一持握編(一冊のエロ本)
一持握ると言う人物とは・・・。
「遅い・・・」
一人の男性がそう呟く。
彼は一瞬、視線を壁掛けの丸い時計に向けたが、忙しない動きで直ぐに視線を元へと戻す。
時間は午前11時を指している。
「そろそろ来てもいい時間なんだが、何故鳴らない・・・」
自分のデスクに付き、睨めっこを始めてからもう二時間が経過しようとしているが、彼はそれ以外何をする訳でもないのに一向に席を離れようとはしない。
それどころか、むしろ次第にその対象との距離は縮まっていき、その内、額が接触するのではないだろうかと思わせる程である。
この睨めっこは、彼が一方的に行っていることで、その相手はもちろん人間ではない。
ダイヤル式の黒い電話である。
AV撮影大会で使用されるハイテク映像機器から比べると、同じ時代の物かと思わせる程に古めかしいアナログ式のものである。
しかし、古めかしいとは言っても決して特別なものではない。この世界では一般的に使用されている物なのである。
彼はその電話が鳴るのを、今か今かと待っているのである。もちろん、誰からの電話でも良い訳ではない。彼の部下からの大切な報告の電話である。
次第に右足の小刻みな振動は速く大きくなって行く。
まさか、奴らの妨害が入ってしまったのだろうか・・・。
まさかとは思いながらも、心の底に抱いている不安が襲って来る。
しかし、知る可能性のある人間は限られているのだ。知らなければ妨害のしようもない。
そこまで奴らの領域が末端に向けて広がっているとは、彼には思えないのである。
それに、仮に知ったとしても妨害をする手段が無いなはずなのである。
乞いに”書類”を紛失でもさせれば別だが、そこまで”何でも有り”となる程この世界が腐っているとは彼には思えない、いや、思いたくないのである。
しかし、・・・。
彼がそう思っていた時であった。
ダイヤル式の黒電話からのけたたましいベル音が、それ程広くは無い室内に鳴り響いたのである。
『はい、AV実行省次官、騎乗です』
テレクラの電話に出るが如く一回目のベルが鳴り終える前に受話器を掴んだ。
今、このAV実行省次官室に居るのは、この部屋の主の”騎乗”と言う男一人きりなのである。
此処が彼の執務室なのである。
もちろん、全室にはいつも通り彼の秘書官が職務を行っている。
騎乗は落ち着かない気持ちを無理に抑えて受話器を握ったのだが、電話を掛けて来た相手は彼の本心を代弁するかの勢いで慌てているのである。
『騎乗レジェンド様、申し訳ございません。特許申請の受理書が発行されません。
あっ、すみません。第27部 そ地区羊役場、住民課の穴井です』
名乗るのを忘れる程に慌てている電話先の女性は、彼の期待する相手では無かった。むしろ、そ逆である。順調に事が運べば掛かって来るはずの無い相手である。
『穴井君、ちょっと待ってくれ
”受理書”とはどういうことだ?
特許申請にそんな物は必要ないはずだが・・・』
『はい、一昨日、騎乗レジェンド様からの御指示で、前もって”特許申請書”を第27部庁から取り寄せた時には、そんな話は無かったのです。
それが昨日の朝に突如、”受理書”が発行された時点で申請の完了になると、第27部庁から連絡がありまして、その、受理書の許可が出ても発行が来週の火曜日なると言われたのです』
チクショウ、誰がチクッたんだ!
そんな所まで汚染されてたとは・・・。
確かに騎乗が思った通り、書類を捨ててしまう程腐ってはいなかった。だが、合法的に邪魔が入ってしまったのである。
ドンッ!!
