捕まえたれす
工口の前に現れた少女は・・・。
”第27部 ら地区 辰役場”入り口前の階段の影で、左手に持つあんパンに噛り付く少女が一人。右手には既に飲み干した牛乳瓶を持ち静かに壁に持たれている。
「なあ、まだあの子役場の前で立ってるよ」
「ホントだ。何かやつれて来てるなぁ、何やってるのか聞いてみようか?」
「よせよ、薄気味悪い。関わらな方がいいぜ」
通り過ぎる人達からは、そんな声が聞こえて来る。
堪り兼ねた役場の職員が、少女を役場の中へと入れようとするが、少女はその場を頑として離れようとはしない。彼女はここのところ、毎日早朝から夜遅くまでの殆どんの時間をその場所から離れないのである。
少女は時折うなされた様に呟く。
「今日で9日目れすよ。やっぱり、工口お家に帰っちゃったのれすか?
ちゃんと約束したのにれすか・・・」
どうやら人を待っている様である。
そんなある時、役場にやって来た若い母親と小学校低学年位の少年の親子が少女の前を通り掛かると、二人の会話が少女の耳に届いたのであった。
「母さん、昨日の”LIVE”は凄かったね。僕、大きくなったらエロン棒様見たくなるんだ」
「そうねぇ、マーくんがあんな凄い演技が出来る俳優さんになったら母さん嬉しいわ」
「僕、頑張るよ」
「そう、楽しみね」
その言葉に聞き耳を立てていた少女が反応する。
「何れすか、エロン棒様っれ。昨日は工口が出るはずらった大会のはずれす。そんな、凄い高校生が工口以外に現れたれのれすか」
少女はしおれかかった目を急に鋭く開くと、役場の正面玄関の階段を全速力で上り始め、そのままの勢いで役場の中に飛び込んだ。
息を切らして向かう場所は、どの役場内でも必ずある施設”レンタルビデオルーム”。
そのままの勢いで貸ビデオ機の前に座ると、慌てて”エロン棒様”の俳優名で検索し、真剣な顔でビデオ鑑賞を始めるのであった。
およそ、15秒後である。
少女は叫んだ!
「うぅ~ぅっ、い、居たれす!!!」
潤う少女の目は、鋭く輝くのであった・・・。
★☆ 第 2 話 ★☆
☆★ 捕まえた♂ ☆★
★☆ ♀ れ す ★☆
朝のホームルームで、”第27部 第一回 サラ18歳新人大会”のビデオの話をする塩南先生の口調はいつもの様に飄々《ひょうひょう》としてはいるのであるが、俺にはどことなく熱いものを感じる。
G2戦士の塩南先生の眼から見ても俺と里緒のビデオには、クラスの皆が騒ぐような何かを感じ取れたのだろうか?
当の本人の俺には全く分らないのだが、先生が感じているのであれば、きっと俺と里緒の間に何らかの奇跡が起こったのではないか思う。
結果オーライとしか言い様がない・・・。
ホームルームが終わると、1時間目の授業は”AV史”AV界95年の歴史の授業だ。
この歴史の授業、何故か95年より先は古代の話をするようにアバウトなのである。まあ、この事は追々触れるとして、今重要なのは、昨日撮影したAVビデオの出来の数値的な評判の確認である。
授業は右の耳から左へ耳へとさらっと流し、終わりのチャイムが鳴るのを待つとする。
授業の合間の休憩時間は15分と、俺の世界よりもやや長い。よって、陸上部で3年間鍛えたダッシュで柔軟体操部の練習場に行けば、自分の持っている子機ではなく、練習場2階にある部室の端末でより詳細な情報を確認することが出来るのだ。
やがて、”AV史”の授業が終わると、俺は素早く席を立つ。そして、部室へと急いで向かおうとしたのだが、その前に無意識的に里緒の方に目が流れていた。
昨日の今日である。里緒が俺のことをどう思っているのかが常に頭の中から離れないのだ。
里緒の周りは朝よりも落ち着いてる様に見える。
声を掛けるならばここがチャンスである。思い切って、「一緒にアクセス数の確認に行こうか」と声を掛けようか等と思ったのだが、そんな状況は授業が終わった直後の一瞬であった。躊躇っている内に、あっと言う間に里緒の周りは人だかりとなてしまった。
呆気なく俺の思惑は崩れてしまったのである。
この状況では予定通り一人確認に行くしかなさそうだ・・・。
校舎の1階の設備の殆どが部活動の為のものである。
丘の斜面に建っている校舎の玄関は2階にある為、地下とも言える一階の午前中には人影は見当たらない。
1階に下りた俺は、グランドであるかのようなダッシュで、校内1位の部活にだけ与えられている離れの”柔軟体操部練習場”に駆け込んだ。そして、練習場の奥にある更衣室の2階へと進む。
柔軟体操部の部室はそこにある。
部室の入り口のドアを開け、端末の前へと目を向けると・・・おや?
