出さんと同じ様に、特許申請に至ったことが影響しているのであろうと思う。それに、彼には何処か、香出さんを思わせる雰囲気が感じられるのだ。

 

 確かに、二人が共に四柱のスカウターの中の”純白のラミア様”のスカウトであること。それに、揃って珍しい黒髪、黒瞳と言う特殊な色をしている。だが、僕には何か他の共通点が感じられるのである。口では言い表せない何かを感じるのである。


 自然教の”神話の書”にある

 何かを・・・。

 

 正直を言うと、僕は子供の頃から,余り”自然教”を含む宗教全般に対し、信仰心を殆ど持っていない。だから”神話の書”に書かれていることも無防備に信じようとも思ってはいない。それは、今でも変わってはいないことである。


 だが、実際にスカウターと同意らしき存在は実在している。

 それに、香出さんは確かに、スカウトされてこのAV界にやって来たし、この世界を変えようともしていた。

 

 それであれば、”神話の書”の言う、”パフォーマンスでこの世界を存続の方向に向かわせる者”の一人として、彼女を信じていいのではないかとも思う。いや、実際思っている。


 ご都合主義的な信じ方の様にも見えるかもしれない。しかし、僕は神の存在を信じなくても、人間を司る何かが無いと思っている訳では無いのだ。


 ただ、それを世間で言う神様と言う絶対的な存在と捉えても、果たして良いのだろうか?と疑問視しているだけなのである。


 だから、もし神の存在する世界のことを、”自然教”と言う異世界と言う別世界のことを指し、そこで生活する人類のことを”自然神”と呼ぶという定義であるのならば、僕はそれに肯定的な立場である。

 その位に説明の付かないことが数々あらからである。


 これは全くの僕の勘でしかないが、”神話の書”とはこのAV界の上位方向に存在する世界の人類が創作した、嘘あり本当あり、更に希望、願望、欲望、etcありのAV界存続のヒント集、或いは懐疑すべきマニフェストなのかもしれない。そう思うのだ。


 もしかすると、そんなことを考えている時点で、僕はむしろ信心深い人間なのかもしれない・・・。


 千乃工口。

 スカウター様に選ばれた、パフォーマンスでこの世界を存続の方向に向かわせる者。


 27部庁JRAV課の二枚貝桜にまいがいさくらが言っていた、この世界を操る奴らが工口君を呼ぶ言葉で言えば、


 ”異界の新人”

 

 君は果たして、僕の想像するこのAV界を見守る異世界人によって選ばれた人なのだろうか?

 香出さんの意思をついでくれる人なのだろうか?


 何の根拠もない。しかし、僕は工口君こそが香出さんのパフォーマンスを受け継ぐ者だと信じようと思う。


 もしかすると、それは単に運命の糸を繋げてくれと言わんばかりに、僕の前に現れたから思うだけなのかもしれない。


 だが、こんな不自然な偶然は有り得ないだろう。

 決して、偶然で片づけて良いものではないはずだ。

 僕はそう思う。


 だから、僕のやるべきこと、香出さんの意思を勝手に継いで来た僕の役目は、この二人の”異界の新人”を繋ぐことなのではないのだろうか・・・。


 僕は自分の決意を思いお越し、強い気持ちで行動を続ける覚悟を再確認する。

 もちろん、本当は鼻から迷ってはいないのだ。ただこの”エロ本”から香出さんの力を貰いたかっただけなののだ。


 僕には君が萬香香出の志を継ぐ者でなくてはならないのだ・・・。


 手にしている僕の原点の本を”おもしろ単語集”と書かれた厚紙のケースに入れ、机の引き出しの中に紛れ込ます。もちろん引き出しには鍵を掛ける。


 そして、目を閉じ集中を始める。

 工口君の特許取得の邪魔をする奴らへの対処方法を考える為に。


 彼らのやって来ていることは、もう解かっている。時間稼ぎをして、逆に特許申請を先に済ませることだ。

 であれば、対処方法も考えやすい。更にその先を行けばいいだけのことだ。

 結論は容易に出る。


 まずは、あいつに頼むか・・・。       


 僕は受話器を取り、ダイヤルを回す。番号は記憶にある程親しい間柄だ。


 電話の相手は3回のコールを待たずして電話に出た。

 いつもながら、人を待たせない男である。


「はい、一軸いちじくです」


 いつもながら電話の声は無駄に快活である。

 一軸完治いちじくかんち、彼は現在もAV大会に出場を続ける現役G2男優であり、そしてAV大学の2年後輩。誰よりも信頼出来る男だ。


「騎乗だが・・・」


「あれ~先輩?久しぶりっすね。元気してたっすか?」


 男性としては”珍しく”明るいヤツで、三十路を過ぎてなおこんな言葉使いをする男だが、真の通ったぶれない男なのだ。更に気持ちも”女性以上に”強い。

 