彼は無意識に、拳を机に叩き落としてていた。
『あの、す、すみません』
電話の向こうで、その音に驚いた彼女が反射的に謝るが、
『いや、すまなかった。君のせいじゃない』
もちろん、役場で窓口業務を行う彼女には、その先の責任は何もないのである。
甘かった、今度の”G2AV大会”に誰かを送り込むと言うことか・・・。
騎乗は苦虫を噛んだ。
彼にはその事の意味することが、瞬時に理解出来ているのだ
受理書や交付書等の発行が無い届出は、申請した時点から有効なのである。
そうなると、昨日の木曜日に千乃工口が、”キス”と言う技で特許申請を行った時点から、彼の開発した”技”と言うことで、JRAV会が承認し登録することになる。
だが、ここで、受理書が必要とすれば、千乃工口の申請に対する受理書を作為的に止めることが出来、その間に誰かが同じ技で先にAV管理省の承認印を得ることが出来るのである。
それは、”キス”と言う特許申請登録をされては困る奴らが、先に特許申請登録を行うと言うことを意味するのである。
受理書の交付予定日が来週の火曜日と言うことは、今度の日曜日、月曜日にある”G2AV撮影大会”の後とであるのだから、あからさまである。
要は、それまでの時間稼ぎに出たと言うことなのである。
AV撮影に関する行政機関は、この騎乗が次官を勤める”AV実行省”と、もう一つ”AV管理省”の二つに別れている。
界営(AV界が直運営している意)のJRAV会とは、この二つの省からの委託機関なのである。
その二つの省の業務の違いを簡単に言うと、前者は大会開催に関する実業務、演者の管理を行うのが業務であり、後者は、撮影されたビデオの管理、それに、大会の規約やアクセス数等の記録を管理するのが業務なのである。
その為、特許は後者の”AV管理省”に属するのである。
両者は、お互いの業務が深く結びついている為、互いに即時の報告義務があるのだ。
今回、騎乗が電話と睨めっこしていたのは、その義務である連絡が部下に入るのを待っていたのである。
ところが、届いたその連絡は、千乃工口が特許申請を行った”第27部 そ地区羊役場”からだったのである。騎乗が最近、同士とすることが出来た女性である。
『その”受理書”が必要と言う連絡は誰からあったんだ?』
『はい、第27部庁のJRAV会”二枚貝”と言う女性からです』
干支名の付いた”役場”の上には、地区毎の”役所”が存在し、更に部毎の”部庁”が存在している。
”第27部 そ地区羊役場”の場合、上には”第27部そ地区役所”が存在し、更にその上には”第27部庁”が存在するのである。
特許書類は通常の書類でない為に、役場には常置していない。その為、余計な時間を掛けて漏れることを心配した騎乗は、予め内密に”第27部 そ地区羊役場”の千乃工口担当の穴井に、第27部庁から申請用紙を取り寄せるることを指示していたのである。
そして、役場や役所からの”申請者”や”届出書”類は全て”部庁”に届き、承認の上、最終的に”AV管理省”に届くことになるのだが、極力そのルートを素早く通り抜けるように手を打っていたのである。
それは、余計な奴ら、既得権益を守ろうとする奴らに、邪魔をされる可能性を少なくする為にである。
しかし、今回、その部庁から連絡があったと言うことは、千乃工口の特許申請は誰かに気付かれてしまったのである。
『二枚貝桜か・・・』
彼女のことは、騎乗も知っている。何の欲もなければ、真面目で余計な個人情報を他言するような女性ではない。
彼女が処理をすることになるだろうと言うことは、想定していたことなのである。
ほぼ予定通りに進んでいたかに見える。しかし、誰かが余計な気を利かせて、既得権益を守ろうとする政府の誰かに告げ口をしたことになるのだ。
でなければ、即座に”受理書”が必要などと言うことを行使出来るはずがないのである。
しかし、誰からこの話が漏れたのだろうか?
後はそ地区羊役場長か、二枚貝桜の上司に当る、第27部庁のJRAV会支部長以外の目には触れないのであるが、彼らだって全ての書類を見たりはしない。部下が代わりに承認印を押すのが通常なのである。
”AV管理省”までさえ届けば・・・。
そこには自分の仲間が居て、上手くやってくれれるはずであったのだ。
どちらだ、キツネか、タヌキか、それとも・・・?