そこには先客がいた。女性である。
だれだ・・・?と、考えるまでもない。
「あれっ、先生・・・」
我が柔軟体操部の顧問であり、アルパカ組担任の塩南先生である。
先生は部室に飛び込んだ俺には目もくれず、モニタを見ながら手だけを俺に向けておいでおいでと手招きをする。
ここで俺を手招くと言う意味、思いつくのは一つだけである。
彼女の満面の笑顔にはどう見ても演技はなさそうである。本当に、昨日の撮影が大反響と言うことである。
俺は慌てて先生に近づき、視線の先を先生に合わせた。すると、
「くぐっちゃん、来ると思ってたわよン。ほら、うわ~ぉ!もん、凄いアクセス数よ~ン」
そういい、先生は俺の手を引き寄せ、さらにもモニタに近づけようとする。
「ほ~んら、見て!一番上よん」
先生の開いていたページは、作品別ランキングの”新人部門”である。
そこの一番上、トップにあるのは・・・。間違いない、
「”初めての柔軟”・・・、ホントに・・・」
全く柔軟らしきことを行っていない、俺と里緒の作品である。
「くぐっちゃん、ほんら、ほんら。凄い凄い」
先生は俺の手を取り、キャッキャ、キャッキャとはしゃぎ出す。
良く見るとこのランキング、27部だけではない、AV界全体のランキングである。
昨日からのアクセス数は、10,000アクセスに手が届きそうである。因みに2位は、一足早く先週大会が行われた第15部のコンビで、半分の3,000アクセスを僅かに超えたに過ぎない。
「ホントに?まさか・・・」
唖然とする俺に、
「まだまだ、これから増えるにょんよ~、何せ”ウルトラE感度”と言ってもいい大技が3つも入ってるから、これから噂が広がって、恐らく新人記録の一週間で10万アクセス何てケチな数字じゃすまないわよん。
い~んや、もしかしたら、あの技で特許だって取れるかもしれないわん。
見てみて、ほ~ら、お気に入り数も既に120件を超えてるワン」
先生が大騒ぎをしている中、俺には気になる言葉が一つ出来てしまい、それが気になってならない。
その言葉。
”特許”とは一体何のことなのだろうか?
ジャジャン(効果音)
なんて、思ったら聞けばいい。
「先生、その”特許”と言うのは何なのですか?」
「あ~ら、くぐっっちゃんは特許を知らないのねん」
「あっ、はい、聞いた事ないのですけど」
「そうなのん。それは・・・」
やっぱり聞くに限る。
「・・・特許とはね、技を編み出したコンビの”家号”を持つ人しか出来ない”技”のことよん。
つ~まり~、もしくぐっちゃんのビデオ内の”口をくっつける”と言う技が特許を取れるとしたとするわねん、すると、里緒ちゃんのところの家号と、くぐっちゃんが登録した家号を名乗る人しか使用が許されない技となるのよん。つまり、一族専用の技となるので~すん。
因みに、”特許”は特別許可の略で、今現在、特許を取れた”技”は2つだけとなってま~すです、ハイ」
なるほど、特許とは著作権みたいなものということになる。
俺は既存する2つの特許のことが大いに気になったのであるが、その前に聞かなければならないことに気付いてしまった。
「先生、あの~先生は僕が千逗さんの相方と決めつけてるようなのですが・・・」
塩南先生は何故、俺が”エロン棒様”であることを知っているのだろうか?
先生は俺が異世界からのスカウトであることを知っている。だから、俺が”エロン棒様”であることを隠す必要はないのであるが、正直言って、ビデオには映っているものが、俺の”もの”だけに見られていることが恥ずかしい。
「あら~ン、違ったかしらン?
どう見てもくぐっちゃんでしょん。自分の受け持つ生徒のもっこり具合は、服を着てても判るわよ~ん」
お見事である。
それだけではない、ここに来る事までも読まれているのだ。
考えてみれば、この学校に来てからそんなことが何度かある。心も体も全てお見通しということなのだろうか?