「ああ、君の次に元気だ。

 いきなりで申し訳ないが、明後日からのAV大会の登録はどうなってる?」


「ああ、ホントいきなりっすね。ん~、どうしようかと思ってるんですがね・・・」


「登録手続きは今日までだぞ。相変わらずやる気が無いな」


「あれ~先輩、それは失礼っすね。

 最近女優の当たりが悪いんすよ。G2って言ったって、何とか家の力で成り上がったヤツ多くて多くて。やる気が起きないんっすよね」


「なるほど、まあそれはごもっともだが、だが今回は凄い女優と組めるかもしれないぞ」

「それ、ホントすか?レジェンドの先輩がそんなこ言っちゃっていいんですか?」


「”かも”だよ。もちろん”お願いします”で出会えるかどうかは、お前の運だ。後の気に入られるかどうかは。実力次第だが・・・自信がないか?」


「自信?

 鼻くそでも顔に付けるヘマでもしない限りは、大丈夫でしょ」


「そうか、頼もしいな。じゃあ、頑張れよ」


「了解、よろしく先輩《せんぱ~い》」


「あっ、そうそう、

 今度引越ししよう思ってるんだが、お前、昔っから確か腕力は強かったよな」


「腕力・・・?

 ・・・・・・

 フフン、まず、誰にも負けませんね」


「4番目位か」


「3番目でしょう」


「”3番目”か、強いな。

 いい演技を期待してるよ」


「有り難うございま~す」


 彼は元より、僕の決意に賛同してくれたヤツなのだ。

 文句を言いながらも、暗黙の了解で自ら俳優として残ってくれているのは、それを自分の役目と考えていることなのは僕の周知のことである。確認するまでもないことだ。


 僕はロッカーからよれよれのジャンパーと着替えの入っているカバンを手に次官室を出た。

 次官室と廊下の間には応接室があり、そこで秘書の小山内路里おさないろりが僕の補佐をしてくれている。


「小山内君、すまないが今度の”お願いします”の方式を”腕相撲でくるくる”に変えてくれないか」


 彼女は小柄で童顔だが、失礼な言い方だが年齢はそこそこだ。

 僕が高校1年生の春休みに”羊が丘園”と言う施設で初めて彼女に会った時、彼女は9歳であったのだから、確か今年で27歳のはずだ。


「えぇ~っ、騎乗レジェンド様、そんな急にですか?」

 

 彼女は幾ら言っても、”様”を付けて呼ぶことを止めてはくれない頑固ものだが、僕の無理は信頼してくれているのだろう。文句を言っても全力で成し遂げてくれる。


 だが、今日はあまりにも急過ぎた。彼女の童顔の頬が赤く膨らむ。その顔が子供の様で愛らしく、命一杯大人の様相を気取る彼女に対して口には出せないが、つい指で摘んでみたくなってしまう。


「ああ、申し訳ない。緊急だ。宜しく頼む」


「しかし、今回は財務大臣の近藤務剛こんどうむつよし様の依頼で”もちもち方式”にする様に頼まれてますが大丈夫でしょうか?」


 僕の様子を感じてくれたのだろう、直ぐ様真剣な態度に変わる。

 その場の空気を読む能力は、折り紙に保証印を押してもいい。


「彼の望みは、彼の姪の”近藤粟美こんどうあわび”にそれなりの男優を与えられれば文句はないはずだ。その手配もしておいてくれ」


「了解しました。任せて下さい」


 具体策までは説明しなくても良いところも、彼女の優秀なところである。


 この”お願いします”だが、もちろん不正がある。

 自信満々に言うべきことでは無いが、僕が操作しているのだから間違いのない事実なのだ。


 その殆どは、二大特許を取得する、”近藤務家こんどうむけ”と、”尺八屋家しやくはちやけ”が能力の高い俳優と相方を組めるように依頼をしてくるものである。それを僕が世間にバレない様に僕が上手く両者を立てるのである。

 因みに殆どと言ったのは、残りの僅かは自らが依頼者だからだ。


 この不正も、僕は利用させてもらっている。 

 これが、僕の行動のカモフラージュと言う強力な盾になってくれているのだ。


 恐らくは僕の内部氾濫的行動は誰にも気付かれていないはずだ。

 多少、彼らに優位な面を与えてはいる矛盾はこの際飲まざるを得ないと思っている。今は、細かい問題を正すことよりも、特大の事を成す事が先なのだ。

 それを成さねば、幾ら細かいことを解決しても、次から次へと問題は発生してしまう。


 因みに、今回の代案は相方を決める方式”腕相撲でポン”と言う方式は、男女別室にて腕相撲で勝った順の番号を持ち、その番号同士が最初に”お願いします”をする権利を持つ方式だ。