『受理書は、何処が発行すると?』
『はい、発行は分かりませんが、政府からの特令で”受理書”が必要と第27部庁に指示が出たと言ってました。
何でも政府の見解では、”異界の新人の為、特許を取得することに問題が無いかの調査が必要”であると言う事でして・・・』
騎乗は瞳を閉じ、
「異界の新人か・・・。
AV管理省の内部は、ほぼ抑えたはずなんだがな。
どうやって工口君が異世界から来たことを知ったんだ・・・」
そう呟くと、瞳を開け、何かを思いついた様にニヤリと笑った・・・。
★☆ 第12話 ★☆
☆★ 一持 握 編 ☆★
★☆ (一冊の♂ ★☆
☆★ ♀エロ本) ★☆
彼女を初めて知ったのは、僕がまだ小学6年生の時であった。
今から22年前のこである。
それから僕の人生は大きく変わったのだ。いや、その時はまだ新人女優に憧れる、他の子と同じAV男優を目指す普通の一小学生であったと思う。
正確には、その4年後。僕が高校一年の時である。
ある事をきっかけに突如としてAV撮影大会に出場しなくなった彼女に、偶然に出会ってしまったことからである。
そして、その時に彼女からもらった一冊の見た事の無い衝撃的な”本”に始まるのである。
その本のことを彼女は”エロ本”と呼んでいた。
それは、この世界には存在しない、殆ど写真ばかりの異世界の本であったのだ・・・。
僕の名は”一持握”と言う。乗馬の育成を手がける騎乗と言う家号の一員である。
そして、JRAV会の俳優名は”騎乗位置労と登録している。
工口君が、今回赤いアイマスクを付けてAV大会に出場したのだが、実は、男優として初めてアイマスクを付けてAV撮影大会に出場をしたのが、他ならぬこの僕なのである。
”この男優として”と言うのは、女優では既にピンクのアイマスク姿で出場している先駆者がいたのである。それが彼女なのだ。
僕はその本のお陰で、天才の名を欲しいままにAV撮影大会で活躍をし、騎乗家初のJ1戦士となり、更に32歳と言う史上最年少の若さで、この世界を収める一員であるレジェンドと言う称号を手に入れることに成功した。
ただ、史上最年少でレジェンドの称号を得ることが出来たのは、ある作為があったことは否定出来ないのである。
それは、特許を持っている一族以外でしか、レジェンドに成れないと言う不満が、一般市民から起ころうとしてたからである。
そこで、特許を持っていない僕がレジェンドに成れると言う事実を世間に見せることにより、世間の反感をを避けると言う意図があったのだ。
それに、そのことにより下降気味であったAV撮影大会の人気を回復させると言う目的が、現政府を動かす近藤務家の中にあったからなのである。
だが、僕はもう一つの理由が本当の理由であると思っている。
近藤務家の勢力だけでは、レジェンドに加入させる為の議会で過半数に満たないのである。そこには、もう一つ特許を持った家号”尺八屋家”の賛成が必要であったのである。
なのに、僕はレジェンドの称号を得ることが出来た。敵対する二つの家号が、珍しく手を結んだのである。
それは、恐らく僕には特許を取る可能性があったからであると思われる。特許を持っている二つの家号は、第三の勢力が出来ることを恐れたのである。
恐らく、一番の理由はそれであったのであろうと思う。
本来であれば、特許を得てレジェンドに成る方が僕にはメリットはある。僕の目的の達成の為にはだ。
だが、それは僕の計算済みの行動であったのだ。
なぜならば、敢えて僕は特許を取ることをしなかったのである。それの危険性を避けたのである。
あのエロ本の写真にあった技を使えば、間違い無く可能であったと僕は思っている。
しかし、それは僕が彼女と同じ危険に晒されることになり、僕はレジェンドに成れないと判断したのである。
彼女と同じ様に罠にハメられるのが目に見えていたのである。
それは、絶対に避けなければならなかった。
僕の目的が達成する前に、いや、せめて僕の目的を達成する礎を築く前に屈することは出来ないのである。
この不気味に空まで伸びる白いミンジュ塔を真っ二つに切り裂く為の礎を気付くまでは・・・。
その為には、まず僕が内部に入り込み、楔を打ち込まなければならないのである。
特許を持つ二つの家号”近藤務家”、”尺八屋家”を倒すだけでは、結局その次の欲望が、直ぐに既得権益を狙って現れるだけなのでる。
だから、僕はそれを達成する為であれば、世間に何と言われても前に進む覚悟がある。
それは彼女の意思でもあるのだから・・・。
そうだ、あの時、生まれて間もない女の子を抱いていた彼女が、僕にそう言ったのだから・・・。
<つづく>
すみません。悩んだ末にどうにもならなくて書き方を変えてしまいました。
本文中のタイトル名の後は、今まで主人公目線で通していましたが、今回は一持握目線になってしまいました。
次回もそうなる予定です。