きっと塩南先生は俺のケツの穴のしわの数だって知っているに違いない。
コワイかもしれない・・・。
「す、凄いですね・・・(汗)」
この先生に隠し事は何一つ出来ない様だ。取り敢えず、讃えるしかない。
「そんなことより、感想も沢山来ているだろうから、後で必ず、返信しておいてね。この世界のエチケットよん」
そこは俺の世界と変わらない様だ。
因みに感想を見るには、俳優コードとパスワードが必要となるので、例え相方の里緒であっても、俺に来た感想を見ることは出来ない。
「そんなに来るんですか?」
「くぐっちゃんのエロン棒様は特別よん。
さあ、これから大変よ。でも、その前にもう休憩時間も終わりだから、戻りましょうか、だわよん。
あン、そうそう。それと部活の時にあの”大技”の名前教えてねン」
先生は、そう言うとマイペースにフワフワと先に部室を出て行ってしまった。出て行く時に何故か、昨日のAV祭委員会の時の様にお尻を2回程振った。
その行動の意味するところは一体何なのだろうか・・・?
そう思いながら見とれ終わると俺も部室を出ようと扉に向かい、開けた瞬間、
「びっくりした~」
そこに顏を少し赤らめて、もじもじとした里緒が立っていたのだ。
「ご、ごめん。脅かすつもりはなかったの。ごめんなさい」
「いやいや、ちょっと驚いただけだから・・・」
俺は突然のことで何を言っていいか分らなく戸惑うだけであるが、里緒は何か理由があって此処に来たみたいだ。そんな顔をしている。
「多分、ここに来るんじゃないかと思って、直ぐに追い掛けようと思ったんだけど、中々教室を出れなくて、その~」
里緒の顔はらしくなく、しおらしい。
「正直、何がどうなってるんだか解んないけど、凄い人気みたいだね」
こんな時は何でもいいから俺が先に話を振らなければならないだろう。
急遽振り絞って出てきた言葉がこんな言葉であったが、それでも話のきっかけには充分であった。里緒の顔に少し余裕が出来てきた。
「うん、何かそうみたい・・・。
全部、工口君のお陰。昨日は、昨日は本当に有難う」
里緒が恥ずかしそうに改まって頭を下げた。
「えっ?」
ちゃんと聞こえているのだが、昨日の別れ方が良くなかっただけに聞き間違いかと思い、聞き直してしまった。
「もう、昨日は有り難う!」
今度は顏を真っ赤にして、ちょっと口調を荒げて言って来た。
恥ずかしいだろうと言う事に直ぐに気付かずに、聞き直した俺の脳みその瞬発力のなさに腹が立つ。
しかし、里緒も直ぐに自重して口調を戻し続けた。本当に感謝している証拠だ。
「私、何にも出来なくて迷惑ばかりかけちゃって。
それで、助けてもらった、お礼が言いたかったの・・・」
可愛過ぎる・・・。
「そんな、俺も何にもしてないし・・・」
そう応えはしたたがウソになる。少なくても、パンティーを脱がせようとしたり、即席Tバックを作ったり、それにキスもした。
しかし、それはビデオ撮影的な演技ではなく、ほぼ俺の煩悩の三割を披露しただけである。
俺も事実何もしていないに変わりはない。
「ううん、やっぱり凄いと思う。スカウトされた実力なんだと思った」
改めて里緒の口からスカウトと言う言葉が飛び出して俺も改めて気付かされた。
そうなのだ、俺はスカウトをされた人なのである。
ラミアこと”まほまほ”のスカウトは、満更何かの間違いではなく、本当に見る目があったのかもしれない。
そう思うと、あの”まほまほ”のキャラが懐かしく思えるのだが、一体彼女は今何処にいるのやら。
今、自分的にはこの世界に落ち着いてはいるのだが、何れは元の世界に帰らなければならないのだ。
きっと俺がいなくなったことで、偉い騒ぎになっているに違いない。オヤジやオフクロだけでない。多分妹や友人、親戚だって心配しているに違いない。
俺が帰る為には、彼女を早く見つけなければならないのだ。
結局、短い休憩時間では、里緒とは他愛もないそんな会話しか出来なかったのだが、俺の気は凄く楽になった。
少なくても里緒との間は良好な状態を保っていることが分ったのだ。それだけで充分だ。
教室に戻ると、間もなく二時間目の”生活と法律”の授業となった。