 もし、成立しなかった場合は、ローション、いや、ローテーションをしていくことになる。


 先に女優の順位を決めてしまい、それに合わせて男優の対戦相手を上手く操作すれば、そこそこは操作が可能なのだ。そんな説明は彼女にするまでもない。きっと、記憶力の良い彼女だ。G2の出場者の様々な能力は小さな頭の中にインプットされており、僕より上手くやってくれるはずなのだ。


「それから、一軸にこれを渡しといてくれ」


 AV子機からメッセージを送ることも可能だが、極力足跡は目に付かないようにしたい。メッセージサーバに記録が残るメッセージよりも、個人の始末で直ぐに消去出切るメモの方が無難である。


「はい、分かりました。19時までにはお届けいたします」


 内容は分かるはずがない。だが、僕の意図した時間に支障のない時間を告げてくれる。


「それから、君は確か27部庁JRAV課の二枚貝桜とは、同期じゃなかったか」

 

 彼女は、2年前まで27部庁の広報課の職員であったが、ひょんなことから彼女の存在を知り、僕が秘書に引き抜いたのだ。


「よくご存知ですね」


 彼女は頬を染めて、嬉しそうに応えた。


「話は通るか」


「大丈夫です、友人です」


 これで、大体の内容は掴んだのだろう。多くを語るなと言わんばかりの真剣な眼差しが僕を見つめる。

 二枚貝桜が特許申請の経路にあることは、僕よりも彼女の方が良く知っているのだ。


「宜しく頼む」


「分かりました」


「ちょっと出掛けて来るから、後は頼む」


「お戻りは」


「未定だ」


「分かりました。ノーリターンですね」


 それを聞いて、僕は今日は戻れないだろうと言うことを直感をした。

 彼女は勘もするどいのだ・・・。 


 これで、こちらの準備は完了した。

 残るはG2女優だが、彼女は受けてくれるだろうか・・・。


 僕は秘書の小山内路里との話が済むと、着替えの入ったバッグを手にAV実行省を飛び出した。


 今日の気温は、身が引き締まる位に冷え込んでいる。

 寒さに肩を震えながらも思考は巡らせる。幾ら考えても考え過ぎと言うことはないのだ。

 

 気になるのは、「異界の新人の為、特許を取得することに問題が無いかの調査が必要」と言う指示が二枚貝桜に伝わったことである。

 となると、工口君の住民登録の話が、何処からか漏れたことになる。


 工口君は異世界からのスカウトと言う住民登録はしていない。

 あの時、工口君と一緒に役場に住民登録に行った時だ。僕は工口君がトイレに入った間に、住民課の穴井と言う担当の女性の口止めをすることに成功し、登録を偽造したからである。


 だから、他言しない限りは、限られた人しか知らないはずなのだ。と言うことは、情報の出元は“第27部 そ地区羊 役場の住民課”か、工口君の通う”併性へノ路学園高等学校”と考えて間違いないことになる。


 工口君本人から伝わると言う可能性もあるが、まさか、それを信じて即座に彼らが行動することはないだろうし、既に行動をしていない限り、こんなに早い手は打てないはずなのだ。


 では、どちらであるのか?

 と言っても、僕はへ校の校長は有り得ないと自信を持って言える。

 とすれば、役場になるのだが・・・。


 住民課の窓口の穴井と言う女性は、隠してはいるが”48部”の出身のはずだ。敢えてこの27部の役場に潜り込んだと言うことは、今のAV界に不満を持っているはずだし、もしかすると、噂のある48部の何らかの組織の可能性だってある。だから、まず有り得ないだろう。


 と言うことは、あの時もう一人。

 最初に、穴井君と一緒に居たあの男なのか?


 工口君を48部を地区の田舎から単身出て来た、世の中を知らない僕の親類の高校生にでっち上げたのは無理があったのだろうか・・・。

 彼も、黒髪と黒い瞳の持ち主に香出さんをイメージしていれば、充分に有り得ることなのだ。

 調べるか・・・。


 僕は”G3☆食堂”に向かい、そこの物置から”焼き芋屋”のリヤカーを出すと、目的地に向かった。

 何処で、誰に会うか分からない。だから、念の為、久し振りの焼き芋屋の格好である。

 

 目的地までは、結構な距離がある。焼き芋屋のリヤカーを引くのは可なりの重労働だ。

 

 それにしても、次第に肩に入る力が強くなってしまう。

 もちろん、今日は一段と冷え込んでいるし、リヤカーを引く体に力が入っているせいもあるのだが、それだけでは無いことは自分自身良く分っている。


 それは、僕がこれから久し振りに会う人に緊張いているからなのだ。


 もう、4年になるか・・・。


<つづく>


 変則的な”一持握編”はここまでです。

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