今日は朝から騒がしい一日ではあるが、いい一日になりそうである。俺の気分は絶好調である・・・。
―― そんなこんなで、午前の四時間の授業もあっという間に終わり、午後の部活の時間となる――
俺は再び柔軟体操部の練習場に向かう。すると、想像通りの大賑わいである。
里緒は後輩達に囲まれ、あれこれ質問攻めに合っていのだが、もちろんエロン棒様のことは秘密にしてくれているようだ。
俺はと言えば、塩南先生には三つの技の名前を聞かれたので、里緒の服を脱がせたのは”脱衣プレー”、口を合せたのは”キス”、パンティーで、即席Tバックを作ったのはそのまま”Tバック”と何のひねりもなしに応えただけで、俺の周りは里緒とは正反対に静かなものである。
だが、俺の正体を知っている塩南先生は偉く感動をしてくれた。
因みに、この世界にはキスと言う行為がなければ、Tバックも存在しないとのことである。
そんな状態の中、部活はあっという間に終わり、もちろん里緒と話す機会もなく、俺は必然的にモテモテの里緒をおいて先に帰ることになってしまった。
里緒を待って一緒に帰ると言う手もあったのだが、今や里緒は校内の大スターである。一緒に歩くこともはばかられてしまう。気がする。
「まあ、それでもいいさ」俺はそう思う。俺の目的はそこにあったのだから。それに、今日の晩飯は里緒の家である”G3食堂”にすれば、里緒に会えるかもしれないのだ。
いや、会えるだろう。今の関係はすこぶる良好なのだから。
そして、そんなことを思いながら、帰宅する途中である・・・。
バスを降りて間もなくである。俺が考え事をしていて気付かなかっただけなのかもしれないが、俺の数メートル先に突如人影が現れたのである。
シルエットからは女性であることは間違いない、それもよっぽどのことが無い限り少女である。実は四十歳過ぎだったなんて事があれば、凄い化けっぷりである。
シルエットだけでの事ではあるが・・・。
逆光で彼女の顔ははっきりと見えないのだが、どうもズルズルと鼻をすすっている様だ。体も小刻みに震わせている。
と、言うことは泣いているのか?
俺は、知らない内にこの子を泣かす様な事を何かしたのだろうか?
いや、そんな事は無い。この世界に来て悪戯をする様な余裕は全くっかたはずだ。
んっ?待て。それ以前に、何処の世界に居ようが、俺にそんな勇気がある訳がない。
だとすると、厄介なことに何かの間違いと言うことになるのだが・・・。
泣いている理由を確認せねば・・・。
そう思い俺が立ち止ると、その影は泣きじゃくった声を上げて、至近距離であるのにも関わらず猛スピードで俺に迫って来た。そして、体当たり。
「痛たたた・・・」
だが、俺の言葉を無視して。
「くぐぢ~!!」
と叫びながら俺にしがみ付く。
その行動に驚きながらも、その声と抱きつかれた感触から、ある記憶が蘇って来る。
覚えがある。
絶対に覚えがあるぞ!
この感じ。まさか・・・。
「捕まえた・・・、捕まえたれす・・・」
俺の胸に顔を押し付けて来る。
俺の中では99%確信していたのだが、慎重派の俺はこんな時でも確認を怠らない。
驚くのはそれからでも遅くは無い。
俺は少女の両肩に手を当て、無理やり少しだけ隙間をつくり、少女の顎に手を当て上を向かせた。
やっぱり、間違いない・・・。
今度は俺が叫ぶ番だ!
「あっ~、ま、まほまほ!」
すると次は、
「いけませ~ん!!」
彼女の叫ぶ順番である。
まほまほは再び俺にしっかりと抱きつくと、俺と共に大空へと飛び立ったのだった。
高所に怯える俺の耳には世間の声が聞こえてくる。
「見て、と、飛んだ!」
「おい、うそだろう!」
「少年が、少女にさらわれたぞー」
「違う、羽よ。白い羽。ラミア様じゃないのかしら」
「そうだ!ラミア様だラミア様が、少年をスカウトしたぞ!!」
やばい、今度は幽体離脱みたいなものではない。本当に飛んでいる。
「お、降りろ、降ろしてく、くれ~!」
俺の叫びは”まほまほ”では無かった、ラミアには全く届く気配が感じられない・・・。
<つづく>
ちょっと、長くなり過ぎました。